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「アナレンマの黄金樹」の物理学・楕円軌道リング解説

アナレンマの黄金樹

 ソウブンドウ様『今夜はコトノハ植物園で』に掲載の「アナレンマの黄金樹」には“世界樹”というものを登場させました。神話や伝説に登場する象徴ではなく、作中世界に実在する地球規模の樹木です。(別作品にてアナレンマ・リング・システムという名称でも登場させています)
 あまりに大きな“世界樹”は大きすぎるが故に通常の構造・素材では強度が足りずに壊れてしまいます。そこでポール・バーチ(Paul Birch)の軌道リングの亜種としての構造を与えました。地球を取り巻く輪っかに軌道速度の流体を流して、宇宙と地球をつなごう、というもの。“世界樹”は人工物ではなく生物(?)ですが、軌道リングと同じ構造を持っている設定です。

 バーチの軌道リングは地表とリングをケーブルで繋ぎます。それでは“世界樹”として大地に根ざす樹木にならないため、地上と宇宙とをシームレスに繋ぐアイデアとして捻り出したのが楕円の軌道リングです。楕円の近地点=地表となる軌道リングを設定します。
 単に軌道リングの形を楕円にしてもうまくいきません。地球は自転しますが、楕円軌道の近地点は自転に追従しないのです。追従させるには膨大なエネルギーと高強度の材料が必要になります。そんなのナンセンスです。

 バーチの軌道リングも楕円軌道を取っています。軌道リングはたとえ真円であっても荷重をかけると離心率の増加と近地点移動が起きるのですが、バーチの軌道リングではこれを逆手に取り、地上にケーブルを係留して張力を与え、近地点移動を起こさせて自転に追従させる制御をしています。

 そこでスマートな方法を考えました。楕円軌道で地表と宇宙を結ぶ構造物を造るアイデアです。ただし、中を流れる流体は楕円軌道をたどりますが、軌道リングの形は楕円ではありません。“アナレンマ(Analemma)”と呼ばれる形を描きます。
 私はこれを“楕円軌道リング(Elliptic Orbital Ring Systems)”と呼んでいます。

Elliptic Orbital Ring Systems

 図のような楕円軌道リングが地球の自転とともにぐるぐる回ります。
 納得、行かないですよね? 以下で説明します。

楕円軌道リングの物理学

 数式で説明する前にとりあえず視覚的に納得していただくのが手っ取り早いです。まずはWikipediaの「準天頂衛星」の項を見てください。GIF画像のアニメーションがあり、三つの衛星がたどる8の字型の軌跡が示されているはずです。楕円軌道リングはこの8の字の軌跡(準天頂軌道:quasi-zenith orbit)に流体を流し、カバーをかけて構造物とするものです。
 地上と宇宙を結ぶ楕円軌道リングは“みちびき”たちの軌跡のように8の字にはなりません。近地点\( = \)地表、となるために離心率が大きくなり、地球を半周ちょっとするジェリービーンズのような形になります。上の図の形ですね。

 数式による簡素な説明です。まずはケプラーの方程式。

Kepler

\(a\):軌道長半径
\(t\):時刻
\(n\):角速度(平均運動)
\(M\):平均近点離角
\(E\):離心近点角
\(e\):離心率
\(\theta\):真近点角

\[
M=n\times t \tag{1}
\]

\[
M=E-e\sin E \tag{2}
\]

\[
\begin{bmatrix}
x \\
y
\end{bmatrix}
=a
\begin{bmatrix}
\cos E - e\\
\sqrt{1-{e}^{2}} \sin E
\end{bmatrix}
\tag{3}
\]

 式(3)はケプラーの方程式の解です。細かな導き方は解説サイトがたくさんあるのでそちらに任せます。
 楕円軌道の周期\(=\)地球自転周期となる同期軌道を考えたときには仮想の(計算の便宜上導入された)平均近点離角\(M\)がとても便利です。地球の自転量\(=\)平均近点離角\(M\)となるからです。つまり、同期軌道を地上から見た軌跡は平均近点離角\(-M\)で回転変換をかければ求められるということです。

\[
\begin{bmatrix}
{x}_{sync} \\
{y}_{sync}
\end{bmatrix}
=a
\begin{bmatrix}
\cos M & \sin M \\
-\sin M & \cos M
\end{bmatrix}
\begin{bmatrix}
\cos E - e \\
\sqrt {1-{e}^{2}} \sin E
\end{bmatrix}
\tag{4}
\]

