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『丕緒の鳥』小野不由美

丕緒ひしょの鳥
小野不由美
新潮文庫
2013.6.26

 帯に「12年ぶりのオリジナル短編集!」とある通り、久しぶりの十二国記の新刊です。出版社が変わり完全版と銘打たれた既刊がこの一年ほどで再刊されてきましたがいよいよ新作。昨年の7月には『残穢』という心霊ホラーの新作も出ていますし、十二国記の書き下ろし長編も準備中であるようです。ホワイトハート時代からのファンとしては嬉しい限り。

 新刊『丕緒の鳥』は「丕緒の鳥」「落照の獄」「青条の蘭」「風信」の四編からなる短編集で「丕緒の鳥」「落照の獄」の二編は『yom yom』という新潮の小説誌に掲載され話題にもなりました。以下、それぞれ個別の感想等。多少のネタバレも含むので本編読後の閲覧をお勧め。

丕緒の鳥

 シリーズ主人公・陽子の属する慶国において国の式典の一種をになう官吏のお話。陶鵲とうしゃくと呼ばれる陶器の鳥を飛ばし、弓で射って砕くのを見せる式典。予王の御代と偽王の時代を経て新王が立ち、その新王に陶鵲を披露することになったのだけれど担当の官吏である丕緒は新たな王にも期待することができずにいたのだが——。
 丕緒は物作りをする職人の、いわばトップです。建築デザインをになう建築家、イベントを演出するプロデューサーのような立場のお役人で、卒なく型通りの式典をこなすだけでなく表現者としての力を持つ人物として描かれているようです。陶鵲にメッセージを込めること、伝えることに期待してしまって良いのか。ちゃんと読み取ってもらえるのだろうかという作家らしいものづくりの視点の感じられる話でした。

落照の獄

 こちらは一見、作品を通じた死刑賛否論の提起に見えるお話。どうということのない理由で大勢を殺した連続殺人者を裁く司法官を描きます。舞台の柳国は景王・陽子が即位し戴国が沈みかけているまさに『月の影 影の海』からの十二国記作品世界の「今」であり、これまで謎の傾き方をしていた柳国の国情を背景に死刑の是非について語ります。一見死刑賛否論、というのは一方で(過去作における延王の説明と照らし合わせると)このお話は整った官僚制度を作った劉王が民に国権を委譲しようとしているのではないかと勘ぐれそうなのです。国官に裁量を預けようとする劉王。官の導きによる政で傾きかけているように見える国政。十二国の天意システムにおける新たな体制の模索が柳国で行われているように見えます。ところが一方で劉王は必ずしも傑物とはいえない息子を高官に据えているという設定も示されもするのです。完成度の高い知性的な劉王の像が傾き始めた国情とともに歪みます。柳国には一見矛盾しそうなドラマがありそうだ——ということを感じさせるお話に思えました。

青条の蘭

 このお話は「舞台はどの国だろう」と思いつつ読むのがお勧めです。王が斃れたばかりの国で山林の監督官的な仕事をする官吏のお話。実地に山野を巡って治山に携わる標仲ひょうちゅう山毛欅ぶなの林に異変が起きていることを知る。異変への対処を試みつつも事態はじりじりと悪化し、最後の望みを背負って駆ける標仲のちょっぴり『走れメロス』っぽくもあるお話。王が倒れ、新たな王が登極し、その新たな王にかける期待が描かれます。過去作で名前だけは出ていた猟木師なども登場し、里木、野木の設定も新たに詳しく描かれ、十二国世界のシステムにデテールが増していくお話でもあります。これが王の倒れた時代に幕となるお話であれば悲劇は必定ですが新王登極の時代であればこその天の配剤。終盤、手に汗を握りつつ、同時に安心して読むこともできたのでした。

風信

 「落照の獄」ともども現実の世界のテーマを十二国に投影した観のあるお話。こちらはオタクや学者のように間接的にしか社会問題に立ち向かうことのできない人々を荒廃で孤児となった少女の視点で、陽子登極直前の慶国を舞台に描きます。東日本大震災に際して直接的には無力であった被災者以外の人々が念頭にあったのでは、と想像しました。

★ ★ ★

 十二国記は背景設定が非常に重い意味を持つ異世界ファンタジーです。実在する“天”が麒麟を通じて王たる人物を選ぶ。血統は関係なく、天が王を選定するために王の真偽には絶対の保証がつく世界です。設定だけをざっくりと書くと興醒めに思えるかもしれませんが『月の影 影の海』から始まる陽子たちの物語を追えばなぜ最新刊が書店の平台を占領しているのかわかるはず。
 シリーズ既読の人には改めて勧める必要もなく「新刊出てるよ!」とだけ。未読の方には「是非」と。

 ひとつだけ残念なのは小野不由美の著作がKindleをはじめとする電子書籍に存在しないこと。(2013.6.30現在)

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