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『海月姫 6』東村アキコ

海月姫 6
東村アキコ
講談社コミックスキス
2010.11.26

★★★★☆

 アニメも始まり六巻発売ということでシリーズの感想など。

 女子独身者向けのアパート・天水館。風情のある昭和建築に暮らすのは——女オタクたち。三国志オタ、和物オタ、鉄道オタ、ジジ専、BL漫画家と濃いところを見事に揃えます。主人公の月海はクラゲオタ。おしゃれ人間のひしめく東京で、オタク丸出しの彼女たち「尼〜ず」はひっそりとオタク生活を送っていたのです。
 ところがある日、月海が馴染み?の熱帯魚屋の水槽を覗いてみると、一緒に飼育してはいけない二種類のクラゲが同じ水槽に入っているではありませんか。店員はおしゃれ人間風味。勇気を出して月海がクラゲのことを伝えようとするも話が通じません。そこに颯爽と現れたのはお姫さまのような美しい超おしゃれ人間。月海に加勢してタコクラゲのクララを救ってくれたのでありました。
 という出会いから始まるのですが、月海を救ってくれたおしゃれ人間は××××で×××の××なのでした。ん〜。コミックスでは一巻の最初の方、アニメでも第一話でネタばれしていることではあるのですが、これはぜひ漫画なりアニメなりに触れて確かめて欲しい。
 とにかく、月海はこのおしゃれ人間と出会ったことで穏やかなオタク人生から慌ただしく活気のある世界へとじりじりと引っ張り出されていきます。月海だけでなく天水館の他の住人たちも。
 つまりこのお話は冴えないオタク女たちにもたらされるシンデレラストーリー。
 作者が『きせかえユカちゃん』でも得意としていた変身イベントもあってそれだけでも楽しい。お話は天水館付近一帯の再開発に絡みつつ、あっちこっちと意外な方向に転げながら進んでいきます。

 六巻ではへんてこポーズの三国志オタ・まややが大活躍。これは予想外の展開。ということはもしかしてこの先は鉄道オタのばんばさんやジジ専のジジさまにも見せ場が? などと先が気になってたまりません。ベライス(ブライス・ドールをモデルにしていると思われる)オタの新キャラなども強烈です。固有商品名出せないのかな? 漫画タイアップ企画とかドールメーカーは好きそうな気がするのですが。月海監修のドール衣装なんて素敵なのに。

 放映中のアニメは漫画原作が連載途上ということもあってこの秋だけの短期。でもこのアニメ、すごく出来が良いです。まややの怪しいポーズがばっちりハマった動きに再現され、蔵之介が最高に可愛い。ばんばさんの髪の毛も増量されていてラブリー。稲荷さんも良い感じにキャラが強調されていてより可愛くなりました。漫画のデテールを濃く、細かく、美しく描いていて少女漫画度も高いように思います。おしゃれ人間の衣装の華やかさはカラーで動くと感動的。コミックス六巻のあとがきでもアニメの監督がクラゲオタであることが紹介されていたりしてなんともミラクルな映像化だな、と溜息が出てしまいました。

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東京都立図書館電子書籍体験モニター その2・近い未来

 都立図書館の電子書籍体験モニターに触れ、もし電子図書館システムで図書館の全蔵書が借りられるようになれば電子書籍市場には大打撃になると直感しました。

  1. 図書館のデメリットが消える
  2. 電子書籍は常に新品で汚れ・傷みがない
  3. 電子書籍とコピー制御
  4. 品揃え
  5. 何を貸し出すのか
  6. 認証

1.図書館のデメリット

 電子図書館では図書館のデメリットのひとつである「足を運ばないといけない」「返しにいくのが面倒」という部分が解消されていたことが想像以上にショックでした。特に、返却は読み終わって用が済んだ物の後始末なので億劫になりがち。現在の図書館は「返却に行った際にまた借りる」というループを作る利用者とまったく利用しないというタイプに二極分されているように思います。これが電子化によってこれまでまったく利用しなかったタイプの人が利用するようになる可能性が高いのではないでしょうか。

2.常に新品

 電子書籍は汚れていたり傷んでいたりすることがなく常にまっさら。ミステリを読んでも誰かの意地悪な書き込みで犯人をバラされたりもしないし、不快な汚れや切り抜きを目にすることもありません。逆に、図書館の紙書籍に書き込みをしたりするのはモラルに反することですが、電子書籍では付箋を貼ったり書き込みをしたりもできます。

3.電子書籍とコピー制御

 電子図書館を体験してみて一番に思ったのは「これは無料貸本屋だ」ということでした。上に挙げたように「新品同然の本を」「足を運ばずに」「自動返却で」利用できるのです。そして逆説的ですが、DRM(コピー制御)のつけられるであろう日本版Amazon KindleやApple iBook Store、Sharp GALAPAGOS、SONY Readerらの電子書籍サービスが実は貸本に過ぎないことが浮き彫りになります。
 コピー制御はサービスの提供元と通信して「使っていいよ」という許可を取る仕組みだからです。サービスが終了し、サービス提供元と通信できなくなってもしばらくは問題ないかもしれません。しかし、“購入した”電子書籍を納めてあるハードが老朽化し新ハードに更新しようとしたとき、サービスの提供元と通信できなければ購入した電子書籍たちは読むことのできないゴミデータと化します。
 もし、紙の書籍が、購入した店舗が潰れただけで本の中身が真っ白に消えてしまったらどう思いますか? ナンセンス!としか言いようがないはずです。
 これが図書館の本ならば元々自分の物ではなく公共の物を一時的に借りてきただけなので「借りて、返すまで読めれば良い」ためにDRMがかけられていても問題は起きませんし、図書館がサービスを停止したら読めなくなるのも当たり前のことです。ですが、販売店がコケただけで読めなくなるような電子書籍販売に納得できるかどうか。今のAmazonの様子からすると「コケるわけない」と思えますが、1994年以前には存在すらしていなかった企業です。
 図書館の電子化に接して見えてくるのは、電子書籍販売とのあまりの差異の少なさでした。

