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2017年1月の4件の記事

小説創作ユーザのための「ポメラ」DM200レビュー3・アウトライン編

ポメラでダイナミックにアウトライン

 pomera DM200で新たに搭載されたアウトライン機能、レビューサイトや作家さんとタイアップした記事などでも触れられてはいますが、もっともっと積極的な使い方もできる機能です。
 作りかけの小説に新たなイベントを追加する、という状況での一例で説明します。

 すでにある程度の階層構造ができているテキストを例に取ります。構造は「構成」作業のみの段階を想定しても構いませんし、本文の作成を開始している状況を想定しても構いません。
 そこに「イベントA」を追加します。
 「イベントA」はまだ漠然としたシーンしかありません。お話のどこに挿入すべきかまったく決まっていません。

pomera dm200 Outline


 「イベントA」をどこに入れるべきか迷ってうろうろしているのがわかると思います。そうこうするうちに「イベントB」も思いつき、「A」と「B」の位置関係も含めて様々に変えています。
 同じ作業はwz editorや秀丸、scrivener等のテキスト作成環境でもできますが、pomera DM200であればキーボード・ショートカットのみで、他のどの環境よりもレスポンスよくできるのです。

 この「うろうろする」ことがpomera DM200のようなタイプのアウトラインの魅力です。「うろうろ」には完成形はありません。とりあえず、一時的にイベントの場所を決めておき、イベントの中身の文章を書き終わり、小説全体を一度最後まで書き終えてもまだ移動させる可能性のある仮置きです。
 もちろん、文章ができてしまってから構成変更をすると矛盾が生じてしまうことも多いですが、気にせずどんなタイミングでも各イベントの位置は動かしてしまいます。辻褄は「これだ!」というイベントの落ち着き場所が決まってから合わせればOK。せっかく書いたテキストも無駄になる部分が出ますが、試してみれば必要な手間なのだと納得できるはず。

 イベントの場所を「うろうろ」させることに慣れてくると思いついたシーンやイベントを「とりあえず」書いておき活用することが容易になります
 「とりあえず」+「うろうろ」、やってみると楽しい物語の作り方だと思います。お試しあれ。


関連記事

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『自生の夢』飛浩隆

自生の夢
飛浩隆
早川書房
2016.11.26

 寡作な飛浩隆の十年ぶり・待望の新刊です。『NOVA』に掲載された分は読んでいたのですが楽しく読みました。やっぱり飛浩隆のお話、好みだ〜。

 初出一覧です。

海の指Webコミックサイト「モアイ」2014年10月14日更新 →『ヴィジョンズ』大森望編、講談社、2016年10月刊
星窓 remixed version「SF Japan」2006年春号
銀の匙 曠野にて『書き下ろし日本SFコレクション NOVA8』大森望責任編集、河出文庫、2012年7月刊
自生の夢『書き下ろし日本SFコレクション NOVA1』大森望責任編集、河出文庫、2009年12月刊
野生の詩藻「現代詩手帖」2015年5月号(「La Poésie sauvage」改題)
はるかな響きWebマガジン「TORNADO BASE」2008年6月20日更新→『サイエンス・イマジネーション 科学とサイエンス、そして未来へ』瀬名秀明編著、NTT出版、2008年8月刊

 お気に入りは天才詩人アリス・ウォンの登場する「#銀の匙」「曠野にて」「野生の詩藻」三編。夢字香ムジカ忌字禍イマジカといった文字面を見るだけでも「かっこいい……」と痺れてしまうのですがその格好良さは作品全体のイメージの美しさや文章自体の魅力があればこそ。漫画界とのセッションもあれば伊藤計劃の影も差す飛浩隆ゼロ年代以降の総括でもあって、じっくりゆっくり読んで楽しんだのでした。SFの文芸としての側面を担うのが円城塔と飛浩隆なのだな、と改めて思った一冊。

