カテゴリー「日記2017」の4件の記事

Pagesというワープロ

iMacのおまけ

 今のMacを使っている人にはおなじみのワードプロセッサーがあります。Pagesという、2009年あたりからのMacには標準で付属するようになったApple純正アプリです。MS Office相当のビジネスアプリスーツiWorkの一つでプレゼンツールのKeynoteとともにMacユーザに高く評価されています。

美しい文書

Pages 不動産チラシサンプル

 このPagesで作る文書は美しい。
 といっても他のワープロソフトと比べて特別な機能があるわけではなく、

  • サンプルを元に文書を作り始める
  • サンプルが格好良い

というだけの話です。
 文書を作り始める=設定されたタイトルや章立ての構造に触れるよう誘導される、という仕組みになっていて自然にアウトライン的な文書作りをすることになります。一太郎やwordは起動すると「真っ白な文書」が表示され、不慣れなユーザであればベタで打った文章に文字のサイズを変えるだけのタイトルや章見出しを付け、空行で行間を調節し、スペースでインデントを済ませてしまうでしょう。結果、アウトラインもデザインも放棄した文書を作りがちです。デザイナーが作った構造付きで見映えする文書サンプルを利用すればそんな素人臭さともサヨナラです。
 結果「Pages”で作った文書は美しい」ということになります。

 一太郎もwordもサンプルはずっと前から付いているのですが、ワープロソフト自体に「サンプルから構造付き、デザイン済みで文書を作らせる」という発想が組み込まれていないためにせっかくのサンプルを有効に利用するのが難しくなっているのでしょう。

致命的な弱点

 そんなPagesにも致命的な弱点があります。それは

縦組みができない

ということです。どれだけ勧めたくても日本語ワープロで縦組みができないというだけでもう論外。iWorkの前身であるApple Worksは美しい文書が簡単に作れ、縦書きもできたのに……。

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映画『メアリと魔女の花』

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 アニメ映画『メアリと魔女の花』を見てきました。予告を見たときには

やっぱり宮崎駿っぽい、と思ってしまいました。実際、劇場で見ても「あ、ここ、トトロ。ラピュタ。魔女宅。ポニョ。ハウル」と連想する箇所があったのですが、『ひるね姫』でも感じた既視感を思い出しつつ「待てよ」ともなりました。見てる私が過去作探ししてるから宮崎駿の影が気になってしまうんだ、と。似たとこを探すような見方をしてもつまんないよね、と思い直してメアリ登場以後を鑑賞したのでした。

 米林監督の作品では『借りぐらしのアリエッティ』では真面目で一途な小人の少女が、『思い出のマーニー』では不安定な悩める少女が主人公でしたが今作では肩の力の抜けたどこにでもいそうな陽気な少女・メアリが主人公です。このメアリがいい感じなのです。変に真面目すぎたりせず、使命感でいっぱいという感じでないあたりに「ほっ」とします。でもそれだけじゃない。途中で自然に芽生えた動機がメアリを前向きな行動へと駆り立てるようになるのですが、必ずしも劇的ではないその変化が良い意味で「宮崎駿じゃないんだ」と好ましく思えたのでした。冒険・活劇要素も多く『マーニー』の時には勧めづらかったお子さん連れの鑑賞も今回はダイジョウブ。

 私は映画や小説を楽しむ時にメッセージのようなものを読みたくなってしまうタイプなのですが『メアリと魔女の花』ではキーとなるアイテム・魔女の花が宮崎駿という才能を象ったもののように思えました。あまりにも強大な力を示す魔女の花=宮崎アニメに幻惑されたジブリ出身のスタッフ達というメタファーではないのかしらん?と。物語の結末とも絡め、米林監督の宮崎駿への別れのメッセージだったのかな、と。
 でも、メッセージが贈られたご本人が現場復帰しちゃった。sweat01

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映画『ひるね姫』を観てきたよ

プロジェクトX?

 『ひるね姫』の映画が公開されてネットでの感想も見かけるようになりました。そんなひとつにこんなものが。

ひるね姫を見たが、

アレはエンジニア向けだ。
特にハードウェア技術者向けた。
プロジェクトXのアニメ版だ。

映画見終わって分からないって声があったが、エンジニアには心に刺さる話が多すぎて、有り難みしかない。何というか、技術者にスポットが当たるのは泣けるくらい嬉しい話なんだ!