4.品揃え

 SharpのGALAPAGOSがスタート時点で揃える電子書籍の数は約3万点だとか。これは図書館の蔵書量としてみれば地域密着型の小規模図書館程度に過ぎません。SONYの電子書籍サービスもスタート時点で2〜3万点だそうです。ザウルス文庫やLIBRIeの時とコンテンツ量は同じですね。もちろん、公共の電子図書館も最初から紙書籍と同じだけの規模でスタートできるわけがないですが、稼働させるならば「市販の電子書籍をほぼ網羅する蔵書」を揃えるられると予想します。一冊3000円平均として100万冊を揃えたとしても30億円。全都民が利用する公共事業として高すぎるということはないでしょう。本代よりもアクセスに耐えるサイトの運営費の方が大変そうです。また、別項で触れますが、図書館のあり方にも響いてきそうです。

5.何を貸し出すのか

 東野圭吾のように現状の図書館を「無料貸本屋」として非難する立場の人がこの電子図書館モニターを体験すれば「貸出毎に著作権料を徴収せよ」との主張を強めるでしょう。既存の図書館のデメリットを解消していて、電子書籍販売にサービス内容の面で肉薄しています。そして著作権管理団体は著作権の徴収を支持するでしょう。これに対する解はいくつかあるはずです。思いつくままに挙げると……。

  • 貸出カウントに応じた著作権料を図書館に課金する。
  • 貸し出したコンテンツの種類・数に関わりなく図書館に定額課金する。
  • 現行のDVDやCDのレンタルのように“貸出用”の高価なデータを図書館に売る。
  • 現行の紙書籍と同じ枠組みを維持する。

 最後の物以外は「税金を食い物にして良いのか」という問題を生むのではないでしょうか。現在図書館で貸し出されているCDは三番目の選択をしていて市販CDの十倍近い値段で購入されているはずです。その慣行に準じて良い物なのか。
 「人気本の複数購入」とも同根であるような気がします。人気の最新刊を図書館が置く/貸し出す必要があるのか、無料貸本屋という指摘をどう考えれば良いのか。図書館が「娯楽」を提供しているのであればなぜ漫画やポルノは排除されているのか。単に教育用途を重視しているということで優先順位で漫画にまで手が回らないだけなのか。

 電子図書館の試みに接して「図書館ってなんだっけ?」と考える機会をもらったように思いますが、何を基準に考えれば良いのかもわからなくなってしまいました。

6.認証

 電子図書館は恐らくは出版社や著者の多くに脅威と見なされるでしょう。あまりに商品としての電子書籍と差異が少ないからです。ですが、今回体験した電子図書館としての仕組みは紙書籍の図書館を忠実に電子モデル化したものに過ぎません。つまり、電子図書館そのものには図書館としてマズイ点が見つからないのです。
 逆に電子書籍販売にこそ問題を感じます。なぜ、私的利用であってもコピーやバックアップができないのか。なぜ、販売店が潰れるだけで読めなくなってしまうのか。なぜ、IDとパスワードを失うだけで蔵書が丸ごと消えかねないのか。
 そもそもなぜDRM(コピー制御)がかけられているのか。
 ——理由は簡単。海賊版対策のはずです。データを暗号化して、解読するための鍵を電子書籍販売店が持っているから、私たちが購入するデータの多くは私たちだけで自由に扱うことができなくなっています。KindleであればKindleのハードウェアに隠された“鍵”がAmazonのサイトの代わりをしているのでネットに繋がっていなくても読みかけの本の続きを読めるし、過去に購入した本も読み返せます。でも“鍵”はあくまでもAmazonのもの。「買った」はずの電子書籍なのに。
 音楽でもパソコンとiPodを買い替え、IDとパスワードを忘れてしまって「買った」はずの音楽がどこかに消えたという経験をした人もいるはず。なぜこんなおかしなことになっているのか。

 答えは認証技術にあります。
 例えば、あなたがあなたであることを証明する絶対確実な方法はありますか? 身分証? それは偽造することが絶対に不可能なものですか? 指紋? 遺伝子? 網膜パターン? 静脈パターン? IDとパスワード? どれも偽造できます。あなたがあなたであることを証明する厳密な方法は、存在しません。日常においても、デジタルにおいても。
 ですがもしデジタルでそんな方法があれば、あなたはあなただけの鍵を持てます。あなたがあなたであることを証明できる何かは“ユニーク”な鍵となります。この場合のユニークは「二つとない」「唯一の」という意味です。
 そのユニークな鍵と現存の暗号技術を組み合わせます。すると、あなたは自由に利用できるけれど他の人には利用できないデータを作ることができます。
 今は夢の技術ですが、この技術が登場するまではデジタルデータの購入でICカードやパスワードに煩わされたり、不便を強いられるのは避けられないないでしょう。

 あるいはAmazonがMP3のダウンロード販売で挑戦しているように、DRMなしの電子書籍販売が主流になるとユーザは好きなハードウェアで自由に電子書籍を読めるようになり、電子図書館とも差別化できると思うのですが。
 携帯ゲーム機の海賊版(*1)の話などを聞くにつけ、海賊版対策は外せないという企業側の言い分もよくわかります。GALAPAGOSではDRMが搭載されるようですが、以前のZaurusやNetWalker向け電子書籍として売られていたXMDFはDRMなしでした。XMDFの海賊版が出回っているというニュースは聞きませんでしたが、人気&最新のタイトルが非常に少なかったことからするとコンテンツホルダー側は安心してデータを出せなかったということなのでしょう。


*1

PSPやNintendoDSでは海賊版コピーソフトを動かすための機器が出回り、アジア圏では事業展開が不可能な状態になっているらしい。日本でもかなりの普及してしまっているらしい。

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今年は少し早めの紅葉@豪徳寺

絵馬奉納所と紅葉 昼間に豪徳寺を覗いてきました。
 今年は楓の色づきが早いようです。まだ色の浅い枝もありましたが、見頃になっている楓も。カメラを持った人が幾人もいました。紅葉を背景に絵馬奉納所を撮るのは恒例になってしまいました。まんねり?

