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2013年9月の9件の記事

『星を創る者たち』谷甲州

星を創る者たち
谷甲州
河出書房NOVAコレクション
2013.9.26

 SF短編アンソロジー『NOVA』シリーズで展開されていた谷甲州の宇宙土木シリーズが単行本になりました。元々はSF小説誌『奇想天外』に掲載された短編シリーズから発展した一連の作品とのこと。「こういう谷甲州が読みたかったんだよ!」というど真ん中を突いてきつつ、単行本書き下ろしの最終話では「驚愕の」としか表現できない展開を見せてくれました。若干のネタバレを含むので既読者向きの感想記事となります。

コペルニクス隧道

 初出は『奇想天外』1988年。月面都市間を結ぶ鉄道の地下坑道の掘削現場が舞台です。「コペルニクス隧道」というタイトルは吉村昭『高熱隧道』を彷彿とさせるものがありますがこちらは執筆当時開業したばかりで出水で難工事であったとされる青函トンネルのイメージもあるのかもしれません。当時は月面の砂の成分から建設資材が作れることが示されたり、粉流体や電磁流体にも注目が集まっていた気がします。作中での月の砂レゴリスの扱いもそういった時代が反映されている気がしました。

極冠コンビナート

 火星の極近くに造られる採水プラント現場の話。ネタバレの気がしますが1988年の『奇想天外』掲載当時記憶に新しかったはずの「世田谷ケーブル火災」を元イメージにしている気がします。NTTの電話交換局で起きた火災が予想外に拡大して収束・仮復旧までに一週間近くを要した事件。当時はまだインターネットは一般向けには提供されていませんでしたが、FAXが普及し携帯電話も普及が進みつつあって情報化時代を迎えていたはず。引き回される大量のケーブルが防災の盲点となっていたことを象徴する事件でした。この話では環境の変化によって一度解決されたはずの問題が再度立ち上がってくるだろうという視点が示されますが、それは技術の必然でもあるということなのでしょう。失敗の祖型は常に過去にありつつ、それを完全に生かすこともまた難しい。この作者ならではの技術に対する皮膚感覚を伝えてくれます。

熱極基準点

 自転と公転が共鳴関係にある水星ならではの“熱極”に設置されるマスドライバー建設計画にまつわる調査活動の話。1988年『奇想天外』が初出。
 またバレとなりますが、少し読み進んだところでバルカンという星が登場します。水星より内側の軌道を巡る、準惑星とでもいうような小さめの天体です。現実には存在しないこのバルカン、かつて天王星の摂動から海王星の存在が予見されたように水星の近日点移動から存在が予測されていた星です。ニュートン力学だけでは水星の近日点移動量が説明し切れず、水星よりも内側の惑星が予想されていたのです。実際にはバルカンは発見されず、一般相対性理論によって水星の近日点移動量の誤差が見事に説明されて落着となりました。ところがこの宇宙土木シリーズではバルカンが実在する! これは相対論の成立しなかった宇宙が設定されているのか!と色めき立ったシーンでもあります。結果は——読んで確かめてください。
 後のお話に強く影響してくるのがこの水星調査の話でもあります。

メデューサ複合体コンプレックス

 ぎゃふー。カッコいい。2010年の『NOVA3』掲載のお話。木星が舞台です。木星の衛星ではなく、本星。その大気圏に浮揚するプラントがメデューサ複合体。このメデューサ複合体でも工学的な問題が起きるのですが、作中に元ネタが明示されています。“tacoma bridge”です。youtubeに記録映像があるので(読後に)ぜひ見てみてください。私が学生のときには写真でしか知りませんでしたが、動画で簡単に見られる時代となりました。
 メデューサ複合体はサイズが100kmを超える大物で、しかも木星大気中をダイナミックに機動する飛翔体であるようです。タコマ海峡橋ならば現代でもきっちり解析できるものの、規模や環境が変わればモデル——工学モデルには必ず織り込まれる簡略化手法——が現実と合わなくなる。カミオカンデの水底にあった光検出器がひとつ圧壊したことによって連鎖破壊したように、構造物は想定外の壊れ方をするもの。最新の技術で詳細なモデルを組んで安全率を削ることで成立する浮揚体。狭い安定領域を維持制御し続けるテクノロジーの魅力。どんな形のキャノピーで飛ばしているのか、図解が見たかった。

