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『ドールズ』高橋克彦

ドールズ
高橋克彦
角川文庫
1997.8.25
588円

★★★☆☆

 交通事故以来様子のおかしくなった七歳の少女・怜。周囲の人間が案じる中で煙草を吸い、子供とは思えない行動を取り始めた怜に医学はなすすべもなく。事故前の怜の人格はどこに行ってしまったのか。憑き物? 呪い? あるいは単に事故の後遺症?

 人形物のホラーらしい、ということで読んでみたのですが想像していたものとかなり違って戸惑いました。髪が伸びるとか涙を流すとか夜中にしゃべり出すとか、そういう系統の人形と霊能者が対決する話なのだろうな、との想像はハズレ。特に後半は探偵物に近い感じでホラー色は薄くなります。書かれたのは80年代ですが、文章の雰囲気や日常の光景がどことなく60~70年代風。用意された素材はすごくホラー的なのに、あまり怖くなくてオチも「それでいいの?」と思ってしまいました。
 構成は緩急もついてうまくオチに向かって収束していく巧みさを感じましたが、キャラクターがちょっぴり書き割りっぽい。語り手キャラのロマンスもあっさり。
 消化不良的な読後感を覚えたのでした。

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深海探査と微化石の世界

深海探査と微化石の世界

 国立科学博物館の小企画展「深海探査と微化石の世界」を見てきました。HMSチャレンジャー号――1872年に行われた世界周航の探検調査の紹介の比重が高めで、あとは微化石写真のパネル、模型、実物、現代版HKSチャレンジャーの「ちきゅう」の活動が紹介されていました。展示は日本館1Fの企画展スペース(大型イベントとは違う通常の展示室一部屋分の小規模展示)でした。
 会期は二月いっぱい。

有孔虫実物 右下の丸いガラス部分は虫眼鏡になっていて向う側に有孔虫のサンプルがある パネル展示が主流になります。実物もありましたが何せ微化石。肉眼で見てもただの砂にしか見えません。放散虫、珪藻、ハプト藻、有孔虫の中で一番大きな有孔虫にしてもせいぜい「巻き貝っぽいシルエット?」というのがわかる程度。壁に飾られたパネル写真も電子顕微鏡写真がメインです。

 パネル展示はあまり関心を引かないものですが、この微化石展示では頑張っていました。電子顕微鏡で撮影した立体写真(赤青フィルタを使うアナグリフ)は良い案であったと思います。立体写真自体の面白さと大きなパネルの組み合わせナイス。赤青フィルタも眼鏡ではなく、手前に赤・青のセロファンを貼ったアクリル板を設置するというローテクながら実用的。フレネルレンズを使った小さめ立体写真もありました。
 プレパラートに固定された顕微鏡展示は“本物”という意味では一番興味を引いたのですが、双眼顕微鏡は目の間隔がぴったり一致せずに像が両目で重ならなかったのが残念。観客に顕微鏡をいじらせるわけにもいかないのでしょうが……いじり回したい~。

 地球深部調査船「ちきゅう」のボーリングサンプルも展示されていました。これは解説ビデオと合わせて眺めると面白いです。見た目はただの半割の丸棒岩石で地味ですが。サンプルは溶岩岩盤だった気がするのですが、微化石展に合わせて大洋底の堆積層だともっと良かった気も。

 そうそう。会場で配布されているパンフレットは超オススメです。16ページ程度の物ですが展示の内容がぎっしり詰め込んである良い資料でした。

昭仁天皇のハゼ展示

 微化石展示の入口ロビーではハゼの小展示も行われていました。明仁天皇の記載した種が目玉であったようです。

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『進化の設計』佐貫亦男

進化の設計
佐貫亦男
講談社学術文庫
2009.9.10
1008円

★★★☆☆

 『飛べヒコーキ』等の著作で航空機ファンにはお馴染みの佐貫亦男。明治生まれの航空機技術者・研究者である著者の古生物の本。1982年に出版されたタイトルが文庫化されたものです。

 十年以上前に読んだものですっかり忘れていて「『ヒコーキ』シリーズの人の恐竜本か」と未読タイトルと思って買い、ページを繰り始めてから読んでいたことに気づきました。以前に読んだ時は違うタイトルだった気がします。