新絵馬奉納所 こちらは境内に新しく作られた絵馬の奉納所。張られた銅葺きの屋根もまだピカピカ。寄りすぎて何が何やら、って写真でスミマセン。

日差しの招き猫 招き猫たちも元気いっぱい。奉納所の棚から溢れていました。

物入れ招き猫 これは大きめの招き猫の背中がぽっかり開いて物入れのようになっているところを撮ってみました。赤い座布団とバラエティ豊かなちび招き猫とどんぐりと落ち葉と。

 今年は境内の整備で大きなイチョウの木を切ったようでイチョウの黄葉は見られません。

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東京都立図書館電子書籍体験モニター その1・体験編

 東京都立図書館にて「電子書籍を体験しよう! 〜新しい図書館のカタチ〜」と題する企画展が開かれています。その企画の中で約1000タイトルの電子書籍を用意した電子図書館の試験運用が行なわれています。
 十月頃にモニター募集をしているのを見かけ、応募してみたもの。11月22日から一ヶ月間のモニター期間ということでさっそく昨日、試してみました。

 今回の電子図書館はパソコンでの利用前提のようです。

  • Windowsのみ
  • InternetExplorer必須(ActiveXで電子書籍ビューワを提供)

 KindleやiPad、あるいはMacでは利用できないようなのが残念ですがテスト運用ですし仕方のないところかな。

 電子図書館で本を読むための仕組みは紙書籍の貸出と同じです。

電子図書館画面
電子図書館:書籍個別画面
電子図書館:利用者状況画面

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貸出手続

貸出

 画像のように読みたい本を選んで「貸出」をクリックすると「貸出中のコンテンツ一覧」に入ります。ネットショップのショッピングカートと似たような感じですね。貸出中の本は他の人からは借りられないようロックがかかります。コピーの無限に取れるデジタルの特性を抑えて、図書館としての特性が与えられているわけです。

 手元で開いてみた本はこんな感じです。

電子図書館:電子図書サンプル(PDF)

 サンプルに選んだ本はPDFで、文字、画像、数式が入っていますが紙書籍と同じようにレイアウト固定で表示されます。
 青空文庫から提供されているテキストベースのデータはXML化されて

電子図書館:電子図書(テキスト)

こんな風に表示されます。画面サイズやフォントサイズを変えるとページ構成も変わる「リフロー」タイプです。
 テスト段階の急ごしらえということもあるのでしょうが、このテキストベースの(上図では青空文庫のデータをXML化した模様)データでの表示品質はお世辞にも高いとはいえません。行間隔や余白の調整もできないしアンチエイリアスもかからない。ふりがなの表現も行間隔が不均一になったりとフリーの青空文庫ビューワの類と比べても不満な出来です。また、PDF型、テキスト型ともにコピー&ペーストは不可でこれも不満。
 ですがメリットも十分に感じられました。“借りた”本(PDF、XMLとも)の内容に対して検索がかけられるのはデジタルならではの強み。また、アクセントはちょっと不自然ながら音声読み上げの機能を搭載しています(Windowsの標準機能を利用したもののはず)。公共サービスの試みだけあってバリアフリー化も考えられているようです。

 用意されていたタイトルはKindle/iPadショック以前からあった旧来の電子書籍でも読めたものが中心のようで、私の好みの科学解説書の類は少なかったようです。関心を引いたのは東京都のオリジナルコンテンツ。図書館の「郷土資料」コーナーにあるようなローカルデータですね。こういったものがオンラインで読めるというのは素晴らしいことのように思います。
 比較的新しいと思われるTwitterやクラウドの解説本にはモニター開始から数日で十数件の予約が集中していました。1000冊で1000人のモニターでこれなので、全都民を対象にサービスを始めるとさらに特定の書籍にユーザが集中しそうです。

 色々試してみている中で「あれ?」と思ったのが「コンテンツ検索」。例えば「海野十三」と検索してもひとつもヒットしませんが「十三」と検索すると海野十三の本がヒットしてきます。え〜。図書館は検索利用についてはOPACでノウハウを積んでいるはずなのに。作っている業者/担当者が違ったらそれだけでノウハウをゼロから積み直しですか……。「姓名」で検索してもヒットする著者もいれば「姓」と「名」を区切って検索しないとダメな著者もいます。データベースの整備方法に統一性を欠いているということなのでしょう。
 また、せっかく電子蔵書がテキスト情報を持っているにもかかわらず図書を探す段階での本文の縦断検索ができません。N-gram系の全文検索技術などもオープンソースで提供されている今の時代、タイトルと著者名からしか検索できないのでは「電子図書館」として不十分な気がします。紙書籍に施された分類や蔵書情報と合わせて検索機能にはもっともっともっともっと力を注いで欲しいところ。「本を探す」手助けは図書館の大切な仕事でもあるはず。
 面白く思えたのは電子書籍に書き込みができること。傍線を引いたりコメントをつけたり。これは他者と共有できちゃうのかな、と思ったのですがさすがにそれはないようです。また、Kindleのように読書位置を自動で記録して読みかけの本の続きのページを開いてくれるというような機能もない模様。対応端末の拡大も含めて、利便性に関してはまだ手探りで課題も多いよう。
 モニターのwebアンケートでは書籍の貸出統計を取れば瞭然の事柄をアンケートに記入させたり、外部のアンケシステムのセキュアでないページにベタでIDとパスワードを入力させる危うさがあったりと首を傾げたくなる部分もありました。「httpsで繋げばいいんだろ」という問題ではなくセキュリティ意識の欠如が露になっていること、システムへの理解不足を物語るアンケ項目が並んでいることに危惧を抱いたのでした。

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『コミック百合姫』2011年1月号

コミック百合姫 2011年 01月号
一迅社
880円
2010.11.18

★★★★☆

 外見ががらっと変わった再誕『百合姫』。紙質も変わり500ページ超なのに以前よりスリム。


GIRLS UPRISING 深見真+カズアキ

 COVER STORYと銘打たれたこのコンテンツは表紙を含めた折り込み部分に掲載されています。ハードボイルド・ガンアクションはこれまで『百合姫S』の「mariage black」と夏猫、花津ややくらい? 見慣れない感じで新鮮でした。芝居がかったセリフ、理屈よりもインパクト。ライトノベルらしいライトノベル。


扉絵 古街キッカ

 トレーシングペーパーに印刷された目次ページから部分的に覗くのが古街キッカのカラーイラスト。最初、誰のイラストだかわからなかったのはたぶん『ナイフエッジガール』のぱりっとしたカラーイラストのイメージがあったからかな。今回みたいな雰囲気の絵も描ける人なのか、と意外でした。


特集 百合脳を鍛えるGL大人のトレーニング

 非百合の漫画から百合を妄想しよう、という企画なのだけれど百合漫画がこれだけ増えた今となっては無理をして百合を見出さなくてもいいような気はします。萌え四コマとか百合キャラだらけだし。といいつつ百合雑誌で擬人化妄想したことあるさ、とにやにやしてしまった私はキモい。