灼熱のヴィーナス

 90気圧400℃。濃密な大気の底にある灼熱の地表、金星。現実ではそんな世界に送り込まれた探査機の寿命は小一時間。ソ連時代のベネラ探査機の成果です。現実の人類の技術では無人機械でもそれしか耐えられない環境に、甲州世界ではブラントを建設します。読んでるだけで「あぢぃ」。濃密な大気を逆手に取った気球+翼による揚力で凧のようなプラットフォーム建築を描くのですが、ここでも危機が訪れます。視点は金星地表の重機オペレータ。メデューサ複合体同様、こちらも形が知りたいと思ったのでした。連凧みたいなデザインだったりするのかな。初出は『NOVA7』。

ダマスカス第三工区

 土星の衛星エンケラドゥスに建設されようとしている採水プラントで起きた事故の対応に訪れた管理職が遭遇する不可解な現象。『NOVA9』掲載時には「こういう方向の話もありか!?」と意外に思ったオチでした。水星の「熱極基準点」共々最終話に繋がる重要なエピソードになっています。

星を創る者たち

 そして表題作にして書き下ろしの最終話。これはもう「おおおっ」と唸らずにはいられない展開。作品のトーンというか世界観というかがぐいぐいとシフトしていく独特の話で帯にある「作者が予測できなかったくらいだから、読者諸賢にとってはなおのこと予想外の物語になったと確信している」という著者の言葉通り、文句なしに予想外。技術者を描いた宇宙土木のゴリゴリイメージから一気に変容していくお話の感触に鳥肌が立ちました。

★ ★ ★

 『NOVA』での連作で知って楽しみにしていた宇宙土木シリーズ。航空宇宙軍シリーズで魅せられて以来の作者のファンとしては「こういうのが読みたかった!」と大満足。無骨ですらある未来版吉村昭・柳田邦男的、石原藤男の後継者的な科学技術SFの系譜はこれからも続いて欲しいと願うところ。創元SF短編賞を受賞した『銀河風帆走』の宮西建礼もこの近辺の開拓に続いてくれるかもしれないとちらりと思ったり。
 『星を創る者たち』未読の方はぜひ手に取って、近未来で危機に立ち向かう技術者たちの世界を体験して欲しいのです。

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『脳はなぜ「心」を作ったのか』前野隆司

脳はなぜ「心」を作ったのか
前野隆司
ちくま文庫
2010.11.12

 この本には「受動意識仮説」という言葉が登場します。著者が提唱している心、意識についてのモデルを指す言葉であるようです。

 本の内容はシンプルです。心・意識はたくさんの無意識により駆動されるヒト自身を傍観する行動より後に生じる後追いの物語生成・追認装置である、というものです。この部分だけ抜き出すとトンデモっぽく見えるかもしれませんが、ベンジャミン・リベットの実験以来、支持する心理学者が少しずつ増えている考え方であるようです。先に読んだ『意識は傍観者である』で読んだものと基本的に同じ考え方です。さらに歴史を遡ると機械論と呼ばれるもののひとつであるようです。
 ですがこの本は『意識は傍観者である』をはじめとする心理学者の本とちょっと違い、著者が工学者です。機械工学、システム工学の視点からヒトを制御系——生体自律機械と見なして説明するために非常にシンプルで明解で即物的に思えるのです。

 「フィードバック」という言葉を聞いたことがあると思います。日常的な使い方では「ある結果を進行中の問題に役立てること」くらいの意味でしょうか。「意見をフィードバックしてよ」なんて感じで使うと思います。
 この「フィードバック」という言葉は制御工学の言葉です。何かを制御するときの方法を分類すると「フィードバック」と「フィードフォワード」という二つになるのですが、その組み合わせと順モデル・逆モデルを実現するニューラルネットワークでヒト……というよりは生物の自律行動を説明してしまいます。結果、クオリアも哲学的ゾンビもあっそりと吹き飛びます。あまりにざっくりとした説明で機微が排除されてしまうので「え〜?」と思えてもしまいますが、単純化することで明瞭に、理解しやすくなります。特に制御工学を概要だけでも知る人にはこの本に強く共感を持てるはず。