 既読で初版が二十年以上――三十年近く前の本ですが、面白かったです。古生物研究も大いに変わり、最近では巨大竜脚類やダチョウ恐竜が半水生であったという説は人気がなくなり、ステゴサウルスの背板は水平ではなく垂直に立てられて復元されます。獣脚類はゴジラポーズからダチョウのように上体が水平に、小型のものは羽毛が生やされることが多くなりました。古生物に関する知識が古くなってしまったのは残念ですが、機械の設計思想と造物主の設計思想との比較という点では古くなっておらず楽しめると思います。
 扱っている古生物は無脊椎動物は最初の一章のみでさらっと、魚も軽く、爬虫類・恐竜はしっかり、ほ乳類もしっかり、霊長類はヒトまできっちりつないできます。イクチオサウルスや翼竜の形を取り上げて工学者の目から評価する、という形のエッセイなのですが1980年頃の古生物の知識をきっちりと押さえている(と思われる)のは専門外であってもさすがに一流の研究者。機械工学者のセンスはたっぷり感じられますが、具体的なメカとの比較はあまりないのでほぼ古生物・進化についての本という印象。
 生命の絶滅史を追い、人類までたどりつくことによって著者は人類が進む絶滅への道を感じ取り「人間らしさ」復権を訴えます。
 もし、と思います。この著者が「環境変化による絶滅とそこに生まれた空白のニッチを埋める」という生命史観を知ったら、現代の単細胞生物がわれわれ人類と同じ進化の最前線にいるという考え方に触れたら、著者の人間らしさ復権という主張は変わっただろうか、と。

 現代の私たちにとってこの本は過去から現代を通り越した未来を眺める視点。昔を振り返ると言うほど古くもなく、最新の知識でもありません。今読むのであれば、現代の進化史解説本に目を通して予備知識を仕入れた上で接するのがお勧めです。

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『百合姫Wildrose』Vol.5

百合姫Wildrose 5
一迅社百合姫コミックス
2010.2.18
890円

★★★☆☆

 えっち描写アリの百合漫画アンソロジー『百合姫Wildrose』もシリーズ五冊目。

 ぱっと見た感じだと表紙が蔵王大志とはわからなかったです。しっかり見ると蔵王大志タッチなのですが色調が目新しいのかな? ぐっとくる表紙でAmazonの段ボから出すなり気に入ってしまったのですが、店頭で買うのは前号までよりもさらに勇気が要りそう。実物はリンクを張ったAmazonの写真より暖色寄り――肌色~って感じです。

 一番印象に残ったのは天野しゅにんたの「Sweet Examination」。『湯けむり♨サンクチュアリ』で一冊分一気に描いてレベルアップした?

 と挙げていくと全部の感想になってしまいそう。今回どれも好きな感じの作風でした。えっち度はVol.4までより上がってるかな。表紙で思い切り物語っちゃってると思うのですが、大人向けです。
 ロクロイチは無印百合姫本誌の方でもまた読みたいな。

◆ ◆ ◆

 Wildroseの掲載作家では少なめですが、Twitterで百合姫関連作家がいっぱいいて眺めているだけで楽しかったりします。作者本人の手になる此花亭奇譚のキャラbot……じゃなくてなんていうんだろう、キャラトーク?なんてものも読めたり。時々イラストも付いてひっそりやっているのがもったいないくらいのファンサービス。

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『不屈の鉄十字エース』レイモンド・F・トリヴァー

不屈の鉄十字エース――撃墜王エーリッヒ・ハルトマンの半生
レイモンド・F.・トリヴァー (著), トレバー・J.・コンスタブル(著) 井上寿郎 (翻訳)
学研M文庫
2008.1.25
798円

★★★★☆

 英雄になるために生まれてきたような男。戦記物英雄の典型のような人物で読んでいても感嘆の声しか出てきません。
 撃墜数352。
 史上最高の撃墜数を記録したエーリッヒ・ハルトマンは一撃離脱戦法の名人で総出撃回数1405回。
 撃墜数にも驚かされますが出撃回数の多さがドイツ東部戦線のすさまじさを物語ります。二年半の戦歴で800回以上(Wikipediaでは1405回となっている)の出撃。鉄人です。
 空戦でのハルトマンの活躍振りはすごいという以外にないのですが、それ以上にこの人物が特徴的なのは終戦に際して逃げ遅れた民間人と共に降伏し捕虜になる道を選んだり、戦後のソ連捕虜収容所で超人的な抵抗を続けた部分にあると思います。ソ連秘密警察の脅迫や懐柔に屈せず十年の抑留生活を戦い抜いたのはまさしく“不屈”。ここまで鉄壁だと人間離れして感じられます。