憧れの愛しい人 竹宮ジン

 「シリーズ読切第1弾」とあるので連作の模様。竹宮ジンは安定してるなー。先の展開が少し予想できそう、と思ったのだけれどこの人は『Girlish Sweet』を描いた人でもあったのでした。『百合姫』では割とプレーンなほのぼのを描いていたけどリニューアルでは雑誌そのものが対象年齢を上げてきた観もあって強烈なのが来たりしないかとワクワク。


宵待群青姫王子 テクノサマタ

 『百合姉妹』の切り絵話以来……かな? 『百合姉妹』のも面白かったのにそれきりになって残念に思っていたので掲載が嬉しい。連載です。面白かった。絵がすごく繊細になってる。王子キャラのヒロイン格好いい! テクノサマタの絵柄に合ってる。


パイをあげましょあなたにパイをね さかもと麻乃

 Vol.20に掲載されていた演劇話とは絵も雰囲気も変えてきた印象。『リスランタンプティフルール』とも違って新鮮でした。


ふ〜ふ 源久也

 げろ甘恥ずかしラブコメが無印『百合姫』に。新キャラ二人も甘々でどひー。


メッてされてキャッ♡ 田仲みのる

 おおう。今回はキャラ設定でずばっと印象の強いとこを突いてきました。ものすごーく前途多難そうな二人だけど、頑張れ、みたいな。


それでもやっぱり恋をする 倉田嘘

 十二月に『それでもやっぱり恋をする。』という新刊が予定されているらしく今回のお話はその中から一作プロモを兼ねた掲載かな? 捻くれてしまった浪人生の主人公がネットゲームで中二の少女と知り合って、という話。主人公が三白眼気味でちょっと怖いシーンも。作画はすごい手が込んでる。汚部屋描くの大変そう~。


小箱の手紙 タカハシマコ

 冒頭の

処刑された女王は何故証拠の手紙を小箱に残していたのだろう。

コミック百合姫2010年1月号p.177「小箱の手紙」より

この一文で「なんだっけ?」と記憶を刺激されました。ナニカソウイウオハナシガアッタゾ。ヒロイン二人の名前——芽有メアリ江利エリという名前も引っかかります。そして引っかかったまま読み終えて思い出しました。アレだ。
 予備知識なしで読んでもわずか八ページの中に盛られた毒に思いっきり参ってしまいますが、十六世紀のヨーロッパの歴史をちょろっと思い出すとさらにもう一段ダークな毒が回ってくるハズ。カワイイ絵でカワイイお話なのにこれだからタカハシマコファンはやめられない。


ゆるゆり なもり

 今回は巻中カラーページ付だ!


相思相愛のこわしかた 森田季節

 読切短編小説。『不動カリンは一切動ぜず』でも見せていた伝奇色の本領発揮。巫女モノ。森田先生、最初に神様が水から上がってきたシーン、もう少しじっくり読みたかったです。


パーラーゆりひめ 藤生

 せつねー。 フィクションならいいのに。


百合の花粉は落ちにくい 三浦しをん

 今回は『少女ファイト』を紹介。そして最終回。わーん。このコラム毎回楽しみにしていたのに。漫画はおしまいでも小説紹介コラムとか始めてくれないかな。


雪の妖精 柏原麻実

 柏原麻実は『百合姫S』での水泳部の話以来。どこか懐かしい感じの作風。なぜだろう。


ロストガール タアモ

 物語のその後を考えたときに「うあぁ」となりそうな話でした。タアモはまたカラーが見たいな。


むげんのみなもに 高崎ゆうき

 可愛らしい絵と残酷な設定と、ほのかな狂気と。今回は「なんかヤバくない?」という空気は控えめ、なのですが回を重ねてきてだんだんシュールに見えてきました。時間商人絡みの謎が隠されていそうなのに未だに先が見えません。どうなるのだろう。


Twincle, Little★Secret 北別府ニカ

 タイトル通りの小さなお話。可愛い。


おんなのからだ 紺野キタ

 紺野キタはこういう話も描けるのか、と意外だったような納得のいったような。少女期を描いた話が多かったのが今回のように大人たちや子供を描いた話にシフトしてきていて作者の上にも時間は流れるのだな、という感慨に繋がりました。


恋愛遺伝子XX 影木栄貴×蔵王大志

 前回、緊迫した決闘シーンで引っ張りましたが、今回はいきなりお笑いに。そして今度こそハード展開でいくのかと予想していたらトキメキ展開の模様。前号では眼鏡っ娘とフラグ立ててた気がしたのだけれどちょっと意外なところでもひとつフラグ。……ハーレムになったりして。


特集 y-mode

 記事というかタイアップ広告風味。ケータイサービスの「百合くらぶ」と「モバイル百合姫」を紹介。私のPHSじゃ見れないなー。


himecafe

 百合姫作家と編集者のコント……じゃなかった、対話記事。読者からの声にコメント。編集者や作家のキャラ化が進んでおります。漫画の印象が左右される危険もありそうですが親しみが持てて面白い!


ヒメトピ

 ニュースコーナー。全体にデザインが行き届いていて力入ってる、という空気が。『ダ・ヴィンチ』風。


ヒメレコ

 Yuri-hime Editorial staff's Recommendとサブタイトルがついていて編集者のオススメ映画、アニメ、小説が。ここでも編集長や編集部員が個別に登場。これは「雑誌作り」の内面を見せて読者との距離を縮めよう、ということかな。テコが入ったのは漫画ではなくて編集部内だったのかも。


特集 お宝百合作品

 「ヒメレコ」の続きみたいだけど別記事の模様。リストされているものを網羅するのもけっこう大変なはず。ここで紹介されている『ピエタ』とか文句なしの名作だけど、絶版で古書店でもあまり見かけなくなってしまいました。


紅色らせん —猫目堂ココロ譚— 東雲水生

 今回の猫目堂はいい。構図やコマ割りに動きがある感じ。お話もすごくしっくりきた。レギュラー陣にも地味にテコ入った気がする。


オセロ —前編— 乙ひより

 きっちりオチもついている気がしたんだけど、前編の模様。乙ひより得意の不思議キャラ。なんでこの人が描くとぼーっとした感じでコミュニケーション取りにくそうなキャラが魅力的なんだろう。