 著者はヒトを多数の小さなタスクの集合と見なし、「心」を持った機械を作ることができると主張して研究に取り組んでいるようですが、それが本当に実現するのかどうか興味深いところです。工学的には「ボトムアップ」という手法で取り組まれてきた人工知能像そのものです。また、人工知能の実現に伴う社会の予測もしていて、SFやカーツワイルの予測を元にした人工知能像を持つ身にはとても無骨に見えるものの、工学の持つ(20世紀には一般的だった)未来への明るい視線は力強く好ましく見えました。

 ざっくりとした工学者の言葉で綴られた「心」のモデルを、初めて機械論に触れた人はどう捉えるのだろう、なんて思いました。

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Comic Glassで自炊電子書籍ストリーミング閲覧

Comic Glass ストリーミング・プラグイン

 Comic GlassというiOS用電子書籍ビューワがあります。画像データをZIP・RARでまとめたものやPDFが読めるScansnapを活用する電子書籍自炊ユーザにはお馴染みのツール。そのComic Glassが先日のアップデートでストリーミング表示に対応しました。有償プラグインでの機能追加です。

電子書籍

 iPadで自炊(自前で本をスキャンした)電子書籍を読む際にはあらかじめデータをiPadに転送しておかなければいけませんでした。大した手間ではないのですが、それなりに待ち時間やファイル管理の手間が要るので煩わしくはありました。Cloudが普及してみると、それまで自前でやっていたデータ管理が面倒臭過ぎたことに気づきます。iPadのデータもCloudみたいに楽に扱えればいいのに、と思っていました。

 Comic Glassのストリーミング機能はその欲求を少しだけ満たしてくれます。Cloudのように「どこでも簡単に使える」わけではありませんが、少なくとも

  • 自宅LANに接続できる環境で
  • PCかMacのサーバを一台動かしてあれば

Cloudにかなり近い使い方ができます。一覧から電子書籍データを選んで、開いてそのまま読みはじめることができ、ファイル管理の面倒から開放されます。

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パソコン側でMediaServerを設定し

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Comic Glass側でMedia Serverの選択設定。

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パソコンのMedia Serverがうまく動いていれば一覧にパソコン名が出ます。

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配信設定したフォルダ名を選択すると……。

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ファイル一覧がこの通り。検索もできます。

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ファイルをタップすれば後は普通に……。

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転送が始まり。

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大して待たずにページが表示されます。読んでいる最中にバックグラウンドで転送されるのでファイル管理の煩わしさがなくなります。

 WindowsかMac、あるいはMediaServer機能のあるNASをLAN上で待機させておけば、そこからComic Glassにデータを配信してもらえます。

 現時点では「一覧から選ぶ」「ファイル名検索」というファイル選択方法で、書籍データが多いと検索での利用が主になるでしょうか。
 MediaServerを必要とするのでその機能を持ったNASかパソコンが必須です。Timecapsule+Mac+iPadで運用している環境だと、通信がAFPであればMacは起動しておかずに済むのに、と贅沢を言いたくなってしまいました。

WOL

 常時Macを待機させておいたのでは省エネルギーという点からも望ましくないということで、スリープ待機させたMac miniをWake Up on LANで目覚めさせようとiPadとiPod touchにMochaWOLというAppを導入してみました。WOLパケットを送るツールです。簡単にできた!のですが幾度か繰り返してみると目覚めさせたMacがほんの数秒でまたスリープに入ってしまうこともあって今ひとつ確実な運用になりません。もうちょっと勉強が必要なようです。

