カテゴリー「本の感想2012」の28件の記事

『戦後SF事件史』長山靖生

戦後SF事件史
長山靖生
河出ブックス
2012.2.11
★★★★☆

ハヤカワSFコンテストに絡めて

 この感想を書いているのは2012年10月半ばで半年ほど後に来る話ですが、“第一回”としてリニューアル・再開されるハヤカワSFコンテストへの応募を考えている人にも勧めておきたい。『戦後SF事件史』では非常にタイムリーに第一回の空想科学小説コンテスト(第二回からSFコンテスト)についてまとめられてます。
 初期のハヤカワSFコンテストの様子を知るにつれ、今年“第一回”として再開されるハヤカワSFコンテストはSF第一世代を生み出した最初の空想科学小説コンテスト再現を狙ったのかな、という気が。半ば伝説となりつつある伊藤計劃、芥川賞の円城塔、直木賞候補となった宮内悠介とSFへの追い風が吹いているこの時期を、SF誕生期の再現としたいのではないか、と。

 扱われているのはSF小説だけではないです。『日本SF精神史』ではSF小説の黎明期を中心に取りあげていたけれど、こちらは戦後が対象ということで何かと生々しく、学生運動や共産主義思想、芸術などと絡んで成長してきた昭和のSFが示されます。『S-Fマガジン』、SF大会、コミケ、あたりまで来ると私も知識として知っている範囲に入って来て現在と地続きになり、宮崎アニメ、オウム真理教と私の世代のリアルタイムに。そして、最終章では2011年の東日本大震災における原発事故にまで言及します。

 そしてSF的想像力から目を背けた日本は、政治的にも経済的にも凋落を深めてゆく。そんなSF的想像力忌避の姿勢が、二〇一一年三月の東京電力福島第一原発の「想定外」の人災事故に繋がっていると私は思う。

長山靖生『戦後SF事件史』p.255

 私は原発事故は、ここで作者が指摘した90年代後半以後ではなく、20世紀中——いや、人類史上ずっと継続してきた想像力の欠如に由来している気がします。先に「建てる」ことが決まった原発の建設に際しての安全評価が適正であることなどありえない。そんなことは当時からわかっていて、今もわかっていながら無為に放置せざるを得ないのが社会というものなのでしょう。原発だけでなく、災害対策も資源も高齢化も。何か重大事が起きるたびに想像力の欠如を思い知る、その繰り返しに、というようなことを考えさせてくれる本でした。

 SFへの期待で締めくくられ、前著に続いて読後感の良い一冊でした。

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『屍者の帝国』伊藤計劃×円城塔

屍者の帝国
伊藤計劃×円城塔
河出書房新社
2012.8.24
★★★☆☆

「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」

 作中、かなり?不正確だけどこんな感じのシーンがありました。
 なんとも不思議な感じでした。夭折したSF作家・伊藤計劃の残したプロローグを元に、芥川賞作家・円城塔が完成させた、という重い背景を持つ作品ではあるのですが、その内容はというとホームズ物設定で、007パロディ的で、ゾンビ物でという混沌とした話です。死体に“霊素”なるものを吹き込んで動かすという設定に、この作品自体が伊藤計劃の遺稿を円城塔が完成させたもの、という成り立ちと重なるのだなというのは誰しも思うところでしょう。

 あらすじは……。
 死者を機械のように動かす技術の普及した十九世紀後半、医学生のジョン・ワトソンは英国の密偵となりある特異な屍者技術を追ってアフガニスタンや日本で冒険を繰り広げる、というものです。ヴァン・ヘルシング、英国諜報部、ピンカートン、カラマーゾフ兄弟、フランケンシュタイン。なんでもありの超ごった煮は伊藤計劃的、かな?

 『虐殺器官』『ハーモニー』での伊藤計劃は、たとえ明るいはずのシーン・展開であっても重苦しく鬱々とした気配がありましたが、この『死者の帝国』はどちらかというと前向きな書き手を感じさせてくれます。それは伊藤計劃的でないかもしれないというだけでなく、非円城塔的でもある印象。伊藤計劃×円城塔のどちらが霊素でどちらがボディであるのか。作品となって姿を現した『死者の帝国』には伊藤計劃でもなく円城塔でもないという、不気味の谷とも言える違和感がありました。