妄想ハニー 三国ハヂメ

 え? え? 今回最終回? 三国ハヂメは『極上ドロップス』でも読んでいてしっくり来るのがお話がかなり進んでからだったのですが、この「妄想ハニー」も前回くらいから拍車がかかってきた感じでこれからかと思ってたのにィ。良いところに落着したからいっか。一月には単行本だそうです。


レンアイ♡女子課 森島明子

 姫野×アリスで前回ハッピーな所に落着し、今回はたぶんもう一山への助走回。いい感じに新鮮にらぶらぶの二人。でも小さな部分でまだ齟齬もある。ラブハンター姫野さんには何か課題が用意されているんじゃないかな、なんて。この先がすごく楽しみ。


飴色紅茶館歓談 藤枝雅

 前回で大いに盛り上がった芹穂&さらさ。なかなか仲が進まなくてもーじれったいなーという状態だったのですが、ここまで決定的なシーンがあってもやっぱりじれったい二人なのでした。これからもまだまだやきもきさせてくれそう。


第4回百合姫コミック大賞結果発表

 結果発表に並んで田仲みのるのデビューの経緯や今回佳作の「きものなでしこ」の掲載もありました。結果は受賞者一覧に追記しておきました。


 予告されていた『ハーモニー』は今回ではなく次回からとなってちょっと残念。SF方面の人で気にかかっていた人もいると思うのでお間違えないよう。2011年3月号では倉田嘘が「百合男子」という連載を始めるようです。Twitterでも男性である作者が描いていていいのだろうか、みたいなことを呟いていたので適任の予感。
 掲載漫画は事前の予告の通りこれまで通りの方向。でも、ちょっとだけ大人向けに振ってきているかも。クォリティアップも計られている気がします。大きく変わったのはデザインと編集部のアピール。掲載漫画の方向も、たぶん次回の「百合男子」から少しずつシフトしてくるのではないかと思います。

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天文講座 金星に近づく「あかつき」〜あと四週間

 金曜日だったでしょうか。Twitterの「あかつき」チーム(金星探査機あかつきの広報アカウント)が講演の告知をしていました。JAXA宇宙科学研究所教授の佐藤毅彦氏が『金星に近づく「あかつき」〜あと四週間』と題する講演を行う、と。場所は世田谷区立教育センター。近所です。時折利用している中央図書館の入っている建物で、プラネタリウム投影設備も備わっています。そのプラネタリウム・ドームで講演が行われるとのこと。日時は11月13日(土)の夕方18:00〜19:00。

 佐藤毅彦氏は「火星—ウソカラデタマコト」展のMELOS計画をはじめ、最近の航空宇宙関連ではよく拝見する方。今回は金星探査機あかつきの赤外線カメラIR2開発担当者、ということで最新情報が聴けるかも、と聴きにいくことにしました。

 図書館での調べものがあったので午後三時くらいから図書館に行き、早めにチケットゲット。お値段は400円。公営のプラネタリウムは安いですね。

 開演時刻の十五分ほど前になってプラネタリウムの前に行ってみると行列ができていました。夕方からの講演であったのと「あかつき」という割とカタくて地味目のミッション絡みということもあって並んでいたのはいかにも宇宙マニアといった感じの大人が中心で親子連れは数組。

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 入場の際にはあかつきプロジェクトのステッカーと絵はがきが配布されました。

 佐藤先生は話術も巧みでユーモア混じりのわかりやすい講演となりました。あかつきのミッション解説が面白かっただけではなく、とれとれの新ネタがいくつも披露されました。

  • 前日に行われたあかつきΔVリハーサルの模様のビデオ紹介
  • 初公開のIR2カメラのテスト撮影結果紹介
  • ΔV開始は12/7 9:00JSTから700sec

 面白かったのは

  • 探査機へのコマンド送信は一行ずつオペレータが行う。
  • 探査機のロケット搭載のためのクリーンルーム搬入では虫が入らないように虫取り網を持った人がスタンバイしている。
  • 探査機はエンジンと観測・通信機器で大きく二つに分かれていて、あかつきペーパークラフトと同じ構造。
  • 組立治具はワンオフ。
  • ΔVは大部分が地球から見てあかつきが金星の影に入っている間に行われるので状況がわからなくなる。
  • ΔV直後にはあかつきが金星の「日陰」に入ってしまってさらにドキドキ。

 講演の最後には質疑応答の時間が設けられていました。書き留められた分だけ質問を列挙してみると……。

  • Q:IR2カメラでどんな映像を期待?
    A:スーパーローテーションの南北成分を捉えたい
  • Q:あかつきの寿命は?
    A:観測開始後二年を設定。実際には四〜六年持つのでは。
  • Q:IR、UVカメラは何を基準に波長を選んだ?
    A:UVはコントラストの大きなところ。IRはCO2の吸収・反射の強いところ。
  • Q:IR2カメラは台風のような気象変動は捉えられる?
    A:金星は季節変動がなく台風のようなイベントがあるかどうか。
  • Q:IR2カメラの耐熱温度は?
    A:30〜40℃
  • Q:金星にはなぜ火山があるの?
    A:それはまだわからない。

 大人の宇宙マニアの質問は具体的で技術的な細かなものでしたが、子供たちの質問が鋭かったです。特に上リストの最後の質問は佐藤先生も答えに窮していました。素朴な疑問って強い。

 今回のメインは佐藤先生の講演でしたが、間にこの季節のプラネタリウム投影も行われました。世田谷区立教育センターのプラネタリウムはこの今年の五月にリニューアルを終えたばかり。新設備は初めて見たのですが、星の像が以前よりずっと鮮明にくっきりと見えるようになっていて驚きました。世田谷区自慢のシステムのようですし、観覧料も安いのでオススメです。最寄りの駅が田園都市線桜新町or世田谷線上町で十分以上歩いてちょっと不便ですが、渋谷からならば教育センターのすぐ前が終点になる東急バス「渋05系統 鶴巻営業所行き」が便利です。