★ ★ ★

 いずれはCloudにライブラリを構築する時代となるのかもしれませんが、紙ベースの書籍のスキャンも含めて過渡期の現在はまだまだ運用に工夫が必要なようです。うまく行った工夫のひとつがComic Glassのストリーミング機能ではないかと思います。書籍自前電子化に取り組まれていて、iPadを利用している方には強くオススメ。

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『スズラン手帖』タカハシマコ

スズラン手帖
タカハシマコ
一迅社百合姫コミックス
2013.9.18

 2007年の発売日に買った『乙女ケーキ』から早六年。『乙女ケーキ』のカシスジャムを思わせる帯と苺ムースのような色味のツートンは今も私にとっては百合姫コミックスのベスト装丁。

 そして新刊の『スズラン手帖』。『乙女ケーキ』のシボが入っているかのような細い濃淡ストライプ+非コート紙の風合いはそのままに薄紅から水色にトーンを替え、銀の枝のスズランで彩られていました。うっすら玉虫色っぽいツヤのある気のする銀色の箔押しです。今回もめっちゃ素敵装丁。
 奥付ページにまでデザインの手が入っているのも『乙女ケーキ』同様。紙ならではの魅力のある本です。

 収録は全12話。プラスあとがき。2007年7月発売の『百合姫』vol.9から2013年9月号掲載分が11篇と4P描き下ろしが1篇。扉ページのワンポイントカラーイラストは「蜘蛛の糸」から。巻中にも雑誌掲載時に印象的であったカラーページが収録されています。小さなお話がたくさん詰まっていて個別には紹介し切れない感じですが、繊細な少女漫画テイスト+トゲや毒となり垣間見せる少女のエゴ、古典や科学の世界から唐突に現れてくるイメージの断片などが相まってタカハシマコ独特の作風となっています。ぱっと見の少女趣味全開さとは裏腹のゴシック感がたまりません。お気に入りは「リンゲルハンス島」とか「夢乙女」といった要素の断片なのですが、全体があってこその部分というか、お話を象徴していたり、かけ離れていつつも欠くことのできないピースであったりするのが印象に残ります。
 あとがきでは作者自ら「老女が多い」的なことを書いていますが、百合漫画で印象的に老女を登場させて話題になった『乙女ケーキ』の「タイガーリリー」からしてタカハシマコの手によるものです。タカハシマコ作品における少女の祖型は明治〜戦前にかけて形作られてきた“少女”のイメージで、“少女”を心に住まわせ現実を生きてきたのが現代の老女でもあり、また、少女期にあってはその時期の貴重さに気づけずに振り返ることでしか認識できないのが“少女”であればある程度年嵩の“少女”たちが描かれるのも自然というもの。

 『乙女ケーキ』でもこちらの『スズラン手帖』でも、少女漫画タッチに抵抗のない人は「まず読んでみて」とオススメしたいです。

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『コミック百合姫』2013年11月号

コミック百合姫 2013年11月号
一迅社
2013.9.18

表紙

 一年続いた浜弓場双の表紙。今回で一段落なのでしょうか。これまで“BE CUTE! BE POP!”のテーマが添えられてきたのにぴったりな可愛らしいイベントが描かれて来ましたが、今回は表紙を開き折り込みを展開してみればロマンティック全開。花火の意匠に埋め込まれた目次は実用的には見づらくもありましたがカッコ良くもありました。

百合男子 倉田嘘

 読者の反応も賛否両面極端であるらしい「百合男子」は編集部の付けたアオリでも悪ノリでますが、間違いなく『百合姫』の屋台骨のひとつ。読者も含めたジャンルを俯瞰する作品は必要で読者自身にも読者像と向き合わさせる役割を果たしていると思うのです。今回は「青い花」完結を機とした聖地巡礼ネタ。作者による現地取材の状況などもサイトにまとめられているので本編や「青い花」の原作コミックス・アニメと併せて眺めると楽しいはず。

citrus サブロウタ

 7月発売のコミックスが発売から一週間ちょっとで大手書店やネット書店で売り切れてしまい、8月後半まで増刷がないまま入手難が続いていたらしい絶好調の「citrus」。9月の『百合姫』発売日になってもAmazonではコミックスランキング500位あたりと新刊みたいな位置に留まっています。前号から魅力的に話を掻き回しに来た眉太・ツインテ・縦ロールの桃木野さんは今号でも大活躍。はるみんの谷間ポケットも密かに活躍。今回は派手な急展開はナシですがそれでもノリ良く一気に読ませてくれた36ページ。単行本1巻の続きは『百合姫』9月号と今回の11月号の2話分です。

