『競馬の終わり』杉山俊彦
競馬の終わり
杉山俊彦
徳間書店
2009.10.20
2100円
★★★★☆
第10回日本SF新人賞受賞作。
冒頭でいきなり日本がロシアに占領されてます。主人公がピロシキを庭にぶん投げます。映画っぽいシーンで掴みはナイス。SF分は時代設定にはありますがストーリー的にはひたすら競馬です。馬、馬、馬。腹脳という電脳デバイスっぽいものとかバイオ牧草とかSF的ガジェットはあるけれどメインは競馬。とにかく競馬。馬券売り場のおじさんたちではなくて育てる側の人たちの視点ですが。
競馬に興味のない私には馬の名前がずらずらと並んだり、馬の血筋についての解説が並んだりするところはちょっと読むのが辛かったですが、それ以外の部分はうっすらとユーモア感覚を覗かせながら描かれる馬牧場主の生活が心地良いです。生身の馬によって行われる最後のダービーに向けてストーリーが絞られていき、そしてやっぱり最後まで競馬なのです。「馬~!」って感じの帯のイメージ通りの内容でした。
面白かった。
けどこれは『プシスファイラ』と大賞を二分したというのも理解できました。ジャンル分けするならば「競馬小説」でSF新人賞の大賞というよりも中間小説誌の大賞作みたいな感じ。読みやすく引き込まれる文章、実感の湧く登場人物と人間関係、競馬への思い。すべてが高レベルですがSFとしてのとんがり具合で言えば『プシスファイラ』に軍配が上がると思います。
SFJ2009春号の座談会で選者の一人が書いていたような「中年の悲哀」はあまり感じなかったです。でも権力に迎合せざるを得ないけど雌伏する「小市民万歳!」な感じはありました。このあたりの感覚が中年の悲哀イメージと近かったかも。
選考座談会で指摘されていた「サイボーグ化を阻止する代表」の欠如が出版に当たって盛り込まれたのではないかと思います。あまり存在感はなかったですが。
気になったのはキーとなる馬の“ポグロム”というネーミング。由来解説も作中でなされますが、解説になかった主な用法がかなり刺激的な単語だと思うのです。ロシア占領下の日本で使ってもちょっと浮いてしまわないかな、なんて思ったのでした。
競馬好きにオススメ。馬券の倍率を気にするギャンブラータイプよりも血統とか調べちゃったり『優駿』みたいなマジメ系競馬雑誌を買ってしまう人には手に汗握る一冊じゃないでしょうか。
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