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『妖精ピリリとの三日間』西美音

妖精ピリリとの三日間
西美音
岩崎書店 いわさき創作童話
1365円
2009.10.19

★★★★☆

 良かった。
 大傑作というわけではないかもしれないけど、好みのタイプの話でした。

 これまでに読んだ福島正実記念SF童話賞の受賞作品の中では一番気に入りました。まず、テーマが妖精。ティンカーベルサイズの妖精が登場するのですが、この妖精、主人公には大きなセミに見えます。ちょっと変則ですがこれは小人テーマだろうと思いました。もっとも小人といっても人と積極的に会話する佐藤さとるの「コロボックル」シリーズやいぬいとみこの「木陰の家の小人たち」シリーズ、あるいは「借りぐらしの人々」シリーズのような人と意思の疎通が可能なミニチュアの人間ではありませんが。
 佐藤さとるはコロボックルシリーズの中やあとがきで「日本には小人の伝承が少ない」と書いていました。アイヌのコロボックル、日本神話のスクナヒコ、一寸法師くらいだと。ところがこの話の中には『天の夢光ゆめひかり』なる江戸時代の資料が登場します。な、なんと。やられた。和製の小人モノ(ミニ妖精)の資料なんて佐藤さとるでさえ見つけられなかったんだから他にはないに違いないと思い込んでいました。がーん。ところがGoogleや国文学研究資料館のデータベースから探してみてもこの『天の夢光』が見つかりません。うーん。資料自体が創作なのかな? でもありそうにも思える……。
 面白いと思ったのは小人話だからだけではありません。主人公の女の子は昆虫好きで、周囲の人にタガメだのヒトスジシマカだのと心のアダ名を奉っている子です。虫愛づる姫君=ナウシカ少女って感じでしょうか。同じものでも誰でも同じように見えるわけではない、という視点が導入され、次いで登場する友人や大人たちの物の見方も様々であることが示されます。たいていのお話では主人公の味方は全員同じ物の見方をするし、敵は敵でやはり価値観が統一されがちなのですが、このお話ではそれぞれ違う物の見方をします。この作者はすごい、と思いました。童話でそれを違和感なく表現できるなんて。目に見えるサイエンスはさほど濃くはないですが、この多様な視点・価値観には科学を感じました。文章にもウィットがあり……と具体例を紹介すると読みながら笑えなくなってしまうので伏せますが、とても好感を持てました。
 『妖精ピリリとの三日間』は第26回福島正実記念SF童話賞大賞。この回には私も投稿しましたが『ピリリ』が大賞ならば文句なし、と納得。この作者、他には童話を書いていないのかな。SF童話に相応しい視点と感性を持っていると思うのですが。

 少し不満だったのがイラスト。タガメ顔の友だちはもっとタガメで良いと思うのです。ヒトスジシマカの先生ももっと蚊っぽくて、白黒ストライプのスーツで「らしく」しちゃえば良かったのにな、と。

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『GIRL FRIENDS 5』森永みるく

20101112_2GIRL FRIENDS 5
森永みるく
双葉社アクションコミックス
630円
2010.11.12

★★★★☆

 『GIRL FRIENDS』完結。

 ま、まりが可愛い。なんだこの焼きもちの妬き方。妬いたり拗ねたりするのが可愛いってのは反則だよなー。現実では可愛く拗ねられる子ってあまりいない気がする。ちっちゃな子でさえ拗ねられても八割ぐらいは「うざ〜」と思ってしまうし高校生くらいになればたいていはもう可愛くも何とも……。ところがまりは、つつつ、と寄ってきてトス☁だもんなー。あっこじゃなくてもじたばたしてしまう。

 改めて一巻から読み直してみても嬉し恥ずかし漫画でゴロゴロ悶えてしまいます。意表をつく展開もなく、あっと驚くアイデアもなく、記号化された萌えで引っ張るわけでもなく。少女たちの日常とガール・ミーツ・ガールを描いただけなのですが、そんな素朴なお話を丁寧に綴ってこの幸せな結末。片思いもあったし擦れ違いもあったけどもう単純に良かった良かったと思ってしまう。百合漫画に関心のない人にはあるいは退屈なだけかもしれないし、もしかすると女性向けというよりは夢見る男子向けかもしれないけれど、性別を問わず思春期という時期に夢を持てる人にはお勧めしたいなー。

 『GIRL FRIENDS』で百合漫画が気に入った人には次のステップとして乙ひよりの『かわいいあなた』をお勧めしたいです。そしてタカハシマコの『乙女ケーキ』や志村貴子の『青い花』を。さらにもっと、という人には森島明子の『楽園の条件』も。とオススメをぞろそろ並べたくなるのはたぶんこの『GIRL FRIENDS』が百合漫画の入門としてとてもいい位置にある作品だからではないかと思います。

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『量子回廊 日本SF傑作選』

量子回廊 年刊日本SF傑作選
創元SF文庫
2010.7.27
1365円

★★★☆☆

 手に取った第一印象は「分厚い」でした。
 全体を通じての読後感は「う〜ん」。SFの苦難が詰まった一冊だな、と。

 傑作選と書かれている通り2009年に各所に掲載された国産SF短編を集めたものです。以下、ひとつずつ感想。


夢見る葦笛 上田早夕里

 冒頭の一文に違和感を感じてTwitterで呟いたところ著者ご本人から解説をいただきました。レスポンスが来て嬉しかったのですが、最初からもうちょっとかっちり噛み合った形になるような呟きにしておけば良かったな、と反省もしたのでした。

 全体の印象では「夢見る葦笛」は面白いお話でした。イソギンチャクのような歌う人間大の物体・イソアの謎解きのお話。このイソアのイメージ、私にはムーミンに出てくる特大ニョロニョロになりました。可愛い。


ひな菊 高野史緒

 高野史緒の音楽・歴史ネタはなんでこうツボを刺激して来るのだろう。「ひな菊」はスターリン時代末期のソ連が舞台の話。設定と描かれた時代の空気感だけでもうしびれました。ショスタコーヴィチ、遺伝形質の獲得、ルイセンコ、秘密警察。

 道具立てとその描写は非常に好みだったのですが、ストーリーとの共鳴具合が控えめな印象で読後感がもやっとしました。『ショスタコーヴィチの証言』 を読んでいるとより時代の空気を満喫できるかも。


ナルキッソスたち 森奈津子

 森奈津子らしいエロSF。今回はタイトルの通り自己愛者——自分自身を性的欲望の対象にする人々が登場するのですが、さらにその自己愛性指向を極限まで押し進めるSF。森奈津子の得意のエロスが炸裂、かと思いきや今回はアンチポルノ要素もあったり。


夕陽が沈む 皆川博子

 皆川博子らしい幻想掌編。今回一人、明らかに違う空気とバックボーンを感じさせてくれました。星新一のショートショート「骨」を彷彿とさせながら生命の価値をどこまでも重くしてしまった現代社会への皮肉を感じさせる部分がじんわり。


箱 小池昌代

 箱の中に箱の中に箱の中に……。“芸”は感じるけどSF傑作選に選ぶ話なのかな?


