『不動カリンは一切動ぜず』森田季節
不動カリンは一切動ぜず
森田季節
ハヤカワ文庫 JA
2010.9.25
798円
★★★☆☆
楽しめた。
楽しめたけど、感想を書くのが難しい本でした。
すべての子どもたちが人工授精で誕生し、掌にノードを埋め込まれて生活する時代。
(中略)
大人世界の不条理に抗う少女たちの絆を描く、俊英作家の新世代青春小説。『不動カリンは一切動ぜず』森田季節の裏表紙作品紹介より
裏表紙のあらすじを見て「百合っぽいSFなのだろう」と思いました。読みはじめてみると会話がライトノベル風で設定は少し重め、1984的なビッグブラザーのいそうなネット社会が描かれていてあらすじから受けた印象は正しそうでした。プロローグには近代以前の雰囲気で不動明王を祀るシーンがあって「はて?」と思ったものの、SFの空気がありました。
ところが読み進めて話が進展するに従い「あれ?」となります。少女たちの会話がライトノベル調でポップであるのは変わらないのですが、物語はSFから伝奇ライトノベルへとトーンが変わっていきます。ストーリー的、設定的には百合濃度も濃く、本文を読んでいてもヒロイン二人の会話は百合百合しているのものの、伝奇の比重が高くなって百合の印象が薄くなりました。SF設定によって性別がないに等しくなっているのも百合を感じさせづらい気がします。
なのでSFを求めている人に勧めると「違〜う」と言われてしまいそうですし、百合を求めている人に勧めても「物足りない」と言われてしまいそう。一番楽しめるのはライトノベル調の伝奇を求めている人かな。
登場人物ではヒロイン・兎譚の姉・虎譚に『Raubritter』の虎子のビジュアルイメージが湧きました。
第一章、通信技術周りの設定に意欲的でSFしていたので最後までそのままSF仕立てで読みたかったな〜というのがSF好きとしての感想です。思念の通信って具体的に何? キーとなる教祖・五十嵐無徳の得た「異常なのは人の心」の発見の中身は? 情報過統合症という症状にともなって展開される言語の解説は物足りなくない? と気になりました。
全体としては怪作というかノンジャンルな印象でした。ハヤカワJAで、前半SFで、後半でかなり違う方向に走っていって、アクションのどたばた感やセリフがライトノベル調。ライトノベルレーベルであればこのポップなノリを高く評価する読者とも出会いやすかったと思うのですが、ハヤカワJAで叙情サイバーパンクを想像しそうな裏表紙の内容紹介と相まって、本来の読者の手に渡っていないのではないかと一読者ながら案じてしまいました。
あとがきで「読者の方々が妙な読書体験をされることを願って。」と結んでいて、確かに「妙な読書体験」ができたと思います。
つまりこれはセンス・オブ・ワンダー? SFじゃん!
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