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『宇宙旅行はエレベーターで』ブラッドリー・C・エドワーズ

宇宙旅行はエレベーターで
著:ブラッドリー・C・エドワーズ フィリップ・レーガン 訳:関根光宏
ランダムハウス講談社
2008.4.23
1890円

★★★★☆

 現時点ではイチオシの軌道エレベータ(宇宙エレベータ)本です。

 著者はロス・アラモス研究所で宇宙エレベータの研究を始め、現在は炭素材料系の企業の代表やCEOでもあって「軌道エレベータを実現させようと実際に動き出している人」です。日本でも宇宙エレベーター協会(JESA)なる組織が立ち上げられてはいますが……。

 この本で取り上げられているのは静止軌道から糸を垂らす方式。静止軌道上に浮かんだ基地と地上とを糸で結び、その糸を伝ってエレベータ・ケージが昇降するタイプです。アイデア自体は古くからあるものですが、カーボンナノチューブという材料を得てもはや実現の時だ!というのがこの本の内容となります。軌道エレベータの原理説明やバリエーション解説は『軌道エレベーター ――宇宙へ架ける橋』(石原藤夫・金子隆一)がお勧めです。

 この本の出色は科学的な解説ではなく、社会、政治、経済、軍事に渡る幅広い視点で軌道エレベータを捉えていること。読んでいて「そうだ、これがアメリカって国のエゴなんだ」という部分を強く感じました。日本だとただ単純に「軌道エレベータを造りたい!」「宇宙への夢!」「技術者の夢!」というイメージになってしまいがちですが、さすがにベンチャービジネスに取り組む著者だけあって視点が違います。どの国が軌道エレベータを造れるだけの力があるのか、企業が造る可能性は、エレベータを守るための軍隊は、と夢から現実のパワーポリティクスやビジネスへ考えが展開します。読んでいてとてもリアリティを感じる内容でした。
 やつらはやる気だ!

 一方でロビー活動の一環も担っているようで、自国民や政治家たちに対して軌道エレベータ実現へのムーブメントを求めるアジテーション本でもあります。早く始めないと中国に先を越されちゃうぞ、と煽りまくり。さらには軌道エレベータの将来性を示すためだと思うのですが、何でもかんでもエレベータ化です。月、火星。どっちも大気がなく長大なカタパルトで射出する方式で何も問題ないはずなのになぜかエレベータ。

 また、この本の中ではエレベータ・ケージ(クルーザーと呼んでいる)は綱を車輪で挟んでえんやこらと昇っていくのですがその速度は200km/hに設定されています。これは遅すぎ。静止軌道まで一週間ちょっとかかっちゃう計算です。ケーブルにリニア軌道を敷くと重くて実現できなくなってしまうから、ということのようですがWikipediaによるとCNTには銅の1000倍の電流密度耐性を持つものもあるとのことで限りなく超伝導素材に近いこの特性を生かせば軽量なリニア軌道をケーブルに編み込めそうな気がします。固体接触がなければ速度はずっと上げられるはずですし材料面の変革で計画変更が必要な場面でしょう。そもそも摩擦を利用する方式では36,000km、100,000kmを移動する途中でメンテナンスが必要になってしまいそうです。固体接触はスケールの大きな移動手段では不利な気が。

 軍事ネタを絡めてきていたあたりを読んで思いだしたのが超人ロック『冬の虹』。軌道エレベータの建設にお馴染みロックが一枚噛んでいて……という話なのですが2004年以前に連載が始まったもので、軌道エレベータの警備問題が主なお話になっています。海上プラットホームに軍隊に国際政治に……とおおよそ『宇宙旅行はエレベーターで』に描かれたイメージが一足先に描かれていました。すごいぞ、日本の漫画家。

 一般人が宇宙に手を届かせるためにもっとも近い距離にある技術・軌道エレベーター。現実感たっぷりに味わうならば類書の中ではこの『宇宙旅行はエレベーターで』がピカイチ。お勧めです。

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