ひとりじめマイフェアレディ ありいめめこ

 『百合姫』の姉弟誌?『gateau』掲載作家さんの短編。作家さんのブログによると『gateau』掲載作のスピンオフであるようです。ゲスト作品という感じがまったくしない見事に馴染んだ作風でした。少女の華やかさも舞台裏も見せるのが少女漫画の、百合漫画の面白さだと思うのですがそこをどストライクに表現していてとても好みだったのでした。同級生の姉である年上の女性に一目で魅せられてしまった外見至上主義少女のお話。

月と世界とエトワール 高上優里子

 今回は岸辺世界が回顧する歌姫・海百合と生徒会長との因縁の過去話。すこ〜しずつ海百合様の行動パターンというか動機みたいなものが見え始めてきた気がします。今号は回想ということもあってシーン自体は衝撃的であっても淡々とした感じもしたかな。次号で時間軸がよぞら&世界の現在に戻りまたまた盛り上がりそうな予感がします。楽しみ。

犬神さんと猫山さん くずしろ

 夏祭りで浴衣回!なのだけれどチャイナ服回でもあったのでした。猫山さんは実は猫ではなく蛇女(昔の見世物小屋的なアレ)担当だったのですね、とちょっと思ったり。「マルスのキス」とか小ネタが仕込まれていたり杜松さんの使っているカメラがどことなく蛇腹式クラシックカメラに見えたりとか細かなところも色々遊びもあったり。

プリズムエモーショナル 黒霧操

 黒霧操、作画面で着々と進歩を続けている気がします。手や指の表現を含めたポーズデッサンが自然で格好良く。デビュー作の時にはまさかこういう方向にめきめき力を付けてくるとは思いませんでした。お話の流れも自然で読みやすく効果的な構成。まだまだ知名度の低いアイドル三人組のセンターと有名アイドルのお話。タイトルからするとプリティ・リズム(土曜朝のアニメ)的なイメージなのかなとちょっと思ったり。

ユリップchu♥ 森島明子

 Twitterではアイドルグループへの萌えを以前から見せていた森島明子。『ひらり、』でもグループダンスのシーンが入っていたりしたので「ずっとやりたかったんだな」というのがひしひしと。博多弁や関西弁が飛び交ってとてもノリノリ。前掲の黒霧操と並んでのアイドルものです。こちらの「ユリップchu♥」は連作予定の模様。次回は一回お休みして3月号予定だそうです。

私の青春はヤンデレに浸食されました ねこ太

 不条理っぽいギャグはリニューアル後の『百合姫』では珍しい感じ。『ニコニコ百合姫』でのすこやか共々、以前の『百合姫S』にあった空気が少し戻って来た気がします。屋上でリストカットしようとしていた子を止めるのですが、その子が完璧なヤンデレさんで、というカッ飛んでる系のギャグものです。

コキュートス(後編) コダマナオコ

 まっすぐでハグレ者のクロネコさんとフツーの中にありながらフツーに馴染めていない主人公。急接近から始まる後編ではクロネコさんの側に踏み出したくても踏み出し切れない葛藤のお話となります。非常に好きなテーマ。これはすごく惜しい気がする。空気感、共感で挑戦的に読者を掴みに来ていて、ぐっと乗ろうとしている読者にはわかるけれどたぶん乗り切れない読者もいて。単に良いお話にするならば主人公が勇気づけられてコウモリをやめ、クロネコさんと手を取り合い寄り添うオチになるはずなのだけれどそうは描かなかったあたりのじんわりくる「ああっ、もうっ」感。

