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『星を創る者たち』谷甲州

星を創る者たち
谷甲州
河出書房NOVAコレクション
2013.9.26

 SF短編アンソロジー『NOVA』シリーズで展開されていた谷甲州の宇宙土木シリーズが単行本になりました。元々はSF小説誌『奇想天外』に掲載された短編シリーズから発展した一連の作品とのこと。「こういう谷甲州が読みたかったんだよ!」というど真ん中を突いてきつつ、単行本書き下ろしの最終話では「驚愕の」としか表現できない展開を見せてくれました。若干のネタバレを含むので既読者向きの感想記事となります。

コペルニクス隧道

 初出は『奇想天外』1988年。月面都市間を結ぶ鉄道の地下坑道の掘削現場が舞台です。「コペルニクス隧道」というタイトルは吉村昭『高熱隧道』を彷彿とさせるものがありますがこちらは執筆当時開業したばかりで出水で難工事であったとされる青函トンネルのイメージもあるのかもしれません。当時は月面の砂の成分から建設資材が作れることが示されたり、粉流体や電磁流体にも注目が集まっていた気がします。作中での月の砂レゴリスの扱いもそういった時代が反映されている気がしました。

極冠コンビナート

 火星の極近くに造られる採水プラント現場の話。ネタバレの気がしますが1988年の『奇想天外』掲載当時記憶に新しかったはずの「世田谷ケーブル火災」を元イメージにしている気がします。NTTの電話交換局で起きた火災が予想外に拡大して収束・仮復旧までに一週間近くを要した事件。当時はまだインターネットは一般向けには提供されていませんでしたが、FAXが普及し携帯電話も普及が進みつつあって情報化時代を迎えていたはず。引き回される大量のケーブルが防災の盲点となっていたことを象徴する事件でした。この話では環境の変化によって一度解決されたはずの問題が再度立ち上がってくるだろうという視点が示されますが、それは技術の必然でもあるということなのでしょう。失敗の祖型は常に過去にありつつ、それを完全に生かすこともまた難しい。この作者ならではの技術に対する皮膚感覚を伝えてくれます。

熱極基準点

 自転と公転が共鳴関係にある水星ならではの“熱極”に設置されるマスドライバー建設計画にまつわる調査活動の話。1988年『奇想天外』が初出。
 またバレとなりますが、少し読み進んだところでバルカンという星が登場します。水星より内側の軌道を巡る、準惑星とでもいうような小さめの天体です。現実には存在しないこのバルカン、かつて天王星の摂動から海王星の存在が予見されたように水星の近日点移動から存在が予測されていた星です。ニュートン力学だけでは水星の近日点移動量が説明し切れず、水星よりも内側の惑星が予想されていたのです。実際にはバルカンは発見されず、一般相対性理論によって水星の近日点移動量の誤差が見事に説明されて落着となりました。ところがこの宇宙土木シリーズではバルカンが実在する! これは相対論の成立しなかった宇宙が設定されているのか!と色めき立ったシーンでもあります。結果は——読んで確かめてください。
 後のお話に強く影響してくるのがこの水星調査の話でもあります。

メデューサ複合体コンプレックス

 ぎゃふー。カッコいい。2010年の『NOVA3』掲載のお話。木星が舞台です。木星の衛星ではなく、本星。その大気圏に浮揚するプラントがメデューサ複合体。このメデューサ複合体でも工学的な問題が起きるのですが、作中に元ネタが明示されています。“tacoma bridge”です。youtubeに記録映像があるので(読後に)ぜひ見てみてください。私が学生のときには写真でしか知りませんでしたが、動画で簡単に見られる時代となりました。
 メデューサ複合体はサイズが100kmを超える大物で、しかも木星大気中をダイナミックに機動する飛翔体であるようです。タコマ海峡橋ならば現代でもきっちり解析できるものの、規模や環境が変わればモデル——工学モデルには必ず織り込まれる簡略化手法——が現実と合わなくなる。カミオカンデの水底にあった光検出器がひとつ圧壊したことによって連鎖破壊したように、構造物は想定外の壊れ方をするもの。最新の技術で詳細なモデルを組んで安全率を削ることで成立する浮揚体。狭い安定領域を維持制御し続けるテクノロジーの魅力。どんな形のキャノピーで飛ばしているのか、図解が見たかった。

灼熱のヴィーナス

 90気圧400℃。濃密な大気の底にある灼熱の地表、金星。現実ではそんな世界に送り込まれた探査機の寿命は小一時間。ソ連時代のベネラ探査機の成果です。現実の人類の技術では無人機械でもそれしか耐えられない環境に、甲州世界ではブラントを建設します。読んでるだけで「あぢぃ」。濃密な大気を逆手に取った気球+翼による揚力で凧のようなプラットフォーム建築を描くのですが、ここでも危機が訪れます。視点は金星地表の重機オペレータ。メデューサ複合体同様、こちらも形が知りたいと思ったのでした。連凧みたいなデザインだったりするのかな。初出は『NOVA7』。

ダマスカス第三工区

 土星の衛星エンケラドゥスに建設されようとしている採水プラントで起きた事故の対応に訪れた管理職が遭遇する不可解な現象。『NOVA9』掲載時には「こういう方向の話もありか!?」と意外に思ったオチでした。水星の「熱極基準点」共々最終話に繋がる重要なエピソードになっています。

星を創る者たち

 そして表題作にして書き下ろしの最終話。これはもう「おおおっ」と唸らずにはいられない展開。作品のトーンというか世界観というかがぐいぐいとシフトしていく独特の話で帯にある「作者が予測できなかったくらいだから、読者諸賢にとってはなおのこと予想外の物語になったと確信している」という著者の言葉通り、文句なしに予想外。技術者を描いた宇宙土木のゴリゴリイメージから一気に変容していくお話の感触に鳥肌が立ちました。

★ ★ ★

 『NOVA』での連作で知って楽しみにしていた宇宙土木シリーズ。航空宇宙軍シリーズで魅せられて以来の作者のファンとしては「こういうのが読みたかった!」と大満足。無骨ですらある未来版吉村昭・柳田邦男的、石原藤男の後継者的な科学技術SFの系譜はこれからも続いて欲しいと願うところ。創元SF短編賞を受賞した『銀河風帆走』の宮西建礼もこの近辺の開拓に続いてくれるかもしれないとちらりと思ったり。
 『星を創る者たち』未読の方はぜひ手に取って、近未来で危機に立ち向かう技術者たちの世界を体験して欲しいのです。

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