 式(4)のたったワンステップで地表から見たアナレンマの軌跡が導けました。これで終わりです。条件は

惑星自転周期\(=\)楕円軌道周期
\(a \left( 1 - e \right) = \)近点動径\(=\)惑星半径

だけ。計算してプロットすると最初の図のような形が浮かび上がります。これで地表と静止軌道以遠を結ぶ構造物の骨格が成立可能であると示されたことになります。

楕円軌道リングの応用

 楕円軌道リングは濃密な大気のある惑星と相性が良いはずです。大気がなかったり希薄であったりする天体はカタパルト射出で用が済んでしまいます。設置候補としては太陽、金星、地球、木星、土星あたりでしょうか。(タイタンの計算例を追加しました。2016年1月3日)

各天体における楕円軌道リング
太陽金星地球木星土星タイタン
遠点高度 km\( 2.47 \times {10}^{6} \)\(4.28 \times {10}^{6}\)\( 9.05 \times {10}^{4} \)\( 1.92 \times {10}^{5} \)\( 1.86 \times {10}^{4} \)\( 5.78 \times {10}^{3} \)
幅 km\( 3.98 \times {10}^{6} \)\( 5.02 \times {10}^{6} \)\( 1.23 \times {10}^{5} \)\( 3.18 \times {10}^{5} \)\( 3.69 \times {10}^{4} \)\( 1.01 \times {10}^{4} \)
リング経路長 km\( 1.08 \times {10}^{7} \)\(1.68 \times {10}^{7}\)\( 3.63 \times {10}^{5} \)\(8.60 \times {10}^{5} \)\( 9.04 \times {10}^{4} \)\( 2.64 \times {10}^{4} \)
作動流体最高速 km/s\( 554.5 \)\( 10.35 \)\(10.8 \)\(52.4 \)\( 26.7 \)\( 2.11 \)

Sun Orbital Ring Systems
Venus Orbital Ring Systems
Jupiter Orbital Ring Systems
Suturn Orbital Ring Systems
Titan Orbital Ring Systems

 グラフは右側の点列が楕円軌道リングのもので、左側の円が母天体です。
 金星の自転速度の遅さによる母天体とのギャップに驚きます。逆に土星のコンパクトな楕円軌道リングは魅力的です。木星と土星はガスの採取プラントへの採用例を期待したいところ。太陽は温度の点で現実的ではないかもしれませんが、木星、土星も含めて表面よりさらに深くに潜るのに使えそうです。

 工法は、静止軌道上の一点から始め、小さな輪から少しずつサイズを大きく=離心率を大きくしていくことになるはずです。流体を循環させながら増築していきます。材料は橋やトンネルを作るための一般的な建材でOK。設置対象が木星であっても特別強力な素材は必要ありません。実現に際してブレークスルーが必要そうなのは内部を循環させる流体で、ほぼ粘度\(=0\)が望ましい、というのもバーチの軌道リングと同様です。「アナレンマの黄金樹」作中では樹液にヘリウムが含まれますが、これは超流動と紐づけるためのご都合設定のサインです。

 楕円軌道リングはシンプルなアイデアですがGoogleやCiniiで探せる範囲では未出であるようです。地表と静止軌道以遠を直接・連続的に結ぶという点においてポール・バーチの軌道リングや宇宙エレベータ(軌道エレベータ)に勝ります。リングに重量物を載せる負荷は作動流体の軌道要素を変化(リングの近点移動、離心率を増大)させますが、接地部分から運動量を送り込むことで軌道修正も不可能ではなさそうです(下記に要素列挙)。イメージとしては水芸で鞠を浮かせるような感じでしょうか。「アナレンマの黄金樹」作中で世界樹の地下や遠点にストックされている樹液はこの運動量の差分を与えることにも使われているのでしょう。さらに積極的に利用するならリング外形を波打たせ、蠕動によってリング上の物体を運ぶのも面白いかもしれません。

楕円軌道リング上の負荷

 まだ未解決の項目ですが楕円軌道リング上の負荷を釣り合わせるための概要を示しておきます。

Load on Elliptic Orbital Ring System

 概念上楕円軌道のまま描いた方がわかりやすいので楕円の絵を使います。

  • \( \left| \vec{ F } \right| = G \frac{ m M }{ {r}^{2} } \)の荷重と釣り合う運動量\( \vec{ P } \)となる流れを荷重点に作用させて釣り合いを取る
  • \( \pi v { \left( \frac{ \phi }{ 2 } \right) }^{ 2 } = \rm{ const } \)となる(この\( v \)は楕円軌道リング構造物に対しての速度)
    (地球の場合だと近点を\( \phi 100\)とすると一番太いのは遠点前後で\( \phi 150\)程度)
  • 式(3)の楕円から直径\( \phi \)内の軌道を取る流れに差分として運動量\( \vec{ P } \)を与える
  • \( \vec{ P } \)の元となる運動量差分は近点(地表)で与える

 解析的に解きたいのですが難航中。\( \phi \)と\( m \)、質量差分の関係式が解となるはずです。負荷を支えられる条件が「ない」「非現実的」な可能性もあります。

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