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『聖エセルドレダ女学院の殺人』ジュリー・ベリー

聖エセルドレダ女学院の殺人
ジュリー・ベリー著
神林美和訳
東京創元社 創元推理文庫
2017.1.12

 発売の少し前にTwitterのタイムラインにこの本の紹介が流れてきました。収録されている解説の抜粋とともに。

webミステリーズ・海外ミステリ出張室「大矢博子/ジュリー・ベリー『聖エセルドレダ女学院の殺人』解説[全文]」

 この解説の時点でとても面白そうです。時代設定がヴィクトリア朝。少女たちの寄宿学校。殺人。ちょっと捻りの利いた登場人物紹介。発売日に本屋でゲットし、二日ほどで読んでしまいました。

 物語冒頭2ページで起きる殺人。露見によって寄宿学校から実家に送り返されてしまうことを恐れた少女たちは事件を隠し、彼女たちだけの寄宿生活を続けようと奮闘を開始します。もうこの時点で「無理。絶対無理。ノーフューチャー」感が漂います。でも、あれ? あれ? ちょっとコミカルに、運にも助けられ、少女たちは犯人探しをしながらぎりぎりの無理を押し通して……いけるの?という感じで先へ先へと読み勧めさせてくれます。面白い!
 確かに時代設定はヴィクトリア朝ですし文化や描写も時代感はありますが、ミステリとしての描かれ方は現代のもので古い少女小説の(違和感のある)常識みたいなものは一掃されていて現代の読者として戸惑うこともありません。謎解きを中心に据えた「本格ミステリ」ではなく事態の展開を楽しんでいくタイプでした。
 まあ、とにかく上にリンクを貼った「解説」を眺めてみてください。面白そう!と思えた人であればハズレということはないはず。

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『ビッグデータと人工知能』西垣通

ビッグデータと人工知能
西垣通
中公新書
2016.7.21

 久しぶりに読んだ気のする西垣通の本。『現代思想』誌などに時折寄稿しているのは見かけましたが書き下ろしです。流行物のビッグデータと人工知能ネタです。読むのを楽しみにしていた本でした。

 ビッグデータって何、人工知能ってどんなもの? というのを計算機科学の歴史を紐解きながら説明していきます。読んでいて特に面白かったのは第二章でラッセルの数学原理やヴィトゲンシュタインの論理哲学論考、フレーゲの述語理論を引きシャノンの情報理論へと繋げていく当たりは大好きな話でもあってとても楽しかったです。
 著者は素朴なシンギュラリティ信奉が好みでないらしく、なんでも計算できる!的な安直な機械論否定派であるようです。確かに「シンギュラリティは近い!」みたいなお祭り騒ぎには審判の日だとか騒ぐのと変わらないような気もしてしまいますが、すんごーく複雑で簡単には解明できなくはあっても基本的に機械論支持派である私にはちょっと寂しいスタンス。シンギュラリティ派の否定ロジックも絶対的な視点の否定というただそれだけで、やや物足りなく感じられました。
 人工知能技術のベースとなるディープラーニングは視点の相対化を示す技術です。人工知能ごとに入力されるデータが違えば、同じ人工知能プログラムであってもそれぞれ別の学習結果を持ってしまう。ヒト同様の身体を与え、感覚器を与えれば人工知能はいずれヒトに近い能力と視点を持つようになるでしょうし、人とはかけ離れた感覚器官を与えればそのその感覚器官に特化した能力を持つでしょう。人の身体が個人個人でわずかに違い、それぞれが経験する人生が違うように、人工知能も入力情報の質・量・種類の違いで多様化できるはずなのです。それこそが著者のいう「相対的な視点」の元となりうる物のように思います。もっとも、シンギュラリティ派の言うように汎用人工知能という形で近未来に実現される気もまたしないのですが。ヒトを構成する全細胞、全感覚器官をエミュレートしヒト相当の人工知能を作るのはそう簡単ではないでしょう。無理ではないけれど、まだまだ先のことのように思います。

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