『染織の黒衣たち』菊池昌治
染織の黒衣たち
菊池昌治
法政大学出版局
2940円
2008.6.25
★★★★☆
――書く前に読んでいたら『あかねいろ』はきっと少し違う話になっていた。
そんなことを思った一冊。
2008年の6月に出た本なので時系列は逆なのですが、欲しかった知識がここにありました。染め織りの「染め」と「織り」それぞれの技術についてはそれなりに本もあるのですが、織機をはじめとする染織の道具については構造の説明や具体的な使い方はあっても道具の洗練や職人について書かれたものはあまり見当たりません。糸繰りの話や藍の製造過程を解説したものがぽつぽつあるくらいでしょうか。
『染織の黒衣たち』は染織の道具について書かれた本です。しかも現代の京都・西陣の染織事情を反映して。
タイトルから最初は黒染めに関する本かと思いました。伝統技法において黒染めは手間のかかる難しい技術で黒は特別な色らしいのです。それで、黒染めに関する知識も欲しいな、と思って手に取ってみたところ道具の本でした。予想とは違ったけれど、でも、この本は染織に興味のある人には「こういうこうとが知りたかった!」という本であるはず。織機本体のみならず、杼、筬から刷毛、などの道具に加えて蒸しや絞りなどの染織の周辺にいたるまで職人とその仕事を紹介していきます。
この本の表紙は青花紙を撮影したものだそうです。
花ではない、あれは色に出た露の精である。
徳富蘆花『みみずのたはこと』
と表紙袖に引用されていました。青花とは露草のこと。西陣の染めにおける露草の役割は――とても儚いのです。青花紙の章を読み、じぃんと来ました。
細かなところまで気を配られた繊細で風情を感じさせる文で紹介される職人の世界。現代のもたらす寂しさ。いかにも「感動しろ!」と用意されたドキュメンタリとは違うけれど、静かに胸に迫ってくる読後の余韻。生半な物語では太刀打ちできない事実の力。
良い本です。とても。
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