 ハルトマンの撃墜数の多さは色々説明されているようですが、この本の中でのハルトマン本人の言葉が日本の撃墜王・坂井三郎と被りました。

“敵を先に発見したパイロットは、すでに半ば勝利を手中に収めている”

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『少女民俗学』大塚英志

少女民俗学―世紀末の神話をつむぐ「巫女の末裔」
大塚英志
光文社文庫/カッパノベルズ
1997/1989

★★★★☆

 なぜ私は大塚英志の少女論関連の本を読んでいなかったのだろう。
 面白かったです。もっと早くに読んでいれば良かったと大後悔。

 1989年の本ですがまさにバブル真っ盛り。カバー袖には「オジサンになりたくない男のための必読書」なんて煽り文句があったりして「?」と思います。読んでみても男向けに限った内容には思えないのですがKAPPA SCIENCEというレーベル自体が男性読者を想定していたのかも。

 “学”なんて最後に付くのも逆にいかがわしい本に思えてしまいますが、読んでみれば〈少女〉という概念に真っ向から取り組んだ大まじめな本です。〈少女〉をテーマに1980年代のフィールドワークに取り組んだタイトル通りの“少女民俗学”。好奇の視線で時代の少女たちを取り上げ、晒し者にするようなテレビや週刊誌とは違う硬派な内容です。近代になって初めて成立した〈少女〉という概念の歴史をたどり、過去と現代を結びつけ、〈少女〉とは何かを浮き彫りにしようとします。

 感想は百合創作と絡めつつ。
 農業社会から工業社会、消費社会へと時代が移り変わり日本人は皆消費者の立場に回ってしまった。明治時代の女学生のように――。と導入される〈少女〉の定義で一次産業に携わらなくなってしまった日本人が〈少女〉的側面を強めていることを説きます。そして〈制服〉、〈変体少女文字〉、かわいい〈部屋〉、〈学校〉、〈リカちゃん人形〉、〈ポエム〉、〈朝シャン〉、〈噂話〉、〈おばあちゃん〉、〈男の子〉、〈卒業〉と〈死〉――と少女をイメージさせる記号を解説していきます。
 かわいらしいグッズで埋め尽くされた部屋と呪術を結びつけたり、朝シャンとケガレを結びつけたり、あるいは噂話を民俗に理由づけてみたりと柳田國男的なアプローチの香りが強くて「こじつけっぽい」「連想ゲームみたい」と思えてしまう章もあったのですが、百合創作という視点から読んだ私はコレダ!という手応えいっぱいの本でした。例えば〈学校〉という章では

〈学園〉の理想型を閉じた〈寄宿舎〉的空間に求めるという発想は、今日の少女まんがにも継承されている。萩尾望都は、「トーマの心臓」(昭和四九年)で、ドイツの神学校の寄宿舎を舞台にした作品を描いている。神学校であるから、主人公たちは少年であるが、いうまでもなく少女まんがでは〈少年〉とは〈少女〉の理想型である。「産む性」を拒否した第三の性である〈少女〉はもともとモノセックスな存在であるからだ。

大塚英志『少女民俗学』p.105より

 24年組万歳! そしてこの章を読んで思いだしたのが「BSマンガ夜話」の『青い花』特集でした。その番組の中で

(女の子の繊細な思春期の心を指して)それを女の子で描けるのがすごいなと思って。ぼくも読んでいて思ったのが、萩尾望都さんの漫画でトーマの心臓というものがあるんですよ。トーマの心臓の平成版だなと思って。トーマの心臓の頃は少女漫画家は少年という形に仮託してそういう繊細な物を描いたのだけれど、今は女の子で描いちゃうんだ