 読んでいて断然面白くなってくるのは第2部から。第1部では霊素という言葉に付されたフリガナでしかなく、007パロ要素にも思えた「スペクター」という言葉が第2部に入って俄然生きてきます。虐殺の言語やSelf-Reference Engineといった伊藤計劃的、円城塔的なイメージの立ち上がりに興奮しました。その一方でますます不気味の谷は深くなり、これは一体誰の物語なのだろうという違和感が増していきます。

 ところが、ところが。
 読み終えて感じられたのは伊藤計劃でした。

 う〜ん。しかしオススメしづらい。ゴシックホラー的なものを好む人にはパロディ的な側面や雰囲気演出の淡白さが気になりそうですし、第2部以降で浮かび上がる魂、知性、進化といったテーマの面白さが一転してそこに共感を持った読者の否定に繋がりそうな展開もハードSF好きには「むう」となってしまいそう。それこそが伊藤計劃的という印象へ収束した理由ではあるのですが。
 読んで良かった、楽しめた、というのは確かですし、理解するのが難しいような難解な作品でもないはずですが、これを勧めてストレートに「すごく面白かった」と喜びそうな知り合いの顔が思い浮かばなかったのでした。書かれた経緯が経緯だけに予備知識込みで勧めて良いのかまっさらの状態で読んでどう感じるのか。フィルターがかからずにはいられないという難しさを備えてしまった気がします。

★ ★ ★

 『S-Fマガジン 2012年 11月号 』 に掲載されていた「屍者の帝国刊行円城塔インタビュー」という記事を読みました。思ったよりずっと円城塔の作品であったことを知りました。でも、伊藤計劃であることの必然が込められていて、という印象ともなりました。『屍者の帝国』を読んでの印象とは重なるような、意外なような、よくわからないような。伊藤計劃の病も死もその後の展開も、単なる事実ではあるのですが歴史という作品になっているんだな、という感覚が湧いてきました。

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『星界の音楽』ジョスリン・ゴドウィン

星界の音楽 神話からアヴァンギャルドまで―音楽の霊的次元
著:ジョスリン・ゴドウィン
訳:斉藤栄一
工作舎
1990.3.20
★★★★☆

 気に入りました。とても。

 この本を知ったのは『宇宙の調和』(ヨハネス・ケプラー)を読んでのことです。巻末の広告ページにこの本の紹介がありました。ケプラーの本も、オクターブと惑星の軌道要素を照らし合わせているという話を知って読んでみる気になったのです。『星界の音楽 神話からアヴァンギャルドまで―音楽の霊的次元』というタイトルが気にならないわけがありません。

 1990年刊の本です。さすがに手に入らないだろうと図書館に当たってみたところ保存庫にあり、借りることができました。Amazonにも在庫があるようです。(2012年8月現在) 工作舎は長く読まれる本を出す出版社のようですね。

 音楽と神秘主義の関係を分析する本です。ギリシア時代から現代まで、人々にとって音楽がどんなものであったのかを、広範な知識と神秘主義の視点から綴ります。

 目次の引用をしておきます。

  • 第Ⅰ部|昇りゆくパルナッソス
    • 第1章◉音楽の驚くべき効果
      • アムピオーンの竪琴——鉱物が聴く
      • 旋律とハーモニーの森——植物が聴く
      • アリーオーンとイルカ——動物が聴く
      • スピトゥスの理論
      • アレクサンダーの饗宴——魂が聴く
      • タラントラの毒
      • 音楽療法とシュタイナー
      • 孔子とプラトンの郷愁
      • 崩壊した帝国
    • 第2章◉秘められたハーモニーを聴く
      • 妖精たちの音楽
      • 蓄音機の罪
      • ヴァイオリン弾く悪魔
      • 水晶柱
      • 天球への航海
      • 沈黙した星界
      • 太陽の音
      • 暗黒の中世と賛美歌
      • グノーシスとしての音楽
      • イスラムの共感覚
      • ヨガと天使
      • トールキンとC.S.ルイスの神話
  • 第Ⅱ部|偉大なる仕事
    • 第3章◉音楽の錬金術
      • ムネーモシュネーとアポロン
      • 「失われた時を求めて」
      • 錬金術の伝統
      • インスピレーションの三つのレヴェル
      • 聴き手の経験
      • 隠された構造
      • 鉛の自我と純金の自己
    • 第4章◉音楽と時間の流れ
      • デミウルゴスとしての神
      • ゴシックの大聖堂で
      • モテットとマニエリストたち
      • 音楽にルネサンスはあったか
      • ソリストになった人文主義者
      • ムシカ・ムシカーンス
      • ルソーとラモーの対立
      • 予測不可能な形式
      • ヨーロッパのカースト
      • ポップ・ミュージックの罪と可能性
      • 開拓された第一質料
      • ブッダとケージ
      • 作曲家時代の終焉
  • 第Ⅲ部|天球の音楽
    1. 宇宙論的な枠組み
    2. 惑星音階:タイプA
    3. 近代の諸体系——ティティス——ボーデとゴルトシュミット
    4. 惑星音階:タイプB
    5. 惑星、音、曜日
    6. 惑星音階:タイプC
    7. 可動音をともなう諸体系
    8. ケプラーと惑星の音楽
    9. 諸音程と占星術の星相
    10. 音の黄道一二宮
    11. 天使の位階とミューズたち
    12. 三つの平均値
    13. グルジェフのオクターブの法則
    14. 調和級数とそのシンボリズム
    15. 下方倍音列
    16. ラムドーマとピタゴラス表
    17. 顕現の彼方に——1/1および0/0

