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『ムジカ・マキーナ』高野史緒

ムジカ・マキーナ
高野史緒
ハヤカワ文庫JA
2002.5.15
★★★★☆

 文庫化されたのが2002年、ハードカバーは1995年。さらに遡るなら前年のファンタジーノベル大賞の最終候補。

 なんで読んでいなかったのだろう。

 このお話は解説にも記されているとおり「音楽SF」というジャンルがしっくりきます。
 十九世紀後半を舞台に“魔笛”なる禁断の麻薬と謎の音楽興行“プレジャー・ドーム”、ヨーロッパの政治情勢が絡み合って謎に満ちたストーリー。
 面白い。面白かった。私の好きな要素がぎゅう詰めにされていた上にその奥行きも深くて溜息が出ました。管浩江の『永遠の森  博物館惑星』でも柔らかにやさしくふうわりと音楽が使われていて「いいな」と思うのですが、『ムジカ・マキーナ』はさらに濃く、強烈に音楽を描きます。文字の間から旋律が聞こえてきそう。

 少し惜しいのは芳醇なクラシック音楽の世界とムジカ・マキーナを実現する技術にギャップを感じてしまったところでしょうか。テクノロジーとしての連続性が見えず、十九世紀後半にいきなり登場するムジカ・マキーナ。ロマン派の世界からいきなり現代的な音楽へとスイッチしたかのような錯覚を覚えます。イメージとしては素敵なのですが、SF的な視点ではそのギャップを埋めてくれるテクノロジーが気になってしまいます。

 でも、十数年も前にこんな素晴らしい音楽SFがすでに書かれていて、それを知らずにいたなんて。勉強不足の自分が恥ずかしいです。

 ふと思ったのですが、今だからこそこのお話は違う意味を持つのではないでしょうか。

 以下、『ムジカ・マキーナ』のネタバレを含みつつ「今だからこそ」をつらつらと。

 “今”のキーワードは初音ミク。

 初音ミクは一言で言うなら「人声MIDI」。楽譜と歌詞とプラスαを入力してやると歌ってくれる。
 ミクに音楽を上手に歌わせるには“プラスα”の部分で多大な労力を要するみたいです。かなり前に雑誌付録の体験版を試しただけなのでさほど詳しくはないのですが。

 ですが初音ミクは良くも悪くもMIDIの一種。
 言語の意味解析や知能処理は行っていないために“プラスα”に多大な労力をかけなければ棒読みで不自然なイントネーションになります。一種の半完成エキスパートシステムなので人声らしさを求めれば求めるほど必要とする労力は級数的に増大し、歌手という職業の専門性の高さと才能を必要とすることを思い知らせてくれるはず。結局、ミクをプロ並みに歌わせるにはプロ並みの歌唱技術に関する知識とセンスが必要なのだろうと思います。
 ミクはエキスパートシステム共通の問題点も含むはずです。
 膨大な知識ベース・体験ベースをルール化したエキスパートシステムは、詳細化・高性能化するにつれ必要なメンテナンスが膨大となる上に、システム構造そのものの改変を受け付けなくなります。硬直化したシステムなのです。
 そして膨大な条件分岐で構成されるエキスパートシステムはシステム自体では何ら推論しませんし、システム構造全体からモデルを引き出すこともできません。人間の持つ知性や創造性は持つことのできない宿命です。

 ところがムジカ・マキーナはSFらしいアイデアで“人間”を介在させることによって創造性の部分をクリアしていきます。“ミク”と“ムジカ・マキーナ”の究極の相違点は知能処理なのです。

 けれども――ああ、未読の方にはこれ以上のネタバレは不要でしょう。
 読んでください。
 そして初音ミクのようなボーカロイドに触れたことがあるのならば対比してみると面白くなると思います。

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