『脳研究の最前線』脳科学総合研究センター
理化学研究所脳科学総合研究センター
講談社ブルーバックス
2007.10.20
各巻1197円
★★★☆☆
読むのに時間がかかってしまいました。とりあえず上巻のみのレビューを。
この本を読んで何がわかったかというと、脳のことがよくわかっていないことだけがよくわかった、でした。先に読んだ『脳を支配する前頭葉』でもそうでしたが、脳を怪我した患者の振る舞いやMRI、ヒト以外の動物による実験などからおおよその機能を推測する、という手法が人間の脳研究の中心のようです。
でもその研究方法、無理があるような気がします。何もない空中に土台を作り、そこに建物を建てようとしているみたい。
ニュートン物理学のように誰もが納得できる明確な出発点がありません。知性ってなんですか、自由意志って本当に存在するのですか、私たちの脳が認識している世界って実在するのですか。そんな素朴な疑問は棚上げで「注意」や「意識」を脳の活動と照らし合わせている。
これが注意を向けているときの脳の状態だよ。
――では、注意ってなんですか?
この脳の状態が注意を向けているってことさ。
こんな感じ。
言葉の世界であれば循環的な定義も悪くありません。言葉は相対的な位置関係で互いを規定し、常に変化していくものでしょうから。ですが、このモデルも定義もあやふやな状態で「海馬は記憶を司る」「道具を使うときの脳は腕を動かすのとそっくりの活動をする」と事実を積み上げて知性や意志の解明に繋がるのでしょうか。良くて、脳の病気や怪我に対して「よくわかんないけど効く」という程度の結果にしか繋がらないのではないでしょうか。
もちろん事例を積み重ねれば効能の確からしさは上がっていくし、それは医療にとっては大切なことです。ですが、知性や言葉を科学的に解明することには繋がっていないように思えます。
ケヴィン・ケリーの言うように、“特異点”は遠いのかもしれません。
読むのに時間がかかったのは上記のようなすっきりしない感じが強かったことに加えて、わかりづらい本でもあったからです。
一般向けのブルーバックスということで文章自体は比較的平易なのですが、出発点があやふやなまま、脳の機能の断片が解説されていきます。いえ、モデルの雛型のようなものは示されるのですが、じゃあそのモデルをコンピュータ上で機能させられる?と問えば明らかに否。
そして上巻全六章の、それぞれ一章ずつを違う研究者が綴っていて各章間の関連があまり見えてきません。文章も筆者ごとに大きく違い、章が変わる度に「なんの話をしているんだろう」と馴染むまで戸惑います。
- 第1章 脳のシステム
- 脳の内部での情報処理の手順を解説。脳研究における「意志」や「意識」といった大きな枠組みについて述べる。認知のプロセスについて解説するためかあやふやさが漂う。
- 第2章 脳の進化と心の誕生
- 遺伝子と神経系の構造・進化を対比させる。ホメオボックス遺伝子について紹介。DNAと解剖学的特徴の一致が興味深い。
- 第3章 知性の起源――未来を創る手と脳のしくみ
- 猿を対象にした研究から知能の起源を探る。「感覚運動に心はいらない」と説明し、ヒトには自分の体を想像する機能があるために他の動物とは違うと説く。が、その説明が一切ない。研究の基盤が宙に浮いているように思える。
- 第4章 言語の起源と脳の進化
- 言語の起源を歌に取るか、手や目――何かの動きからとするか。対立するモデルを概要的に紹介しわかりやすい。
- 第5章 脳はどのように認知するか
- 解剖学的な神経系の説明から入るのだが、なぜか非常にわかりづらい。特に難しいことを説いているわけではないはずなのだが。神経の機構解説から認知へと話が移り変わると途端に心許なくなっていく。「注意」という概念を本当に仮定していいの?というところがクリアできていないせいかも。答えは「自明」しかなさそうなのが恐い。
- 第6章 脳はどのように情報を伝えるか
- 神経学としてニューロンの振る舞いを解説。心に絡む問題にはノータッチだけれど、この章が一番安心して読めた。
う~ん。下巻は途中でくじけてしまいそう。
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