BSマンガ夜話 第38弾「青い花」
岡田斗司夫の発言より

という説明がありました。「繋がった!」と思った一瞬でした。オタキングを含めて漫画に詳しい人々の間ではたぶん当たり前のことなのでしょう。けれど少女漫画論にあまり触れてこなかった身には少女文化の繋がりがぱっと開けて見えた気がしました。「百合漫画はトーマの心臓の娘たちなんだ……」と。そしてトーマの心臓が吉屋信子の少女小説の純化であるとするならば、『マリみて』の吉屋信子との共通点を数えるまでもなく、百合漫画・百合小説は〈少女〉の血脈を受け継いだ末裔なのだと。BL漫画・小説がLGBT運動やフェミニズムとは一線を画しているように、百合は少年に仮託できなくなりつつある〈少女〉を再度少年から少女に移し直すことによって〈少女〉を描くジャンルなのかもしれません。百合は描く側も女性が多数であったり、LGBTへの理解や共感を持つ女性が多く携わっていたりと現実との接点も多そうなあたりがBLとの違いでしょうか。

 蛇足ながらこの本は百合姫で活躍している男性作家たちも勇気づけてくれるような気がします。〈少女〉というモチーフを描く文化は男性文化にもあるのですから。――とTwitterで百合漫画家たちの呟きを見ていてエールを送りたくなったのでした。

 あれ? 結局何が言いたかったのか自分でわからなくなってしまいました。

 刊行21年後の百合おたくの視点でも楽しい本でした、ということで。

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『つぼみ vol.5』

つぼみ VOL.5
芳文社まんがタイムKRコミックス GLシリーズ
2010.2.12
980円

★★★★☆

 百合コミック誌『つぼみ』も早一周年。創刊時とは少し雰囲気も変わってきたかな。『百合姫』陣営とはスタンスも違うようでうまく棲み分けできている気がします。今回は30ページ増えて338ページ。

表紙 黒星紅白
 デコにキスマーク。よく見るとほっぺにも。そして裏表紙で情勢逆転、と嬉しくてジタバタしたくなるような表紙なのでした。
扉絵 小梅けいと
 ふーとーもーもー。
エビスさんとホテイささん 最終話 きづきあきら+サトウナンキ
 強烈な話の多いきづき+サトウコンビ。思ったよりも穏やかな展開は逆に意外でした。もう少しじっくり読みたかった。この先、三人はどうなるのかなぁ……。
星川銀座四丁目 玄鉄絢
 ン~♡ ¯ε¯ < 気持ち? 気持ち?
 バレンタインイベントです。かと思えば何やら新キャラの登場で波乱の予感。湊先生のチョコはどんな味だったのだろう。
しまいずむ その8 つるつるのこころ その9 ちょうひなまつり
 ネタに拍車がかかって参りました。百合キャラにあるまじき禁断技。新境地を開拓しつつある気が。どこへ行くんだ吉富。心の三つ編みってなにげに名言だ。
ロッシェの限界 関谷あさみ
 「恋の始まり」的なお話が多い『つぼみ』ですが今回の関谷あさみは流され系の大人話。カジュアルで等身大なキャラと表現での性へのアプローチでした。
雪のお姫さま 水谷フーカ
 水谷フーカのは続いたお話ではないようですが童話イメージのテーマで来ているようです。シンデレラ、赤頭巾、醜いアヒルの子、ときて今回のは雪の女王。舞台演劇を素材に。しかも変拍子シナリオでテクニシャン! 絵も安定してるしお話も完成度高いし。検索してみて単行本が二冊?しか見あたらないのが不思議な感じ。
キャンディ 鈴木有布子
 この作者知らなかった。でもこれは一発でファンになりそう。なりました。イイ。
タンデムLOVER カサハラテツロー
 ロボ物が来るとは思わなかったー。とはいえ「アフタヌーンっぽい百合漫画誌」でスタートした『つぼみ』には合いそうな雰囲気。前号の磯本つよし「ガールズライド」ともどもメカ好き読者開拓中? 無骨系ロボなのもポイント高し。(泥臭いメカが好きです)
ひみつ。 大朋めがね
 眼鏡っ娘キャラの設定がどうしてもフミちゃんを連想させてしまってもったいない。
アシンメトリー きぎたつみ
 vol.3の「アンバランス」とは少しノリの違った双子の話。家族っぽい遠慮の無さがいい感じ。
鬼丸さんの恋 宮内由香
 タイトルページでぐっときた。
わんらぶ 杉浦次郎
 vol.2「つんぺろ」の裏次郎と同じ人でvol.3から杉浦次郎名義に変えたのかな。ひたすら犬耳らぶ。尻尾らぶ。きっとたぶん作者はほんとに犬が好きで好きでしょうがない人なんだろうなぁ。
葵ヶ丘珈琲店 ほた。
 裕福であることがコンプレックスの主人公。大正ロマンっぽい雰囲気での女給さんモノ。
スノードーム 堀井貴介
 大雪の日の学校を舞台に恋のトライアングル、かと思いきや……。
プライベートレッスン ♯2 ナヲコ
 たまごかわえぇぇ。特にタイトルページ。おもちゃのピアノ、輪郭のみなのにしっかり存在感のある足。