あたしとあなたと彼女のソファ 源久也

 これはちょっと前置きというか読めばわかるけど読み始めしばらくはわからない、設定を解説してしまうべきでしょうか。……やめとこ。読んで、どういう設定なの?と悩んでみてください。

ゆるゆり なもり

 千歳でも照れてしまうことがあるのか……。そして京子と櫻子は合わせてはいけない危険物のような気がしていましたが意外と名コンビであることが発覚。

あなたはいつ勘違いに気づくのです? まに

 第9回百合姫コミック大賞にて紫水晶賞の作者です。今回も絵が可愛い。とにかく可愛い。すごく可愛い。ネトゲで知り合ったらしい三人組の初顔合わせ・日常系コメディ。小ネタも可愛く楽しく。お話の展開がちょっぴりわかりづらい気もしますが、可愛らしい絵&キャラのパワーが全開で楽しめました。

私の世界を構成する塵のような何か。 天野しゅにんた

 ぉぉぉっ。悪い予感しかしなかった前回までの留希×さちですが、これは書いちゃっていいよね? バレしちゃっていいよね? 素晴らしい回収のされ方をしたのでした。こういう話も創れるのかしゅにんた……。

ガールズビターアンビシャス ちさこ

 しっとりシリアスと甘々ポップな雰囲気を視点の切り替えとともにスイッチして見せたお話。男子と付き合ってみたけれどうまくいかなかったと打ち明ける友人。想いを寄せつつもそれを隠して慰める主人公。

箱の中の姫君 慎結

 スクールカーストやいじめ的なテーマが得意な慎結。今回は大会社の社宅らしき舞台に生じた社内カーストをテーマに。父親の仕事上の地位が子供の社会的地位にも反映されてしまうことへのレジスタンスを恋愛的な感情と重ねていきます。

きものなでしこ 八色

 サーヤとかの子の関係が一段落して落ち着いた面白さが戻った気のする「きものなでしこ」。キャラの関係はたぶんこの先はゆっくりと変わっていくのだろうなと思いつつ。今回は一足早いお正月イベント。

game 竹宮ジン

 少し絵柄も雰囲気も変えて来たかな?という印象の竹宮ジン。今回は高校生もの。金髪の転校生がやってきて主人公にいきなり懐きまくり。しかもどうも懐かれ方が不純な感じ?と始まるお話。連載の第一話であるようです。

雷と砂の雨 大北紘子

 あ、あれ? ええ? こ、このオチなの? という大北節炸裂。在宅ワーカーの主人公の元に手配中の逃亡者♀が訪れて、と始まる話。締め方が唐突な気がして読み返すと伏線はちゃんとあって、でも、伏線あってもやっぱり唐突感が。オチの強烈さで展開のしっとりが印象から逸れてしまったような気もしますが、中盤一コマずつゆっくりと辿ると大北紘子のチャレンジが見えてくる気がします。

himecafe

 himecafeは今回サブロウタがゲスト。このコーナー、文章になってるけどけっこう作家さんごとの違いみたいなのが字面から出てる気がして楽しみだったり。

Yurinote 峰なゆか

 今回はボディタッチをテーマに。ぶふっ。毎回笑ってしまうこのコーナー。ただ書き流しているエッセイではなくてオチというか構成がしっかりしてて何気なく上手かったりします。作者、エッセイ漫画は本が出ているけど文章のご本は出してないのかな?

羊と氷菓 井村瑛

 今回の井村瑛のお話はモノローグ部分が詩のようなリズムで、心に染みました。そして予想外の展開で「続く」。えぇ?と思ったらタイトルに(前編)の文字。これは気になる引きだな〜。

ボウソウガールズテキモウソウレンアイテキステキプロジェクト 河合朗

 黒百合会。なんかこう、江戸川乱歩の気配というか、ぶははっと思わず笑ってしまうスケバン刑事的世界の香りが。次回への引きもうまいとこ設定してきました。

勿忘草を忘れないで 片倉アコ

 9月号にも掲載のあった百合姫コミック大賞からの作者さん。今回も話の流れがテクニカル感があるのが「ほほー」と関心しつつ、ちょっと時系列のわかりにくさもありました。

in secret...? 大沢やよい

 前回の「わがままファズとぴかぴかさん」では百合漫画的には微妙なラインを攻めてきましたが今回は王道な学園物。音楽教師と生徒と。大沢やよいらしい明るく柔らかな雰囲気。