— Intel Edison博士の原稿執筆 (@nonNoise) 2017年3月18日

 俄然興味が湧き、この感想を見かけた翌夕、バルト9で観てきました。

Nemurihime

 ……ちっともプロジェクトXじゃない。

 プロジェクトXと言ったときに私が思い浮かべるのは

  1. 技術的な課題で製品開発が難航
  2. 経営的な理由で後がない!
  3. 打開のための技術的なアイデアを捻り出す
  4. しかしアイデアだけでは仕事は動かない
  5. 乾坤一擲のプロジェクトとして周囲に働きかける
  6. チームが全社が一丸となった!
  7. 奇跡の大逆転!

こういう感じの構成でした。
 が、違~う。『ひるね姫』にはプロジェクトX要素はまったくないです。技術的課題としては「自動運転車の信頼性が確保できない」というのがあるにはあるのですが、そもそも自動運転技術の目標も示されません。技術的課題の克服方法は「失われた過去の技術(オーパーツ)の争奪戦」だけで、克服のアイデアも技術開発も、問題解決に至る創意工夫も描かれないのです。かろうじてそれらしいものが登場するのはエンディングで後にオーパーツとなる技術が開発される追憶シーンのみ。メカとそのソフトをC言語で作っているところが一瞬描かれます。……いえ、実は一人だけ問題解決のために積極的に動いて解まで用意しているキャラもいるにはいるのですが。
 映画自体は面白かったのに、「エンジニアの心に刺さる」と期待を煽られて観てしまったためにその期待を削がれたがっかり感が先に立ってしまって残念観覧体験となってしまいました。上の引用ツイートの方の思うプロジェクトXと私の思い描くものにギャップがあったということですね。

『ひるね姫』感想・ネガティブ編

 事前情報の仕入方に失敗してネガティブな印象が先に立ってしまったこともあり先に「ちが~う」と感じた部分を列挙しておきます。

 まず、サイドカー。作中の現実世界にも、主人公・ひるね姫の見る夢の世界にも共通するメカとしてサイドカーが登場します。このサイドカーがサイドカーじゃ、ない。
 高校時代、学校にサイドカー付のオートバイで通勤している補助教員がいました。650ccの二気筒マシンの左側に舟(サイドカー)を付け、駆動輪がオートバイの側だけ+左右の重量差があることと加減速を利用し単にハンドルを切って曲がるのとは違うダイナックな運転技術を登下校する私たち生徒に見せつけてくれていました。めちゃくちゃ格好良かったのです。目の前に現れたリアル・キカイダーでした。特にオートバイに乗る私にはしびれる姿でした。ずっと後になって別のサイドカーを運転する機会を得て、左右非対称の操縦特性に改めて感激したりもしました。ハンドルがクソ重い上に、アクセルを開けると舟の側にぐぐぐーっと曲がっていき、アクセルを閉じたりブレーキをかけると舟とは反対側に曲がろうとするのです。乗り物としては危なっかしい特性ですが、この左右非対称の特性を生かしてカーブを走ることには替えられるもののない楽しさがありました。
 振り返って『ひるね姫』のサイドカー風マシンです。四輪しか経験のない主人公の幼なじみがいきなり何の違和感も無く走らせ、スピンターンまで決めて見せます。……舟のある側に曲げながらブレーキターン? 舟とは反対側に曲がりながらの発進急加速? 四輪免許があれば乗れる、との主人公の言葉もありますが、作中に登場するこのメカはサイドカーの形はしていますがサイドカーとしての要素はまったく持っていないようです。恐らく舟側のタイヤにも駆動力が伝えられ、ブレーキは三輪別々に電子制御され、トルクベクタリング技術的なものが装備されているのでしょう。実在のサイドカーにも舟側車輪に駆動力を伝えるものがありますし、サイドカー的な運転特性を穏やかに収めるために端から三輪として設計された乗り物もあります。できの悪いハンドリングを醍醐味と称揚するくだらなさも承知の上で、なおサイドカーの形を与えた意味くらいは欲しいと思ってしまいました。二輪乗りのわがままでした。