ジョスリン・ゴドウィン「星界の音楽」目次より

 オカルト色が強い本で、著者も音楽とオカルトの分野での著作がいくつもある方、なのですがこの著者の扱うオカルト——神秘主義は形而上的であると同時に合理主義的です。自然現象から神秘の法則を見出す研究者の側の視点であって、実効性を謳う儀式やオマジナイを求めておいでの方には明らかに向きません。オススメなのはケプラー、デカルト、スピノザetcといった西洋哲学・思想・科学の歴史に関心のある人。作曲技法についても突っ込んだ話がされるので調や和音についての基礎知識もあった方が理解に繋がるのではないかと思います。私は音楽の知識が不足していて咀嚼できない部分があり悔しい思いをしました。
 1990年刊の古い本ですが、内容は古びるようなものではないので今でもオススメできると思います。

 少し残念であったのは現代の科学の成果が反映されていないこと。宇宙に関する知見は二十世紀初めとは比べものにならないくらい充実しています。ケプラーが緻密な観測データから星界の音楽を見出したように、現代の科学の成果から占星術・神秘主義のアップデートがあっても良いのではないかと思いました。(単に科学風味の言葉を散りばめただけのエセ科学カルトなんぞはおとといきやがれと思いますが)
 そして、科学に後ろ盾を得た神秘主義が新たな音楽——宇宙を統べる法則を体現する星界の音楽を生み出すようなことになったら素晴らしいのにな、と。

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『〈少女〉像の誕生―近代日本における「少女」規範の形成』渡部周子

〈少女〉像の誕生―近代日本における「少女」規範の形成
渡部周子
新泉社
2007.12.12
★★★☆☆

 明治から大正にかけての“少女”ジェンダーが造り出される過程を追った本です。
 富国強兵策を取り、欧米列強に対抗できる近代国家を目指した時代、社会を主導する男性の手によって“少女”というイメージが形作られてきたことを示します。カタい記述の本で一般向けの読み物ではなく、近代ジェンダー史議論の一部として書かれたもののようです。
 面白いか否かといえば正直あまり面白くない本でした。女学校文化の分析的なものを期待して読んだために「予想と違う」となってしまいました。
 それでも細かく“少女”が成立する過程を追ったこの本は明治・大正期の少女文化を理解するための一助になるような気はします。

関連書籍レビュー

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『ぼくらは都市を愛していた』神林長平

ぼくらは都市を愛していた
神林長平
朝日新聞出版社
2012.7.6
★★★★☆

 世界を襲った“情報震”。情報処理技術を破壊し、人類を滅亡の縁に追い込んだとされる“情報震”とは何なのか。戦闘機は出てこないがもうひとつの『雪風』であり、もうひとつの東日本大震災である物語。

 『いま集合的無意識を』において伊藤計劃への追悼ともに“宣戦”を布告した神林長平。かつては観念に偏重していた“言葉遣い師”が時代と思想を糧に立ち上がる。『いま集合的無意識を、』で呪いと認識された伊藤計劃の言霊が言葉使い師の筆に宿り紡がれ、円城塔の手による『屍者の帝国』 ともども“Project Ito”の呪いを伝播する。