★ ★ ★

 「恋愛遺伝子XX」と「ロケガ」、タカハシマコ、蕗も前号予告にはあったのですが掲載がなく。誌面はしっかりしていましたが内幕は波乱の11月号であったのでしょうか。この夏は艦これの大ブレイクがあって今号あたりで艦これの百合要素を特集してミニ漫画でも載せられれば大売れしたかもしれません。Twitterでも百合姫作家さんたちの艦これ率高し。
 次号予告の水あさと「屋上に咲く花」はcover storyなのかな? 本編での漫画掲載なのかな? まだわかりませんが予告イラストを見て楽しみになったのでした。

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『味わいの認知科学』日下部裕子・和田有史

味わいの認知科学
日下部裕子・和田有史[編]
勁草書房
2011.10.20

 とてもオススメの本であります。

 味ってなんだろう。
 味わうってなんだろう。

 私たちは日々、様々なものを食べ、飲んで「おいしい」とか「まずい」と言っています。ちょっとした科学知識があると、味というのは舌に味蕾があってそこで感じ取った味が脳に伝わって……と思い出しもするのですが具体的に味蕾に何がどう作用しているのか、脳が味を感じるときに何が起きているのかは実は良く知らないのではないかと思います。そして「たぶん科学も味についてはよくわかってないのでは」という予想を立てるのではないでしょうか。一方で、化学的な分析もできちゃうかも、なんて期待も。
 私はそうでした。そんな予想は、読み終わってみればおおよそ当たっていました。でも、知っていることばかり書かれていたわけではまったくなく、味についてどのくらいのことがわかっていて、どれくらいわかっていないことがあるのかの全体が見えて来ました。味覚の機構、嗅覚との関係、脳科学的なアプローチ、心理学実験といったこの本で解説されたことによって「味」のイメージが変わった気がします。臭いや記憶との関係が想像していた以上に深く、心理学の領域がとても広いことが驚きとなりました。

 縦書きの本ですが内容的には学問寄りで、大学二、三年生以上を対象にしている印象です。数式や化学式は出て来ませんが脳科学絡みでは脳の部位名称が並びますし、工学として味覚を扱う話は定量化アプローチに慣れていないととっつきが悪いかもしれません。読み流す本ではなく、味覚の科学の概論がまとめられた教科書のようなタイプの本です。
 少し惜しいと思ったのは筆者が複数に分かれているためか、内容に重複があったり、紹介する話の順序に統制が行き届いていなかったこと。一冊の本にまとめるのであればもう少し章ごとの内容の相互擦り合わせができていて欲しい気がしました。

 求めていた「味わい」と「認知」の知識に関してがっちり説明されていて、満足度の高い一冊でした。

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『毒姫』三原ミツカズ

 2013年6月末に最終巻の出た三原ミツカズ『毒姫』シリーズ全5巻。

 作者の三原ミツカズの名はあるいはドラマにもなった『死化粧師』でご存知の方も多いのではないかと思います。『DOLL』シリーズをはじめ、華やかな衣装と死とが隣り合う作風はゴシックという言葉が似合い、中世西洋風ファンタジー世界を舞台に身体そのものを毒と化し敵の元へと送り込まれる人間暗殺兵器の運命を描いたのが『毒姫』シリーズ。“毒姫”を作り出し謀略を巡らせるミトラガイナ国。グランドル国の王を暗殺するために送り込まれた毒姫・リコリスとグランドルの三人の王子たち。グランドルと篤い信頼で結ばれた隣国イスキア。けれど毒姫による暗殺は失敗し、ミトラガイナの陰謀は三国の関係を変えはじめます。