スパークした 最果タヒ

 編者の紹介の言葉に「その“わからなさ”が本編の魅力でもある」とありますがホントにわからない。難しくはなかったのに。白旗。


日下兄妹

 漫画。こういう淡々とした漫画があってもいいと思う。SF? 確かにSFだけれど情に訴えてくるシンプルなお話でセンス・オブ・ワンダーは感じなかった。


夜なのに 田中哲弥

 時間を混ぜ混ぜザッピング。カジュアルなタッチの文章と手法のバランスがいまいちだった気がする。末尾に添えられた「著者のことば」にある体験談の方が魅力的に思えてしまった。


はじめての駅で 観覧車 北野勇作

 う〜ん。よくわからない。いや、わかりづらい作品じゃないのだけれど、どう楽しめば良いのかがよくわからない。これも白旗。


心の闇 綾辻行人

 SFと言えなくもないけど著者が「まさか」と書いていたようにSFとして読むのはどうかな?と思った。著者が書いていたように奇談、怪談として読んだ方が違和感がないと思う。


確認済飛行物体 三崎亜記

 詳しく書くとネタバレになってしまうのでぼかしますが、形にするのに向かないアイデアの気がします。その難しいところに挑戦したのはわかるけれど、面白いのか面白くないのかよくわからないもや〜んとした読み心地に。


紙片50 倉田タカシ

 ツイッター小説をまとめたもの。これまでパソ通上で連載された小説とか2chのログを出版したものetc新メディアでは色々な動きがありましたが、どれもあまりぴんと来ない印象でした。ツイッターも呟かれた結果を紙媒体に持ってくると面白味が消えてしまうような。


ラビアコントロール 木下古栗

 タイトルの通りの内容。一応ストーリーはあるけどただタイトルのイメージのためだけの話に思えた。似たイメージを筒井康隆か誰かが書いていなかったかな。


無限登山 八木ナガハル

 漫画。図解・相対論、という感じでした。1974年刊の松本零士が挿絵を描いたブルーバックス『相対論的宇宙論』という本を思い出しました。

専門書を解説する手段としてではなく、それ自体を実用の域を超えたひとつの「数学マンガ」として確立させることができれば

『量子回廊』p.407 著者のことば 八木ナガハルより

とありますが、読んだ感触としては「解説本みたい」でした。


雨ふりマージ 新城カズマ

 これは最初よくわからなかった。内田美奈子の『ブーム・タウン』のような電脳世界にログインする話か現実の人物が電脳世界に移住する話なのかと思ったけれど実はそうではなくて、個人の日常を丸ごと電子化して垂れ流す話らしい。キャラクターたちに人権を与えるという話が絡んでちょっとややこしくなり——とデテール豊かに描かれる『電脳コイル』に近い世界。キャラクターの権利という話を中心に進むのかな、と思ったけれどそれもちょっと違ったのでした。この手の仮想世界ものはどうしても没入しづらいなー。これが今回の「SFの苦悩」を感じた第一号。


For a breath I tarry 瀬名秀明

 そしてこちらが「SFの苦悩」を感じた第二号。生命と機械の境界、シンギュラリティと投入されている素材はすごく好みだし描かれるデテールもめっちゃ好み。でもその素材の中から姿を現すのはとても陳腐なX-FILE。この後に読んだ円城塔の短編共々「なんでSFはこんなに行き詰まっているのだろう」という息苦しさに繋がりました。


バナナ剥きには最適の日々 円城塔

 今回一番好きだった話。
 「円城塔にもこんな読者フレンドリーな文章でのアプローチができるんだ」というのが第一印象。色々な小説に繋がりそうな言葉のカケラが散りばめられているのだけど「なんだっけ?」と思い出せない。ストーリーは宇宙をさすらう探査機の独白で構成されていて「なんにも起こらないんじゃない?」という気持ちが充満している話。それでもなお何かに期待せずにはいられないのが探査で、その期待だけが残されるというこれまたSFや科学の行き詰まりを感じました。ケヴィン・ケリーの“特異点”の話を思い出した。探査機に搭載された独白する人工知能は“特異点”のこちら側にある人工知能なのだな、と。


星魂転生 谷甲州

 これは来るべき第二次外惑星動乱。と思ってしまう久々の甲州節。タイトルは星魂転生で確かにそういう話ではあったのですが、話の中心になっていたのは亜光速で行われる恒星間戦闘の戦術。谷甲州の航空宇宙軍史の新作が読みたいな、と思わされると同時にやはりSFで宇宙戦闘を描かせたらピカ一だと感じたのでした。


あがり 松崎有理

 今回一番楽しみにしていたのがこの第一回創元SF短編賞受賞作。私は応募しなかったのですがネット上で関わりを持ったコミュニティ(2chのスレですが)で応募した方も多かったようで強い関心を持って読みました。
 アイデアはシンプル。ドーキンスの利己的な遺伝子論をベースにしたごくごく単純で基本的なアイデアで「どうしていままでこのアイデアで話が作られていなかったんだろう!」と思います。シンプルで正攻法。お話として読んでしまうとあっさりと納得してしまうので大きなアイデアに思えないかもしれませんが『量子回廊』に集められたプロの作品のどれよりも力のあるアイデアだと思いました。利己的な遺伝子論は概ね、実在の生物の生態を説明することにだけ用いられて、未来を予測することに使われることは稀だったと思うのです。
 ただし、アイデアの展開と物語がイマイチ。遺伝子を増やすのはいいけどどこに保存するの? 遺伝子は増やすだけで細胞の中で“命”を動かしていなくてもいいの? ドーキンスは遺伝子とDNAをイコールで結ぶことを避けてきたけどこの話では明確に塩基列に話を絞ってるけどいいの?と生物学の知識をあまり持っていない私でも突っ込みを入れたくなります。胎児や妊娠、セックス、研究室の同僚、研究室風景の細かなデテールと要素は多いですが、核になっているのはシンプルなアイデアひとつ。目一杯削り込んだショートショートにした方がずっと切れ味が鋭くなったような気がします。選評の中で

