二ヶ月前の話題ですが。
『百合姫』Vol.21には「編集長インタビュー」なる記事が掲載されていました。『百合姫S』の休刊・『百合姫』への統合の背景について語った内容です。
- 売上部数の定常化
- ライバル誌の誕生
- 出版不況
- リニューアル
- 編集方針の維持
- 若年層の雑誌離れ
- 対象年齢の引き上げ
- ポスト・マリみての不在
- パッケージの変更
- 映像化作品の輩出
- 異ジャンルからのコミカライズ
挙げられていた話題はこんなところでしょうか。これらを元につらつらと考えてみたいと思います。
ライバル誌
筆頭のライバルは『つぼみ』ですが新書館の『ひらり、』もスタートから品質が高く、強力な競合誌になりそうです。『つぼみ』はVol.7以降隔月刊化するということで百合姫側もライバルと足並みを揃えたということなのでしょう。
出版不況
2009年12月 | 百合姫S Vol.11 | ふ〜ふ連載開始 幼馴染と呼ばないで!連載開始 絶対少女アストライア連載開始 |
2010年3月 | 百合姫S Vol.12 | 3周年の百合姫Sはなにかが起きる!?告知 marriage black連載開始 おっかけ×Girls連載開始 むげんのみなもに連載開始 |
2010年4月 | 百合姫 Vol.20 | 『百合姫』『百合姫S』統合隔月刊化発表 |
2010年7月 | 百合姫 Vol.21 | 編集長インタビュー |
2009年末にティーザー的な告知があり、『百合姫S』の『百合姫』への統合隔月刊化はこの時点で決まっていたと思われます。同号と前号では新連載を立て続けに六本も開始したタイミングだったので、方針変更はこの六本が引き返し不能になってから後、となります。
これだけの急な大転換には決断のための決定的な材料があったはず、と漫画雑誌類の発行部数遷移をまとめてみました。
少女漫画誌を対象に適当に選んでネットから発行部数を拾ってみたものです。部数は一号あたりのもの。
こちらは少年誌/青年誌。
思ったより深刻でした。
でも、ちょっと待った。『百合姫』の前身『百合姉妹』は2004年創刊。すでに漫画雑誌の不調が明らかであった時期。出版不況の渦中で創刊されたのが『百合姉妹』。逆風の中での運営は編集部もわかっていたはず。リニューアルの理由としてはちょっと弱い。
2009末〜2010頭にかけても漫画雑誌の衰退は穏やかなままで変極点は見出せません。現場の人にしかわからない兆しを捉えたのかもしれませんが、『つぼみ』の隔月刊化をこの時点で察知したから、と考えるのが妥当でしょうか。
対象読者
今までの出版界は、「雑誌は読者層の中の若いほうにあわせて作る」ことがセオリーと言われてましたが、今それをやっていたらどんどん売れなくなると思います。
百合姫Vol.21 P.204 「編集長インタビュー」より
編集長はこう述べて「若い子は読まなくていい」「今の読者を卒業させない」と続けます。出版物から若者が離れていく中で『百合姫』のような専門誌を読む十代は「知的好奇心に優れた」子なので対象年齢が上がっても内容について来られるだろう、と。
確かに今『百合姫』を読んでいる十代にとっては13〜14歳にフォーカスした内容である必要はなさそうだと私も思います。
それ以前に百合姫の読者層というのがよくわからない。一迅社の公式サイトには読者層も掲載されてはいるのですが……、
男女比は『百合姫』誌で編集部側自ら正確性を揶揄していたので頼りにならないデータかもしれません。年齢層は偏りなく散っています。でもこの年齢構成が正しいとすると十代が四分の一強を占めているわけで、ティーンの感性に合わせなくていいの?という不安はやはり覚えてしまいます。
百合漫画誌ということ
百合漫画を二つの側面に分けてみました。
『つぼみ』や『Lily』『百合少女』『ひらり、』は明確に前者、『百合姫』も現在の掲載漫画から判断すれば後者の要素は見出しづらいのですが、三浦しをんのエッセイや掲載漫画家たちのネット上の言動からすると単なるエンターテイメントとして作品を送り出している人ばかりではなさそう。
『百合姉妹』創刊号では「乙女ちっくな学園生活のための学校選び 女子校へいこう 〜お姉様Get大作戦〜」なんて特集が組まれ、実際の校名を挙げ学校パンフの紹介をしていたりしました。これはマイナーセクシャリティを持つ、あるいは持ちかけている現実の少女たちへのアプローチだったように思います。『百合姉妹』時代にあったこの手の記事からは『アニーズ』や『カーミラ』のようなセクシャリティの固まった層向けではなく、少女期の定まらないセクシャリティを受け止める総合誌になれる可能性を見た気がしました。結果的に少女世代の読者は少数であったのかもしれませんし『百合姫』へ発展しほぼ漫画オンリーになりましたが、読者欄だけは少女たちのために開き続けて雑誌の姿勢を示していたように思います。
そんな観点からすると若い読者を対象にした誌面作りをやめていいの?と不安になります。雑誌が真にコンテンツを届けたい層と、購入している層がズレているからといって、実際の読者層に内容を合わせてしまうのは既存の読者も望まないのではないでしょうか。実際の年齢層や性別とは別に、メンタルフィメール――ならぬメンタルガールに向けた発信する、というのは夢の見過ぎでしょうか。
ポスト・マリみて
百合ジャンルの問題点となっている「ポスト・マリみて」の不在。編集長インタビューではポスト・マリみてが生まれず百合は浸透して落ち着いた、という話に続いて
——それがオチですか(笑)。ちなみに、現在のアニメ化最右翼作品はなんでしょう?
