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『量子回廊 日本SF傑作選』

量子回廊 年刊日本SF傑作選
創元SF文庫
2010.7.27
1365円

★★★☆☆

 手に取った第一印象は「分厚い」でした。
 全体を通じての読後感は「う〜ん」。SFの苦難が詰まった一冊だな、と。

 傑作選と書かれている通り2009年に各所に掲載された国産SF短編を集めたものです。以下、ひとつずつ感想。

夢見る葦笛 上田早夕里

 冒頭の一文に違和感を感じてTwitterで呟いたところ著者ご本人から解説をいただきました。レスポンスが来て嬉しかったのですが、最初からもうちょっとかっちり噛み合った形になるような呟きにしておけば良かったな、と反省もしたのでした。

 全体の印象では「夢見る葦笛」は面白いお話でした。イソギンチャクのような歌う人間大の物体・イソアの謎解きのお話。このイソアのイメージ、私にはムーミンに出てくる特大ニョロニョロになりました。可愛い。

ひな菊 高野史緒

 高野史緒の音楽・歴史ネタはなんでこうツボを刺激して来るのだろう。「ひな菊」はスターリン時代末期のソ連が舞台の話。設定と描かれた時代の空気感だけでもうしびれました。ショスタコーヴィチ、遺伝形質の獲得、ルイセンコ、秘密警察。

 道具立てとその描写は非常に好みだったのですが、ストーリーとの共鳴具合が控えめな印象で読後感がもやっとしました。『ショスタコーヴィチの証言』 を読んでいるとより時代の空気を満喫できるかも。

ナルキッソスたち 森奈津子

 森奈津子らしいエロSF。今回はタイトルの通り自己愛者——自分自身を性的欲望の対象にする人々が登場するのですが、さらにその自己愛性指向を極限まで押し進めるSF。森奈津子の得意のエロスが炸裂、かと思いきや今回はアンチポルノ要素もあったり。

夕陽が沈む 皆川博子

 皆川博子らしい幻想掌編。今回一人、明らかに違う空気とバックボーンを感じさせてくれました。星新一のショートショート「骨」を彷彿とさせながら生命の価値をどこまでも重くしてしまった現代社会への皮肉を感じさせる部分がじんわり。

箱 小池昌代

 箱の中に箱の中に箱の中に……。“芸”は感じるけどSF傑作選に選ぶ話なのかな?

スパークした 最果タヒ

 編者の紹介の言葉に「その“わからなさ”が本編の魅力でもある」とありますがホントにわからない。難しくはなかったのに。白旗。

日下兄妹

 漫画。こういう淡々とした漫画があってもいいと思う。SF? 確かにSFだけれど情に訴えてくるシンプルなお話でセンス・オブ・ワンダーは感じなかった。

夜なのに 田中哲弥

 時間を混ぜ混ぜザッピング。カジュアルなタッチの文章と手法のバランスがいまいちだった気がする。末尾に添えられた「著者のことば」にある体験談の方が魅力的に思えてしまった。

はじめての駅で 観覧車 北野勇作

 う〜ん。よくわからない。いや、わかりづらい作品じゃないのだけれど、どう楽しめば良いのかがよくわからない。これも白旗。

心の闇 綾辻行人

 SFと言えなくもないけど著者が「まさか」と書いていたようにSFとして読むのはどうかな?と思った。著者が書いていたように奇談、怪談として読んだ方が違和感がないと思う。

確認済飛行物体 三崎亜記

 詳しく書くとネタバレになってしまうのでぼかしますが、形にするのに向かないアイデアの気がします。その難しいところに挑戦したのはわかるけれど、面白いのか面白くないのかよくわからないもや〜んとした読み心地に。

紙片50 倉田タカシ

 ツイッター小説をまとめたもの。これまでパソ通上で連載された小説とか2chのログを出版したものetc新メディアでは色々な動きがありましたが、どれもあまりぴんと来ない印象でした。ツイッターも呟かれた結果を紙媒体に持ってくると面白味が消えてしまうような。

ラビアコントロール 木下古栗

 タイトルの通りの内容。一応ストーリーはあるけどただタイトルのイメージのためだけの話に思えた。似たイメージを筒井康隆か誰かが書いていなかったかな。

無限登山 八木ナガハル

 漫画。図解・相対論、という感じでした。1974年刊の松本零士が挿絵を描いたブルーバックス『相対論的宇宙論』という本を思い出しました。

専門書を解説する手段としてではなく、それ自体を実用の域を超えたひとつの「数学マンガ」として確立させることができれば

『量子回廊』p.407 著者のことば 八木ナガハルより

とありますが、読んだ感触としては「解説本みたい」でした。

雨ふりマージ 新城カズマ

 これは最初よくわからなかった。内田美奈子の『ブーム・タウン』のような電脳世界にログインする話か現実の人物が電脳世界に移住する話なのかと思ったけれど実はそうではなくて、個人の日常を丸ごと電子化して垂れ流す話らしい。キャラクターたちに人権を与えるという話が絡んでちょっとややこしくなり——とデテール豊かに描かれる『電脳コイル』に近い世界。キャラクターの権利という話を中心に進むのかな、と思ったけれどそれもちょっと違ったのでした。この手の仮想世界ものはどうしても没入しづらいなー。これが今回の「SFの苦悩」を感じた第一号。