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『アンモナイト化石最新図鑑 ―アンモナイト 蘇る太古からの秘宝―』

アンモナイト -アンモナイト最新化石図鑑 蘇る太古からの秘宝-
ニール・L・ラースン
アンモライト研究所
2009.10.10
3570円

★★★☆☆

 ラースン? ブラックヒルズ研究所の副所長? ティラノサウルスSueの発掘で有名なピーター・ラースンの家族だったりするのでしょうか。

 全ページカラーの美しい本です。サイズはA5で図鑑としてはコンパクト。解説は英文と日本文が並べられていて「はて?」と思ったのですが、日本文の方の訳がちょっと危なっかしい感じ。たとえば"chitinous"はチタン質じゃなくてキチン質のはず。小さな監訳の漏れはありますが、アンモナイト・コレクションの美しさを損なうようなものでもなく、また原文が付されているので戸惑ったときは容易にそちらを参照できます。

 発行元がアンモライト研究所――宝石としてのオパール化アンモナイトを販売しているところ――であるのも頷けるくらい美しい遊色効果の現れた化石が中心です。現生のタコやイカ、オウムガイにも触れて生態の推測をし、殻の構造を説明するあたりは“アンモナイト本”の定石という感じですが、図版の美しさもあって効果的です。面白いのは発掘地別にアンモナイトを紹介しているところで、これは科・属・種ごとに分類紹介しがちな学者の本とは違うコレクターの視点を感じます。この本と研究者的視点の『北海道 化石が語るアンモナイト』を読み比べてみても楽しいのではないでしょうか。後者はすでに入手しづらいと思うので図書館などで探された方が良いかもしれません。


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『384,403km―あなたを月にさらったら』向坂氷緒

384,403km――あなたを月にさらったら
向坂氷緒
ティアラ文庫
2009.9.3
520円

★★★★☆

 ティアラ文庫のポップ系でえっちな百合ライトノベル。

 読みやすい文章。玄鉄絢のイラストととてもバランスの良い雰囲気、キャラクター。パッケージと中身の一致度が高いです。

 気紛れで猫のような幼馴染に心を奪われた主人公。幼稚園から小学校に上がる際に離ればなれになってしまったけれどようやく高校で再会して――。なのに肝心の幼馴染は学園の魔女が支配する恋愛勉強會に囚われている!? というお話です。あ、あれ? そこのシーンは官能描写ないんですか、こっちは……あ、詳しく描写できないシーンなのかな。と前半はお預け度高めです。後半はどうかといえば、え~と、読んでのお楽しみ。
 タイトルはなんとなく宇宙物っぽいですが学園物です。甘々なだけでなくて苦くもあったりして心理描写の起伏もあります。

 ライトノベル的な表現がちょっぴり浮いている部分がある気がするのが微妙に惜しい。私が読者としてラノベ的表現にあまり馴染めていないだけかも。えっち描写も心理描写も好印象でした。その手の描写のある百合物でも抵抗ないよ、むしろばっちこーいという方にお勧め。えっち描写は『愛百合女学園』同様、モロの用語や猥語は避ける比較的なソフトな感じでした。好みで言えば下品にならない範囲でもう少しねっちり、いえ、こう愛でていく過程を細かに描写してあるといいな、なんて思ったのでした。ベッドシーンでは少し意外な展開もあったりして楽しかったです。