 二つの視点のストーリーが綴られます。ひとつは、情報震なるものに襲われ人類滅亡寸前の世界で生きる情報軍女性士官・ミウの視点。もうひとつは、近未来的世界で体間通信なるものを仕込まれた公安警察官・綾田あいでんによる殺人捜査の視点。神林長平得意の実在/非実在、虚実入り交じった世界が展開されるのですが、そこに現れるのはこれまでの神林長平作品の全エッセンス+伊藤計劃的なガジェット&陰鬱さに思われます。現実世界と創作物とに距離をおく作風であった印象の神林長平ですが、今作では“都市”を軸にこれまでになく現実に寄り添います。“情報震”という言葉に代表される東日本大震災の影。あなたの経験したことは真の客観的現実か?と突きつけてくるのと同時に現実の全体像と個々人が遭遇する狭い現実の対比。さらにはメディアを通じての体験とそれらとのギャップ。SF作家・神林長平の業といわずなんといえばよいのか。あの震災を、直接、間接に体験してなお、この問題提起を行えるのかと溜息がでました。

 「いま集合的無意識を、」で示された志が形となった入魂の一作と思います。単体の小説としても面白いけれど、SFシーンや現実の出来事と対比させながら読むとさらにじーんと来るはず。

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百合とSF 2012

 百合SF
 今年読んだSFの中で百合要素のあったものをピックアップ。

 各々のタイトルでレビューしているものもあるのですが「百合」と紹介してしまうとネタバレになりかねないのでそのあたりははっきりさせないようにしていたのですが、それだと百合オタの人々に届かないわけで。
 というわけで百合オタでSFオタ向けのお勧めタイトル。

 以下、ネタバレありです。

続きを読む "百合とSF 2012"

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『NOVA8』大森望編

NOVA8 書き下ろし日本SFコレクション
編集:大森望
河出文庫
2012.7.20
★★★★☆

 今回は山田正紀の「雲のなかの悪魔」がカッコよかった。すごく。

 先頭に掲載されていた北野勇作「大卒ポンプ」の紹介文にてバチガルピの『第六ポンプ』の影響を挙げていて『NOVA8』を読もうとして『第六ポンプ』から読むことになったりと多少回り道もしたけれど、楽しく読めました。

大卒ポンプ 北野勇作

 タイトルで出オチじゃん!と思いつつも楽しく読めました。北野勇作らしいまったり?感もありました。

#銀の匙/曠野にて 飛浩隆

 飛浩隆は二話寄稿。両編とも共通した設定のお話で『NOVA1』収録の「自生の夢」とも同ワールド。複合現実ARやライフログ的なものに生まれた瞬間から囲まれた世代の詩人の話。〈夢字花ムジカ〉といったこのシリーズの造語の語感が面白かった。

落としもの 松尾由美

 とんがったSFじゃないけど、ほのぼの可愛い話でした。ケモノ好きと眼鏡好きにはとても楽しい、両者を兼任していればなお楽しい。ビジュアルは水玉螢之丞のイメージが浮かびました。砂浜で拾った眼鏡に関する謎解きのストーリー。

人の身として思いつく限り、最高にどでかい望み 粕谷千世

 田舎村に自称・カミがやってきた! しかも次から次へと願いを叶えてくれる。さあ、どうなる? 産業革命以前的な世界や人々のデテールの濃さといった違いもありますが星新一を思い出させてくれました。

激辛戦国時代 青山智樹

 タイトル通り、戦国の歴史を演出したのが激辛料理だったらどんなだろう、というギャグもの。バカSFに分類されそうな気はするのだけどもっとバカでもOKですよ? これは唐辛子をアメリカ新大陸から持ち帰ったワールド編も読みたい。

噛み付き女 友成純一

 ううむ、ううむ、ううむ。エロさや怖さが合わさったグロでもあるはずなんだけどのほほんとした「バカネタですよ〜」という雰囲気もあって直前に載っていた「激辛戦国時代」ともどもB級SFの雰囲気。

00:00:00.01pm 片瀬二郎

 『原色の想像力2』の「花と少年」、『NOVA7』の「サムライ・ポテト」に続いて新たな側面を見せてくれる片瀬二郎。今回は突然静止した世界を描く……のですがちょっぴり嗜虐というか残酷描写もあったり。「花と少年」で扱われたいじめの描写も含めてそういうイメージを描くのが得意なのかな。