For a breath I tarry 瀬名秀明

 そしてこちらが「SFの苦悩」を感じた第二号。生命と機械の境界、シンギュラリティと投入されている素材はすごく好みだし描かれるデテールもめっちゃ好み。でもその素材の中から姿を現すのはとても陳腐なX-FILE。この後に読んだ円城塔の短編共々「なんでSFはこんなに行き詰まっているのだろう」という息苦しさに繋がりました。

バナナ剥きには最適の日々 円城塔

 今回一番好きだった話。
 「円城塔にもこんな読者フレンドリーな文章でのアプローチができるんだ」というのが第一印象。色々な小説に繋がりそうな言葉のカケラが散りばめられているのだけど「なんだっけ?」と思い出せない。ストーリーは宇宙をさすらう探査機の独白で構成されていて「なんにも起こらないんじゃない?」という気持ちが充満している話。それでもなお何かに期待せずにはいられないのが探査で、その期待だけが残されるというこれまたSFや科学の行き詰まりを感じました。ケヴィン・ケリーの“特異点”の話を思い出した。探査機に搭載された独白する人工知能は“特異点”のこちら側にある人工知能なのだな、と。

星魂転生 谷甲州

 これは来るべき第二次外惑星動乱。と思ってしまう久々の甲州節。タイトルは星魂転生で確かにそういう話ではあったのですが、話の中心になっていたのは亜光速で行われる恒星間戦闘の戦術。谷甲州の航空宇宙軍史の新作が読みたいな、と思わされると同時にやはりSFで宇宙戦闘を描かせたらピカ一だと感じたのでした。

あがり 松崎有理

 今回一番楽しみにしていたのがこの第一回創元SF短編賞受賞作。私は応募しなかったのですがネット上で関わりを持ったコミュニティ(2chのスレですが)で応募した方も多かったようで強い関心を持って読みました。
 アイデアはシンプル。ドーキンスの利己的な遺伝子論をベースにしたごくごく単純で基本的なアイデアで「どうしていままでこのアイデアで話が作られていなかったんだろう!」と思います。シンプルで正攻法。お話として読んでしまうとあっさりと納得してしまうので大きなアイデアに思えないかもしれませんが『量子回廊』に集められたプロの作品のどれよりも力のあるアイデアだと思いました。利己的な遺伝子論は概ね、実在の生物の生態を説明することにだけ用いられて、未来を予測することに使われることは稀だったと思うのです。
 ただし、アイデアの展開と物語がイマイチ。遺伝子を増やすのはいいけどどこに保存するの? 遺伝子は増やすだけで細胞の中で“命”を動かしていなくてもいいの? ドーキンスは遺伝子とDNAをイコールで結ぶことを避けてきたけどこの話では明確に塩基列に話を絞ってるけどいいの?と生物学の知識をあまり持っていない私でも突っ込みを入れたくなります。胎児や妊娠、セックス、研究室の同僚、研究室風景の細かなデテールと要素は多いですが、核になっているのはシンプルなアイデアひとつ。目一杯削り込んだショートショートにした方がずっと切れ味が鋭くなったような気がします。選評の中で

四百字詰めで百枚以内という規定枚数にとらわれて、全体の構成に破綻を来している応募作が目立った。百枚以内というのは百枚以下の適切な枚数という意味であって、なるべく百枚に近い作品という意味ではない。四十枚なり五十枚でまとめるのが相応しいストーリーなのに、八十枚、九十枚に近づけようとして余計なことを書き込み、結果としてバランスを崩しているものが多かったのは残念。

『量子回廊』第一回創元SF短編賞選考経過および選評 p.596-597 日下三蔵

とあるのは主に最終選考に残らなかった作品たちへの言葉だろうと思うけれど、この「あがり」も対象に含まれていたのではないでしょうか。

 冒頭に書いた「SFの苦難」を代表していたのは新城、瀬名、円城の三つ。そして巻末には創元SF短編賞の選評とともに2009年のSF概況がまとめられていてこれがとても勉強になりました。アンソロジーなんて、と敬遠している人には巻末の「二〇〇九年のSF界概況」だけでも覗いてみることをお勧めしたいです。
 トータルでは間違いなく楽しめたのですが、掲載作の中でアイデア的に新人賞受賞作が突出していたというのは商業SF傑作選としては悲しくはないか、とも感じました。技術的にはプロにアドバンテージを感じましたが。傑作選と銘打つのならアイデアの面でもプロたちにはもうひと頑張り欲しかった。

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