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『思い出のマーニー』ジョーン・G・ロビンソン

思い出のマーニー
著:ジョーン・G・ロビンソン
訳:松野正子
岩波少年文庫

 映画『思い出のマーニー』をきっかけに子供の頃以来の再読をしました。岩波少年文庫版です。

 以下、ネタバレも含む映画・原作の双方をご存知の方向けとなります。

 原作小説に改めて触れ、映画がびっくりするくらい丁寧に原作イメージを拾っていることに気づかされました。一方で映画ではアンナ(杏奈)の成長がマーニーとの触れ合いの中のみに限られていて、リンゼー一家は端役となりました。表で比較してみましょう。

原作映画
マーニーと過ごす日々は幻のようマーニーとの触れ合いで杏奈が前向きに変化
愛情豊かなリンゼー一家との触れ合いでアンナが成長彩香サヤカ(原作ではプリシラ)はマーニーの謎解きのみを担当
プリシラは“輪”の外側の住人彩香は原作リンゼー一家の総体として杏奈と交遊を結ぶ

 ジブリによるアニメ映画化で舞台はイギリスの田舎から日本の北海道東部へと移り、風車小屋は廃サイロへと変わりましたが『思い出のマーニー』の情景は変わっていないように思います。どちらもアメリカ西海岸のようなどピーカンの魅力ではなく、重々しい気候の魅力を描いていて舞台の変更はあってもイメージは一貫しています。
 一方で上のようにアンナの成長のきっかけとなるのがリンゼー一家+マーニーからマーニー一人へと変更され、物語そのものが変質してもいました。

 アニメをご覧になった方は杏奈の終盤での急成長に驚かれたのではないかと思うのです。製作ドキュメンタリや『Cut』誌の米林監督インタビュー記事によると、内向的な杏奈がマーニーとの接触で変化していく様子を細かに描くことに注力した、とあるのですが、映画から受ける印象では「アンナがちょっと積極的」とは思いつつも、終盤で継母と和解し「太っちょ豚」呼ばわりしたノブコに謝る変貌っぷりに驚かされるのでした。
 変化は描かれていたのに唐突に感じられたのです。
 理由はたぶん、内向的な子は新しい友達を作ることが苦手でも、現実の友人にしろイマジナリーフレンドにしろ強く打ち解けた限られた存在を持つ場合が多い気がするから、かな。幻のようなマーニー=内向性の強い子が持つイマジナリーフレンドの典型、に見える。観客からは変化だとは思えないのです。リンゼー一家によって注がれる愛情が消えたことにより、変化のきっかけはマーニーの正体を知ること一点に集約されてしまう。ゆえに杏奈の変化が“激変”に見えるのではないでしょうか。

 原作のリンゼー一家は愛情あふれる良き家族の見本のように登場します。アンナと少し似てアウトサイダー的な側面を持つプリシラが受容され愛される家族。その緩やかで温かな愛に触れることによってアンナは現実の人々との接点を取り戻していく——というちょっとお説教的でありつつも素敵な、けれど現代の日本では信じることの難しい種類の“愛による癒し”のお話です。

 欠けていた愛が満たされることによる成長を描いた原作。身近にあった過去の愛への気づきによって自力で成長する映画。同じアンナの成長物語ですが、比較してみると舞台設定以上に違うお話であることに気づかされます。

 久々の原作の再読は楽しく、映画との比較も楽しめました。原作、映画のどちらか片方だけをご存知の方にはぜひ両方を、とお勧めしたいです。

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