『プシスファイラ』天野邉
プシスファイラ
天野邊
徳間書店
2100円
2009.10.31
★★★★☆
Amazonの商品写真は巨大帯部分がなくて印象が別物ですね。
イントロダクションを一ページ読んで「読みづらっ」と思ってしまいました。指示代名詞(こそあど言葉)多めです。言葉が硬めです。三十ページほど読み進めて「注釈多すぎ」となりました。でも会話が並ぶ辺りまで読むと慣れてくることもあって読みやすくなります。
これはいける!
鯨による海中音声ネットワークで構成されるwebのお話。現実のwebを「実は鯨が先に生体的に構築しちゃってたよ、というアイデアで、鯨たちのネットワーク技術を中心に話が進みます。一言にすると……『攻殻クジラ隊』? 警察モノではないですが。
表紙(帯)からして鯨度が高そうですが
例えばクジラの親子関係にしても現実のクジラの生態系とは大きく乖離しているわけですよ。
『SF Japan 2009 Spring』日本SF新人賞最終選考会
図子慧
と、図子慧による座談会評のようにあまり鯨っぽくないです。
ではどういう話なのか、というとかなり擬人化された――というよりも水中で暮らす技術文明のない人類にデジタルネットワークを持たせてみたらどうなるかな、と現実のweb技術を丸ごと当てはめてみた感じです。web技術の解説書的な一面がありました。
一方でこの話は人類と鯨文明とのファーストコンタクトの話でもあるのですが、このコンタクトの部分があっさり気味。コンタクトが描かれるのがお話が2/3ほど進んでからで展開も加速するためにシナリオ的になります。描写の中心はあくまでもネット――タイトルの「プシスファイラ」。現実の技術の先に描かれる個と全のイメージはネットワーク論・文明論的なアプローチとして意欲的ではあるのですが、1980年代のサイバーパンクが描いたネットワーク世界のようなイメージで「妥当だけどもう一声欲しい」と感じたのでした。
説明描写が欲しかったのが鯨たちの基本通信機能。完全にデジタルな、コピーしても劣化しない信号をやりとりする能力があるようなのですが、言語の獲得とデジタル通信の獲得とのギャップがうまく埋まらない感じでした。また生体ハードウェアとソフトウェアの分離点が不明で互いに垣根を越える「柔軟なハードウェア」が設定されている気がするのですがその部分ももちょっと説明が読みたかった。
でも、これは面白い。誰にでもお勧めできるタイプの小説ではありませんが、電子工学を学んだらしい著者ならではの知識が生かされた技術・文明・コミュニケーション小説です。SFの新人賞にはふさわしい触感を持った話であると思います。
次回作はもうちょっと読みやすいといいな。
著者のwebサイト「SphereCommune」もあるようです。
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