 ティアラ文庫公式に電子書籍版のダウンロード販売があります。紙本が入手しづらくなっていると思います。

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『少女雑誌論』大塚英志編

大塚英志編『少女雑誌論』少女雑誌論
大塚英志、本田和子、皆川美恵子他
東京書籍
1991.10.28

★★★★☆

 面白かったです。
 図書館から借りてきた本で1991年刊ということもあり紹介写真の表紙はかなり黄ばんでます。Amazonへのリンクは張ったものの在庫はなさそう。

 大塚英志が少女論に取り組んでいたらしいのは断片的に知っていたのですが、どの本がそれに該当するのかよくわからないままでした。これも大塚英志“編”であって大塚英志本人の筆になるのは全10章のうちの一章のみ。以下、もくじを引用。

第1章 戦時下の少女雑誌 本田和子
第2章 『ひまわり』と『ジュニアそれいゆ』 皆川美恵子
第3章 〈可愛い〉の誕生 大塚英志
第4章 オリーブ少女の欲望のありか 香山リカ
第5章 占い・おまじないと「わたし」物語 森下みさ子
第6章 ピンク・レディーの80年代論 中森明夫
第7章 少女たちの迷走する性 芹沢俊介
第8章 少女マンガにみられる「母」の変容 山下悦子
第9章 少年の発見 松本孝幸
第10章 レディースコミック・フォアユー 林完枝

『少女雑誌論』もくじより

 贅沢な寄稿者を揃えていて魅力的です。特に興味深く読めたのは本田和子、皆川美恵子、大塚英志、芹沢俊介の四編。19年前の本ということで“オリーブ少女”や“ピンクレディ”といった単語も登場します。すでに振り返る対象としてですが。バブル時代の空気も漂っていた気もします。

 関心のあるジャンルに話題を引っぱりますが……。
 SFに関しては評論や××論の類は定着した文化になっている気もするのですが、百合ジャンルはこの本のような評論や分析が少なく、ちょっと寂しい気もします。ネットにも百合分析・批評サイトはあるのですが、フェミニズム的視点でLGBT全面肯定ありきに偏ってしまっている印象。百合漫画や百合小説は必ずしも現実のフェミニズムや同性愛を正面から扱うのが主流ではないと思うのです。SFが未来や科学を描いても人類のあるべき姿や実現すべき未来を描いているわけではないように。
 かといって“萌え”の対象と割り切るのも受け入れがたいかな。
 私の感覚では大正・昭和の少女雑誌から続く系譜の一番下流に“百合”という支流が位置しているように感じられ、このあたりをデータを生かして分析する読み物でも出てこないかななんて期待してしまいます。う~ん。分析の対象にするには百合はまだジャンルとしての厚みが足りないか……。

 大塚英志の『少女民俗学』も見つけてきたので近いうちにそちらの感想も書いてみようと思います。


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『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』福岡伸一

動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか
福岡伸一
木楽舎
1600円

★★★★☆

 面白かったです。

 この本のキーワードは“動的平衡”。タイトルそのままですが、内容をしっかり表している良いタイトルだと思います。「はしがき」には星新一的な小話。プロローグではベンチャー起業した恩師のエピソードから始まり、脳の働き、ヒトの体を構成しているタンパク質の話、とそれぞれあまり関係なさそうな話が続きますがそれらは実は“動的平衡”というイメージに向かって見事に収束していくのでした。

 文章は読みやすく、字組もかなり緩めなのでボリュームのあるハードカバーに見えてもさっくり読めます。でもその読みやすさがちょっと不満でした。『プリオン説はほんとうか?』では舌鋒鋭くプルシナーのプリオン仮説に反論を唱えていましたが、そこにはたぶん怒りという原動力があったのだと思います。科学としてのロジックを満たしていない研究がノーベル賞となって世界を動かしていることへの怒り、かな。『プリオン説は本当か?』の中での著者の主張には一貫した強い意志、力が感じられたのです。
 ですが今回読んだ本はとても穏和で紹介された知識やエピソードは「なるほど、いいな」と頷かされるのですが、新味は薄めでした。
 著者はデカルト的な還元主義の限界を指摘し“動的平衡”を説くのですが、一通り読み終えてその“動的平衡”をなんとかして還元的に記述する科学が待たれているのではないかな、なんて思ったのでした。生命現象は歴史と同じ一回きりの要素も多そうですし環境とも切り離せないので何から何まで数珠つなぎになりそうですが、その数珠つなぎっぷりを記述する科学があってもいいような気がします。不可能性を証明するのではないだろうか、という著者の見通しはちょっと悲しい。