雲のなかの悪魔 山田正紀

 今回一番印象が強かったのがこれ。流刑星からの脱獄モノで量子力学ネタをふんだんに散りばめてカッコイイという以外にない仕上がり。主人公は李兎リーユイなる革命特化のサヴァンの少女。
 山田正紀は第1回創元SF短編賞の選考座談会にて「量子力学的な話にはうんざり」と述べていました。(『原色の想像力』所収) 万能ツールとして安易に使われすぎるようになったのが不満であったのではないかな〜と。量子力学の前はナノテク。その前はバイオテクノロジーがそんな便利な物語の枠の破壊ツールでした。
 ところが当の山田正紀が量子ネタを引っさげてばばーんとインパクトのある作品で登場。しかもシビレルくらいカッコイイ。自身で貼った“陳腐”のレッテルを吹き飛ばそうという意気を見事に具現したように思えます。
 今回イチオシ。

オールトの天使 東浩紀

 「クリュセの魚」からの連作シリーズ完結編。シリーズ一通り読んで“絵”を描写したかったのかな?という印象になりました。紹介文によると“『ほしのこえ』への遠い遠いアンサー”だとか。

 次回『NOVA9』は十一月予定だそうです。

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『第六ポンプ』パオロ・バチガルピ

第六ポンプ
パオロ・バチガルピ
新☆早川・SF・シリーズ
2012.2.9
★★★★☆

 『ねじまき少女』の冒頭がぴんと来なくて放置していたバチガルピ、短編集から読んでみました。

 面白い!

 SF的にはあまり尖ってはいなくて、デテールと物語で読ませるタイプかな。『ねじまき少女』に繋がりそうな世界はスチーム・パンク的な古めかしさを備えつつ、でも、バベッジの差分機械と蒸気機関から分岐した浪費だらけマッチョなスチーム・パンクとは相容れなさそう。エネルギー枯渇設定が中世を思わせる停滞や衰退の香りを漂よわせます。
 印象に残ったものだけ個別に感想を。

ポケットの中のダルマ

 中国のストリートチルドレンがひょんなことから手にしたデータキューブのために辿る運命。スラム描写とアクションと明かされて行く謎のバランスが良くてどんどん先に読み進んでしまいました。アイデアの突飛さはないけれど組み合わせの妙がありました。

フルーテッド・ガールズ

 特異な改造を施された脆弱な体を持ち、パトロンの元で生きることを運命付けられた少女・リディア。双子の妹ともに金持ち連中へのお披露目のときが迫っていたのだけど——。
 『S-Fマガジン』掲載時に話題になっていた作品。この短編でハートを鷲掴みされました。“少女”らしさを色濃く綴った幻想とエロスが素晴らしかった。収録作品の中でこの「フルーテッド・ガールズ」が一番気に入りました。

第六ポンプ

 面白かった。面白かった!
 ウィットを含んだ描写と設定はちょっぴり不謹慎な笑いも呼んでにやにやしてしまいました。下水処理場のポンプの修理に奔走する主人公の誠実さが好ましい。でもこの世界、実は割と幸せそうだよね、とも。

 「フルーテッド・ガールズ」みたいな話をこれからも書いてくれるといいなぁ。『ねじまき少女』も改めて取りかかってみようと思います。

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『化石の分子生物学』更科功

化石の分子生物学 生命進化の謎を解く
更科功
講談社現代新書
2012.7.20
★★★★☆

 失敗が、いっぱい。

  1. ネアンデルタール人は現生人類と交配したか
  2. ルイ十七世は生きていた?
  3. 剥製やミイラのDNAを探る
  4. 縄文人の起源
  5. ジュラシック・パークの夢
  6. 分子の進化——現生の人類は進化しているか
  7. カンブリア紀の爆発——現在のDNAから過去を探る
  8. 化石タンパク質への挑戦

 上は目次の引用なのですが本の内容が想像できるでしょうか。たぶん、最新知識がだーっと並んでいて古生物学は今やこんなこともできるようになった!という本なのだろう、と思うのではないでしょうか。

 違うのです。

 第1章のネアンデルタール人の話こそ化石から抽出したDNA分析の成功例として華々しい結果が示されますが、話が進むにつれ“化石のDNA”は分が悪くなってきます。ジュラシック・パークの話や化石タンパク質の話などはもうほとんど失敗史の話となってしまい、できるかも、と注目された一時期との落差に驚かされます。ほんとうに、失敗がいっぱい、という本なのです。

 ですが「古生物のDNAを知るのはダメでした」という本でもありません。分子時計の話や共通のタンパク質コード——DNAから始原生物を探るような過去へのチャレンジ手法の様々とともに探求の途上であることを示します。失敗が失敗であるとわかることこそが分子生物学の進歩と厳密さの証でもあることがわかります。一般向けの新書ということで「DNAって何?」というような説明から始まるためちょっぴり迂遠な面もありました。

