『電子書籍の衝撃』佐々木俊尚
電子書籍の衝撃
佐々木俊尚
ディスカヴァー携書
2010.4.7(デジタル版) 2010.4.15(紙書籍版)
★★★★☆
電子書籍ってなんだ? 実際どうなの? という疑問に答える一冊。デジタル版で読みました。
デジタル版を購入してみた
Kindleが日本でも買えるようになってしばらくたちますしiPadももう間もなく。既存の出版社が寄り集まって日本電子書籍出版社協会の設立なんて動きもありました。世の中では電子書籍が注目されているみたい?と周囲をきょろきょろしてしまいます。
そんな中でタイムリーなタイトルの登場。紙版に先行してデジタル版が110円でダウンロード販売キャンペーン。読んでおかねば、と早速D21の電子書籍書店へ行ってみました。
かなり年季の入ったビューワソフトです。T-Timeをダウンロードしようとして「やっぱり」と思いました。Windows版もMac版も2005年からバージョンアップしていません。インストールしてみればT-Timeは昔と同じ、買い物のできない単なる電子書籍ビューワ。見映えも使い勝手も古めかしい。「iPadやKindleの本格上陸を目前にして、電子書籍について論じる本の媒体でもこれか」とがっくりきました。
パソコンは見限ってiPhoneにターゲットを切り替えたということでしょうか。iPhone版もiTuneのようなショップとローカルの境界をなくしたアプリではなさそう。表示も横書きのみだそうです。
webブラウザで落としてきたファイルは“dis8875****.book”なんてファイル名でデスクトップ検索からは書名や著者名で検索しても探し出せません。ユーザにいちいち書名や著者名でファイル名をつけ直させるつもりなのでしょうか。手元の電子書籍が数百冊を超えたときには「電子書籍についての本、買ったよな。確か『コンテキスト』を強調してた本」とT-Timeやらブンコビューワやらを起動して捜しまわらねばいけないのでしょうか。この問題はKindleでも起こりそうです。ePubもDRMのついたものはデスクトップ検索させてくれなさそうな予感はします。
電子書籍販売と言っても今はまだ古いシステムを利用せざるを得ないということなのでしょう。表現力そのものはさほど不足はないのですが『電子書籍の衝撃』を買ってみてもD21で他の電子書籍を買ってみようとは思いませんでした。類書へのリンクもユーザーレビューもない書籍紹介ページ、トップページに平台ひとつ分が並べてあるだけのネット書店で誰が二度目の買い物をしたいと思うのでしょう。Zaurus文庫やパブリと変わるところがありません。
『電子書籍の衝撃』の内容に沿うならば「コンテキストがない!」し、『電子書籍の衝撃』中であげつらわれていたビジネス系の自己啓発書ばかりが新刊コーナーに並んでいます。
内容
読み始めて三分の一ほどまではネガティブな印象でした。Kindleのパッケージを開けてみたときの印象描写はどうも自己購入組ではなさそうな記述。しかも「まともな電子ブックリーダーの第1号は、アマゾンのキンドル」などと書かれていて、ΣBookやLIBRIe世代はなかったことにされています。(半ばほどで“失敗例”として取り上げられていた)
そんな印象のまま読み進めることになったのですが、読み終えてみれば満足できました。電子書籍を取り巻く環境についてこれが知りたかったんだよ!という要素がわかりやすくまとめられています。
- 電子書籍界の現状
- プラットフォーム戦争
- 日本の電子書籍の二度にわたる失敗
- AmazonDTP
- マスモデルの崩壊
- 音楽産業をモデルにした電子書籍産業の見通し
- 日本の書籍産業の問題点
- “コンテキスト”が握る電子書籍流通
- ケータイ小説の位置づけ
電子書籍関連の話題を追っていた人であれば目新しいオリジナルな情報は少ないはずですが、電子書籍と出版界隈の知識を広く集め、先行したデジタル音楽の事例と対比させてうまく再構成しています。業界を俯瞰する視点も納得のできるもの。九日の朝にダウンロード購入し、夜には読み終えてしまいました。文句なしに面白かったし、頭の中を整理させてくれました。良い本です。