 著者はライアル・ワトソンの『思考する豚』『エレファントム』
の訳も手がけたそうで、こちらも機会があれば読んでみようと思います。

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『流血の夏』梅本弘

流血の夏
梅本弘
大日本絵画
1997.10
4200円

★★★★☆

 ソ芬戦争を描いた『雪中の奇跡』の続篇。第二次ソ芬戦争――継続戦争のお話です。

 1939年11月末~1940年3月の冬戦争でソ連の侵略をなんとか押しとどめ、領土を一部割譲しながらも独立を守り抜いたフィンランド。冬戦争後は再度のソ連の侵攻を恐れてナチスドイツに接近してしまいます。1941年6月末に始まった独ソ戦緒戦はドイツ軍が絶好調であったこともあり、ナチスドイツの尻馬に乗ったフィンランドは冬戦争で失ったカレリヤ地域の奪回に乗り出します。この時点ではソ連の大反攻も始まっておらず、フィンランドにはソ連が負けそうに見えたのでしょう。ですが結果から見ればこれは失敗でした。1943年、ドイツのスターリングラード戦での敗北で情勢は一変しフィンランドは苦境に立たされます。
 『流血の夏』ではここまでの流れはあっさりと済ませて1944年6月から始まった“流血の夏”――フィンランド側6万、ソ連側推定20万の戦死者を出した戦争の終盤を描きます。フィンランド側、ソ連側双方から集めた写真資料も豊富で、地上戦を中心に戦況を細かく追います。6万と20万という戦死者数からするとフィンランド側優勢に見えますが、実際の戦況はソ連主導でフィンランド側は物量に圧倒されたジリ貧の戦いであったようです。

 『雪中の奇跡』『流血の夏』ともども今書いている小説の追加資料にしたくて読んだのですが、お気楽なエンターテイメントのお話には生かせそうもない苦しい戦争を綴った二冊でした。惜しかったのは冬戦争で辛くも独立を守ったばかりの疲弊したフィンランドがなぜ再び、しかもフィンランドの側から戦端を開くことになったのかという政治の部分が抜け落ちていたことです。そのあたりを描いた政治家視点の冬戦争・継続戦争も読んでみたいです。う~ん。でもフィンランド絡みの本って少ないような。ラリーと家具とウィンタースポーツの話題ばかりで。

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『日本SF精神史』長山靖生

日本SF精神史----幕末・明治から戦後まで
長山靖生
河出ブックス
2009.12.11
1260円

★★★★☆

 読み応えがありました。

 サブタイトルに「幕末・明治から戦後まで」とあるように日本SFの黎明期から昭和後半までの流れを解説した本です。
 紹介されていたのを機会に青空文庫の『海底軍艦』を覗いてみれば旧字旧かな総ルビで当時の雰囲気たっぷりに楽しめた、のですがとても残念なことに『日本SF精神史』で名の挙がる黎明期の作品たちはまだあまり収録されていないようです。有名なだけあって海野十三はかなりの点数が登録されていますね。あ、村井弦斎の『食道楽』はテキスト化作業中だ。賀川豊彦の『空中征服』も今年で著作権が切れるようですでに作業中?――という具合に紹介される作品を青空文庫で探してみる楽しみもあります。一方で国立国会図書館の近代デジタルライブラリーでは紹介されていたタイトルのかなりの部分が閲覧できました。白黒二値画像で画質はイマイチですがネットで誰でも見られるというだけでもすごいことです。素晴らしい!