 そして、オマージュ。飛び移るアクションのたびに危うく落下しそうになる演出が多用される宮崎駿病、エヴァンゲリオンモチーフとおぼしき巨大メカと敵、細田守?と連想せずにはいられない人の輪。主人公・ココネが幼い頃から触れてきたアニメ文化、ということなのかもしれませんが90年代末以降のヒットアニメの要素が色濃くひしめき合っていて「えっ? えっ?」と戸惑います。作中、自動運転車のデモ舞台が東京五輪と決め打ちされるてんやわんやの開発の現場とアニメ制作の体制を重ねたのかな、という気も少しだけしてきたのでした。

 敵がとてもわかりやすい悪役。娯楽作品としては正解だと思うし楽しくもあったのですが、前述の通り私は「アニメのプロジェクトX」という刷り込みでもって見てしまったので物語のリアリティラインを誤解したまま「悪役が陳腐すぎるぅ」となってしまいました。これは予断に汚染された私のせいであって映画のせいではないはず。

『ひるね姫』感想・ポジティブ編

 サイドカーという先入観を捨てればヒロインの引っ張り出してきたマシンはめちゃ格好良く、ヒロインの家に散乱する機械部品類にも心が躍ります。あふれ出した機械が床の間まで占領し、ハーレーっぽいエンジンが背景になっていたりするのはそれだけで嬉しくなってしまいます。
 ココネの見る夢の世界はネット評ではトヨタ帝国云々ありましたが単純に機械至上主義の世界のイメージ素材ということで「絶望工場」批判的なテーマが埋め込まれているわけではないのでしょう。高度成長時代に書かれた工業系ドキュメンタリを思い出すトリガーになって単純に楽しかった……。
 お話の中心は主人公・ココネたち家族です。ココネの幼い頃に死んでしまった母親、母方の家族との葛藤。おおらかにひたすら機械をいじり続けている父にやはりおおらかな娘のココネの日々は微笑ましく好ましいですし、ココネの周辺の人々も良い意味での田舎町の繋がりが保たれている理想郷。終盤において追憶の中で語られる母の姿もとても魅力的で「このおかーさん主役で二時間映画見たかった!」と思えるくらいでした。
 現実パートと夢パートの分担も見事で、かなり複雑に進展したはずの話を混乱なく自然に納得させてくれます。
 あと音響も。バルト9は低音ゴンゴンとかサラウンドはどのシアターでもばっちりの施設。アクション場面で豊富に入れられていたヘビーな効果音が活きてとても楽しかったです。ヒロインのマシンは二気筒っぽい加速音と高回転型多気筒っぽいエンブレ音が併用されてたりする不思議マシンで何か凝った設定あるのかも、みたいなことも思ったのでした。

おすすめ

 上に挙げたツイートの一例以外にもこの作品、技術方面に関心のある人々がかなり偏った賛美の声を上げています。これから観に行かれる方は、公式の予告動画やCM以外はノイズだと思って劇場に向かわれることをお勧めします。先入観なしの方が絶対に面白いです、この映画。
 もちろん、上の私の感想もノイズなので未見の方は無視されるのが吉のはず。

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映画『虐殺器官』

『虐殺器官』観てきました

 映画の『虐殺器官』観てきました。伊藤計劃の小説ではデビュー作であるこの『虐殺器官』が一番気に入っていて、映画も楽しみにしていたのでした。

虐殺器官

どう勧めたら良いのかな

 映画版『虐殺器官』良い出来でした。原作小説よりも整理され、わかりやすくなった虐殺の言語。饒舌にSF的設定を語るシーンなども挟みつつ二時間弱があっという間に過ぎました。観て良かった……。
 でも、この映画、どう勧めて良いのかわかりません。アクションはあってもハリウッド映画のようにヒーローの見せ場というわけでもなく、爽快なハッピーエンドで楽しく劇場を後にできるわけでもない。サイバーパンク的な暗さともちょっと違う絶望に満ちた話です。エンターテイメント、フィクションとしての絶望、重さではなく明らかに虐殺の言語を通じて現実の絶望にアプローチするSFらしい暗さのあるお話。
 原作ファンは喜ぶでしょう。でも、原作を知らないどんなタイプの映画好きが喜ぶのかが想像しづらいです。
 言い方を変えると、この映画が気に入った人に勧める別の映画が思いつかない、です。面白さのクオリアに共通する作品がわからない。
 というわけで万人にお勧めではないのですが、ぐっと来る人も絶対いる。あなたがその一人かもしれない、という形でお勧めです。

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