ただし、著者が独自に直接取材した情報は一つもないように思えました。ネットや既存書籍からの情報を集めて再構成したものと思います。
この本の中では“マイクロインフルエンサー”という言葉が登場します。ネットでは“ハブ”なんて言われ方もしているかも。先端の情報に触れて「これが面白いよ、すごいよ」と周囲に発信する小さなコミュニティの中心的人物のことです。どうやらこの本の電子書籍版が紙版発売に先立って110円で売られていたのはそんな“マイクロインフルエンサー”的な読者を求めてのことなのでしょう。
よろしい。ならば私も“マイクロインフルエンサー”になる試みをしてみよう、というわけで早々と感想を書いてみました。
もちろんベタ褒めだけの内容でもありません。
- (前述の通り)Kindleのファーストインプレッションには違和感
- 直接取材で得た内容が見当たらない
- ロングテールビジネスの範とされるAmazonをマスビジネス側として扱っている
- “コンテキスト”の例がマイクロ過ぎて「ホントに効果あるの?」
- 書籍産業そのものの規模の小ささに無言及
- 内容がこの本を売っていた電子書籍店舗への強烈な皮肉になっている
一点。Amazonをマスビジネスとして扱っているという点。
AmazonDTPの項で同人的な少部数出版が可能になることを取り上げますし、著者ブログを見ればAmazonの重度の利用者であることもわかるのに、なぜかこの本の中ではAmazonはベストセラー本を主力に販売しているかのように扱われています。Kindle Storeではそういう売り方をしているのかとざっと米Kindle Booksを眺めてみましたが、古生物ジャンルの本はかなりのタイトルが揃っていて“Frequently Bought Together”(合わせて買いたい)も“Customers Who Bought This Item Also Bought”(この商品を買った人は〜)も十二分に機能しているように見えました。これならばロングテールビジネスは健在です。「レビュー」や「合わせて買いたい」「この商品を買った人は〜」というAmazonの仕組みは著者が言う“コンテキスト”にとても近いように思うのです。マスマーケットと“コンテキスト”の双方に対応しているのがAmazonなのではないでしょうか。
蛇足
『電子書籍の衝撃』を読んだその日、文体診断ロゴーンなるものを知りました。形態素解析で小説の特徴を分析するお遊びツールです。
これ、使える。
そう思いました。書籍がデジタルで流通するならばその内容をロゴーンのような分析にかけておけば良いのではないでしょうか。文法的な特徴のみではなく、使われている単語についても統計を取っておく。そのデータを過去の既刊販売データと照らし合わせればおそらくは発売前の読者のまだいない本についても自動的に“コンテキスト”のある棚を作れるはず。きっとAmazonはそれをやってきます。iBook Storeもやってくるでしょう。
最後に
今のうちに読んでおくべき本です。Kindle BooksやiBooksの日本語展開が始まってから読んだのでは意味が薄れてしまいます。作家やワナビは読んでおいた方が良さそうです。作中で解説された“フラット化”とは依るべき大樹がなくなることでもあります。AmazonDTPで出版の垣根下がることは同時にワナビにとってははっきりとした道標が見えなくなる荒野(フロンティア)の出現ともなる、と怖くなりました。そんな荒野を自力で開墾できる書き手が活躍する時代が訪れようとしているのでしょう。衝撃よりも、やはり、という思いを強くしました。
出版業界の人であれば――今この本を読んで衝撃を受けているようでは相当にマズイ気がします。電子書籍そのものの動向については私のようなワナビでさえ(不正確で断片的ながら)ほぼ既知の内容でした。
この本を読むきっかけになったのは「たぬきちの「リストラなう」日記」様の『電子書籍の衝撃』紹介記事。現役の出版社社員がリストラに応じてからの日々を綴っているブログでとても興味深いです。
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