現状だと一番近いのは『ゆるゆり』でしょうか。
百合姫Vol.21 P.205 「編集長インタビュー」より
と『ゆるゆり』が挙げられます。確かにアニメに合いそうたけれど、ポスト・マリみてかというと違う気も。
ポスト・マリみてってなんだろう?
一番近い位置にたどりついたのはおそらく『青い花』。準ポスト・マリみてが百合専門誌以外から出てきたのは皮肉です。『青い花』には迷いなく同性愛に踏み込んでいくキャラ、異性を想いながら同性から寄せられる憧れに合わせて己を装うキャラ、同性愛者として生きる道を選べずに“卒業”していくキャラ、と百合恋模様を描いただけではない思春期の少女たちの痛みを描いていて、百合というテーマそのもので専門誌をぶっちぎる深みを見せていると思うのです。
ここにテーマ性で肉薄できそうだったのが金田一蓮十郎ではなかったかと私は思うのですが、一冊分を描いて登場しなくなってしまいました。残念。
“萌え”を備えながら百合ならではの問題点を十分に深化させられ、かつ、フェミやリブの理論武装によって一般の読者・視聴者からも嫌われないような、そんな作品がポスト・マリみてなのではないかな、とあまり根拠なく思ったのでした。
異ジャンルからのコミカライズ
『ハーモニー』を『百合姫』でコミカライズするという報せには驚きました。SF作家・伊藤計劃のトーンは「暗」で「鬱」。現状の百合ものとはかなり異質だったからです。『百合姫』の読者層の拡大というよりは『百合姫』読者の嗜好範囲拡大に貢献してしまいそうな予感。
一方でSFファン層は百合を受け容れる素地も持っている気もします。SFはライトノベルやアニメ、萌えとも親和性の高いジャンルです。70年代少女漫画にはSF設定の作品も多かった。脈はあるはず――ですがSF読者はかなり規模の小さなパイのはず。
そういえば『百合姫』で小説掲載の決まっている森田季節は九月末に『不動カリンは一切動ぜず』でハヤカワ文庫JAからSF百合新刊が出ています。
……ついでに古生物ファンにもアプローチしてみればいいのに、って楽しいのは私だけか。アノマロカリスの擬人化百合とかエビからイカにクラスチェンジしたネクトカリス百合とか。ウミユリとか。
まとめ
Vol.22の予告によると、Brand-new Commersとして柏原麻実、紺野キタ、北別府ニカ、片瀬わか、テクノサマタの名が挙がっており、原点回帰――というよりもこれまでの『百合姉妹』『百合姫』をぜんぶ突っ込んでしまおうとでもするかのよう。
百合姫Vol.22 予告内容
コミック | 23本 |
小説 | 2本 |
エッセイ | 2本 |
Vol.21までは毎号コミック15〜18本のペースでしたのでVol.22は相当に厚くなるのではないかと思います。Vol.23以降もそのボリュームを維持するのかどうかわかりませんが、『つぼみ』に対して厚みでも勝負をかけてくるのかもしれません。
ライバル誌と真っ向勝負の総力戦。
個性派でちょっとオタ気まじりのつぼみちゃんと正統派美少女の姫ちゃんの雑誌擬人化ライバル百合とか燃えません? 姫ちゃんに憧れるひらりちゃんは清純派無邪気キャラで泣きぼくろ。(「、」をほくろに見立ててみました。) リリーは横浜育ちでちょっとバタくさい子。『百合少女』は……擬人化ネーミング難しいな。出版社名を取ってコスミちゃんとか?