 明治三十年代には滅亡テーマの物語が多かったという項では

どうもこの時期の天文学者には人騒がせな人が多いが、その実相はメディアの取り上げ方の問題であり、天文学者が指摘したわずかな可能性を誇張して報道したり、科学知識の不足から誤解して報道したりしたものも少なくないようだ。

『日本SF精神史』P.115

などと紹介されていて今もあまり変わらないな、なんて思ってしまいました。温故知新……とはちょっと違いますが、今も昔も人は人なんですね。

 海野十三が乱歩を批判したという話が紹介されていたのですが

探偵作家やSF作家は、人間的に信頼している相手にこそ、鋭い舌鋒で真剣な議論を挑む傾向がある。

『日本SF精神史』P.172

というあたりにはぐっと来ました。そうだ。これだ。著者の作家たちへの信頼の篤さというか、好意の視線というか、何かそんなものがいっぱい詰まった本だと感じたのでした。だからでしょうか、読んでいて心地良いのです。最後は読者とSF作家の双方に向けての熱いエールで締めくくられて全体を通じてひとつの物語でも読んだかのような感覚も味わわせてくれます。SF創作を志す人にもパワーを与えてくれるはず。私も発奮しました。

 SF史の紹介本なのでSF好きと近代史好きを兼任していないと読みづらいかもしれませんが、日本SFの黎明期に思いを馳せてみるのも悪くないと思うのです。今年は良い本を続々と引き当てていて幸せ。

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Twitterはじめました

 よくわからないながら始めてみましたtouasa@Twitter

 始めておいてなんですが、何に使うものなのかもよくわかっていなかったり。とりあえずSF方面と百合方面でキーパーソン的な方のホットな動向が掴めそうなのでお試し中。

2/4追記。
 記事のフッター部分にヒというアイコンがあって用途がよくわからなかったのですが、これTwitterの呟きに記事リンクを張るためのボタンらしいです。「ヒ」でわかるのだろうか。でもURLが短縮されないのでTwitterに貼ろうとするとちょっとウザい。

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雪の豪徳寺と部屋の招き猫

豪徳寺の香炉とお堂

 東京も珍しく積もりました。
 雪が降ればわざわざ早起きをして出かけるのが江戸っ子?の習性。早朝の豪徳寺に行ってみれば私以外にもカメラを持った人がいました。

雪だけど雪化粧の薄い招き猫奉納所

 招き猫奉納所も雪を被り風情が――と言いたいところですがこの一角は木が茂っていることもあって雪はあまり積もりません。

雪景色に朝日

 寺務所と招き猫の看板。日の出の時間で空がいい感じ。


うちの招き猫 こちらはうちの招き猫。豆サイズの子をガラス壜に封じて見守ってもらっています。小説を書いていて「なんか乗らないな~」とダレた気分の時に豆招き猫と目が合うと「仏様にお願いしたんだからしっかりしないと」なんてやる気が出たり。

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『雪中の奇跡』梅本弘

雪中の奇跡
梅本弘
大日本絵画
1989.12
3045円

★★★★☆

 “冬戦争”と呼ばれる第一次ソ芬(フィンランド)戦争について書かれた本です。先に読んで大いに感心させられた『北欧空戦史』では航空機に焦点が合わされていましたが今回の『雪中の奇跡』は陸上戦闘を中心に冬戦争を描いたものでした。『北欧空戦史』を読んで疑問に思っていました。航空戦力よりずっと強力であっただろうソ連地上戦力をどうやって北欧の小国が押しとどめていたのだろう、と。
 この本がその答えとなりました。
 1939年11月から1940年3月まで戦い、領土の一部を失いながらも独立を維持したフィンランド。その戦い振りを陸・海・空の三面から綴ります。主に描かれるのは雪の森林を巧みに使ったゲリラ的な戦闘ですが、空でもフィンランド軍は善戦します。興味深いのはこの戦争でフィンランド独立戦争でも活躍したマンネルヘイム将軍が政治家たちよりもずっとずっと慎重論を唱え続けていたらしいこと。軍の最高司令官が戦争を避けるよう主張し、開戦してからも停戦の途を探り続けていたからこそ全面降伏は避けられたのだろう、と太平洋戦争での日本との違いを実感したのでした。
 この本では冬戦争後の継続戦争まで解説するのだろう、と思って読み始めたのですがそちらは『流血の夏』として続篇が出ているようです。こちらも近々読んでみる予定。
 とても興味深く読めた『雪中の奇跡』。読みやすさでは少し戸惑う部分もありましたが一息に最後まで読んでしまいました。この本が出版された1989年当時は他にソ芬戦争をしっかりと解説した本もなかったようで戦記ファンの間では金字塔的な著作となっているとか。その評価に違わない内容の濃い本であったと思います。同著者によるフィンランド空軍絡みの訳本もいくつかあるようです。

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