 蛇足です。
 この本、タイトルだけ見てAmazonで購入したのですが、かなり勘違いしていました。“分子生物学”が指すのはタンパク質etcの生物による高分子バイオマーカーの検出で、高分子は直接検出しづらいのでその痕跡化石を化学的に探ろう、という本なのだと勝手な想像していました。実際に手に取って読みはじめてみると“分子生物学”は主にDNA絡みのことと判明。『よみがえる分子化石』みたいな本でなくて「あれ〜?」と。もちろんそれは私の勝手な思い込みで、中身を読んで改めてタイトルを見れば非常に納得が行ったのでした。

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年刊日本SF傑作選『拡張幻想』

拡張幻想
編集:大森望・日下三蔵
創元SF文庫
2012.6.29
★★★★☆

〈すべての夢|果てる地で〉1
〈すべての夢|果てる地で〉2

 年刊日本SF傑作選『拡張幻想』です。第三回創元SF短編賞の受賞作と選評が載っています。

 SF界にとっても震災の一年だった。

 編者による巻頭言でも震災の影響に触れられ、読む側にとっても危機的状況が描かれているだけで連想するのは震災の映像たちでした。あるいは震災とは無縁と思える作品であっても昨年逝去した小松左京への追悼作品であったりとどちらかというと過去を振り返る作品が多かった気がします。小松左京追悼、という前提で傑作選を編んでも良かったのかも。

 印象に残ったものだけ感想を。順不同です。文章の感想は若干のバレを含みます。

〈すべての夢|果てる地で〉 理山貞二

〈すべての夢|果てる地で〉

 創元SF短編賞受賞作。
 コミPo!による四コマでの感想の通り、量子力学ネタのアイデアをメイン据えた話と感じました。ぽつぽつと見かけるネット評では「名作へのオマージュ」という側面を挙げる意見も目につきますが、実際はガチな量子論ベースのアイデアを投入したハードSF寄りの作風であったと思います。よくある「無理を通すための魔法の呪文・量子力学!」というご都合主義量子論とは別物のしっかり量子力学を消化した話。内積がゼロとなる――干渉しない――二つの空間を互いに現・空想とし量子もつれエンタングルにあるペア量子が二つの世界の架け橋となるという素敵なイメージから始まります。
 これをカッコイイと言わずにいられましょうか。

 小難しい小説のように思えるかもしれませんが、とっつきの悪い話ではありません。ブラ=ケット記法による方程式の提示も「そういうもの」として解説部分を追えば理解に苦はなく、宝探し系の躍動的なストーリーが現れます。文章は比較的淡々とした落ち着いた印象。

 オマージュ要素に関しては私はSF読書量が少なく、『1984』とSF御三家へのリスペクトが濃かったな……くらいしかわからなかったです。たくさん読まれている方は「ここはアレ、こっちはアレ」とパズルのピースを見つけるような楽しみ方もできたのでしょうか。
 そんな私でも最後の最後に開かれたネタには声を立てて笑ってしまいました。うむー。色々な意味で『拡張幻想』にぴったりの受賞作となりました。

 第三回創元SF短編賞授賞式で理山氏は「量子力学で数式のまま言葉になってない部分を書きたい」という意味のことを言われていたように思います。是非、そんな世界を見せて欲しい。

超動く家 宮内悠介

 創元SF短編賞絡みでは出身作家の宮内悠介の怪作「超動く家」。……バカミス? SF的な面もあるのでバカSF? 印象深い短編であるのは確かでした。読みながら裏拳ツッコミしまくりでした。この人は色々なもの書ける人なんだな〜。

良い夜を待っている 円城塔

 創元SF短編賞関係以外の作品では特異な記憶能力を持つ人物を描いた「良い夜を待っている」が印象に残りました。自然に流れて行くストーリーでありながら緻密さがあって、全体が見事に調和していて。科学解説書の要素を最上級の小説にする手腕に惚れ惚れしました。『Self-Reference ENGINE』の頃の円城塔とは丸きり印象が違います。いえ、作風そのものはそんなに変わっていない気がするのですが、素晴らしく読みやすくなっているために別物のよう。

 神林長平の「いま集合的無意識を、」も大好きな作なのですがこちらは同タイトルの文庫で読んでいたので感想はそちらを。

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