 お話は毒姫であるリコリスを主な視点に展開します。グランドルの王子たちやイスキア王室、ミトラガイナな女王や毒姫たちの本拠地のエピソードを彩りにして。暗殺兵器である毒姫たちには端から幸せになる道などありはしないことを予感させつつも若く美しい娘たちであることに違いはなく、儚く幸せを夢見もするのです。しびれる。グランドルの王室に送り込まれた毒姫の王子たちとの出会い。グランドル王室の秘密とリコリスの訪れが王子たちの運命を狂わせ、破滅への予感を色濃くして行くストーリー。言葉にして紹介してみてもうまく説明できている気がしない三原ミツカズのゴシック感。コントラストの強い、濃いめのタッチもしっくり。

 シリーズの中では最初のベラドンナのお話、四巻のリコリスの侍女のお話が心に沁みました。お話全体ではこうなるしかないだろうという最後の幕引きも良かった。毒花の名のつけられた少女たちの物語、お勧めです。

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『Papa told me Cocohana ver.2 〜雲のテラスで〜』榛野なな恵

Papa told me Cocohana ver.2
榛野なな恵
集英社マーガレットコミックス
2013.7.25

 七月末に出た「Papa told me」シリーズの最新刊。
 cocohanaに移動してからの1巻『Papa told me Cocohana ver.1 〜丘は花でいっぱい〜』から一年。27巻続いたヤングユーコミックスの頃の「Papa told me」と比べると怒れる知世も温和になり、立場を現代の童話に近いものにしている印象です。日常の中の小さな奇跡、ファンタジー、幸せ、少しの痛み。知世が怒りに震えることは少なくなりましたが、それでも日々訪れる「引っかかり」を取りあげることを忘れないのはやはり榛野なな恵。童話がその柔らかな表現の向こうに風刺を備えるように、知世はやはり知世なのです。今回じんわりと心に染みたのはホームレス風?魔法使いの話と引退を目前にした教師のお話。

 榛野なな恵の最近の刊行物はKindleで電子書籍化されているようなのですが「Papa told me」もベスト集ではなくヤングユーコミックスから出ていた27巻をフルに電子書籍で出せばいいのに、と思うのでした。『ピエタ』『パンテオン』『チムニーズ館の秘密』どれも面白いのに在庫切れ状態で勧めづらいことになっています。

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『星降り坂一丁目三番地』慎結

星降り坂一丁目三番地
慎結
一迅社コミックス百合姫コミックス
2013.8.18

 『ROSE MEETS ROSE』『ミズイロ、ソライロ』に続く慎結の三冊目の百合コミックス。『百合姫』掲載の六編と描き下ろし短編がひとつ。あとがきが一ページ。カバー下には塗り絵とプチイラスト。各話の紹介が表紙カバーの後ろ側(バーコードの入ってる側)にあります。Amazonのカバー画像だと建物のシルエットから下が真っ白ですが、実本では帯が入ってきれいにバランスする感じです。

 ブランドへの反発がお嬢様校女子と庶民女子との関係で描かれる「サクラフル」。美大の、ゆる〜い日々の雰囲気中での百合ストーリー「心、咲ク季節」。「ジュリエット×ジュリエット」は中等部の子と高等部の先輩との間のちょっと隔てられて直接は接することのできない関係を描きます。小柄で可愛らしく守ってあげたくなるようなショコラとのちょっとほろ苦いお話「ショコラと」。「my sweet clover」は二人で一人を取り合う女子の三角関係を描いたお話二つ。描き下ろしの「星をあげよう」は幼馴染の二人の小さなお話。

 慎結は少しざっくり感のある、アナログらしくペンらしく少女漫画らしいタッチ。夢を感じさせるちょっぴりエキセントリックなところが少女を描くということととてもしっくり来る作風に思えます。一番尖った「らしさ」が出ていたのは全話描き下ろしの(と思われる)第一短編集『ROSE MEET ROSE』かな。『ソライロ、ミズイロ』と今回の『星降り坂〜』では洗練が前面に出てきたように思います。どれから読んでも慎結らしさはたっぷり感じられると思うので特に順番を意識せずに読んでOK。
 『星降り坂〜』では「my sweet clover」の三人の関係が楽しくてお気に入りとなりました。

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