四百字詰めで百枚以内という規定枚数にとらわれて、全体の構成に破綻を来している応募作が目立った。百枚以内というのは百枚以下の適切な枚数という意味であって、なるべく百枚に近い作品という意味ではない。四十枚なり五十枚でまとめるのが相応しいストーリーなのに、八十枚、九十枚に近づけようとして余計なことを書き込み、結果としてバランスを崩しているものが多かったのは残念。

『量子回廊』第一回創元SF短編賞選考経過および選評 p.596-597 日下三蔵

とあるのは主に最終選考に残らなかった作品たちへの言葉だろうと思うけれど、この「あがり」も対象に含まれていたのではないでしょうか。


 冒頭に書いた「SFの苦難」を代表していたのは新城、瀬名、円城の三つ。そして巻末には創元SF短編賞の選評とともに2009年のSF概況がまとめられていてこれがとても勉強になりました。アンソロジーなんて、と敬遠している人には巻末の「二〇〇九年のSF界概況」だけでも覗いてみることをお勧めしたいです。
 トータルでは間違いなく楽しめたのですが、掲載作の中でアイデア的に新人賞受賞作が突出していたというのは商業SF傑作選としては悲しくはないか、とも感じました。技術的にはプロにアドバンテージを感じましたが。傑作選と銘打つのならアイデアの面でもプロたちにはもうひと頑張り欲しかった。

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『エレベーターは秘密のとびら』三野誠子

エレベーターは秘密のとびら
三野誠子
岩崎書店 いわさき創作童話
2010.8.7
1365円

★★★☆☆

 たまには童話の感想でも。
 第27回福島正実記念SF童話賞受賞作。

 タイトルを見て、表紙を見て「ふうん。ハウルの動く城の扉みたいなエレベーターかな」と思いました。読み始めてしばらくは確かにそんな感じ。「どっかで見たような話だな」とちょっと思いました。
 でも、それだけではありませんでした。不思議なエレベーターと遭遇した主人公は、同じように不思議に遭遇した二人の仲間を得ます。三人の女の子は夏休みの自由研究としてエレベーターの秘密に取り組むのです。

 福島正実記念SF童話賞はSFの文字が冠されていますが受賞作のSF比率は低めの印象です。宇宙人や幽霊は確かにSFジャンルで扱うものではありますがどちらかというとフシギの類。SFのSがサイエンスのSであることを感じさせてくれる科学の視点を持ったものは少ない気がします。今回の『エレベーターは秘密のとびら』も素材はフシギ寄りではあるのですが、謎解きの部分ではヒントから解明にいたるまでにすっきりとしたロジックがあって福島賞の「小学校中学年から読めて高学年でも楽しめる」と「SF」の要素を満たしていたように思います。設定はフシギで、ロジックの部分はミステリに近いのかな。非現実的な出来事にミステリの方法を持ち込むとSFになるということなのかもしれません。

 私の好みとしてはもっともっと科学の視点を!と思ったのでした。んでも、私自身で投稿作を書いてみても「予定していたよりサイエンスの香りがしないぞ」となってしまうので童話とサイエンスを融合させることは難しいものなのかも、なんて改めて思ったりもしました。

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変わり種招き猫が増える冬

20101106_1 招き猫にはシーズンがあります。十二月と一月のぼろ市と年末年始。冬場に集中して奉納所にはたくさんの招き猫が出現するのです。そして紅葉の十一月。文化財ウィークであることも重なってか、六日の土曜日には新顔の招き猫たちが増殖していました。人出が増えるはずのお盆の季節にはあまり増殖しません。お墓参りをするお寺としての豪徳寺と招き猫のお寺としての豪徳寺に来る層は重ならないということかな。

20101106_2 上の写真とこの写真の背後にあるミニ障子も奉納品セットの一部のよう。ん〜。どの招き猫の付属品だったのだろう。紅白の招き猫は首に同じ意匠のメッセージを下げているので夫婦雛風招き猫で障子付きだったのかな。屏風もありますね。

20101106_3 時折見かけるデザインの招き猫ですが首輪に鈴にチビ招き猫とゴージャス。

20101106_4 サテンの服がちょっぴりネグリジェ風? 黄色だとインドやネパールあたりのお坊さんの衣装っぽくもあります。

ぼくの顔をおたべよ! こっこれは!

「ぼくの顔をおたべよ!」

 といいそうな丸いお顔。ハンドメイドでしょうか。

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『薔薇だって書けるよ』売野機子

薔薇だって書けるよ―売野機子作品集
売野機子
白泉社
2010.3.26
750円

★★★★☆

 『楽園 Le Paradis』Tome3を読んで気になっていた売野機子の単行本、ようやく購入。店頭でも見つからず諦めかけていたのですが増刷された模様。うちに来たのは2010.10.10刷りの2刷でした。Amazonではマケプレ商品がプレミア価格ですがすでに入手難も解決されたのではないかと思います。

 表紙カバーは硫酸紙のような透ける紙。背景の窓の部分だけより透けるようになっていて、カバー下のカラー表紙に刷られた薔薇がうっすらと見えるアイデア装丁。この『薔薇だって書けるよ』は2010年3月末刊で当時まだ掲載誌は二号しか出ておらず「創刊間もない雑誌からいきなり単行本?」と不思議だったのですが、同人誌からの収録とweb増刊と描きおろしと速いペースで本にした模様。
 表題作「薔薇だって書けるよ」は憧れの少女・点子のハートを射止めた男の話。ところが結婚してみると点子は「珍奇・奇天烈・絶滅危惧種」の生活能力皆無でタイヘンな結婚生活に。あれよあれよと不幸にまっしぐら……。ところが点子は天使のようで読者としては惚れずにいられない。この「薔薇だって書けるよ」の一編だけでも単行本を買った価値があったと思いました。が、web掲載された三連作の「オリジン・オブ・マイ・ラヴ」、他三作のどれも好みという幸せな結果に。

 百合要素やBL要素もちょっぴりあることはあるのですが、概ね男女ものの恋愛です。SF要素もちょびっと。うーん。魅力はジャンルにあるのではなくて売野機子の醸し出す独特の雰囲気にあるみたい。どんな読者に勧めれば合うのかよくわからない。以前に感想を書いた『Girlish Sweet』も勧め方の難しいコミックでしたが、この『薔薇だって書けるよ』もどんな層に勧めれば良いのかわからない。『スピカ』や『ネムキ』が好みの読者向け……かな? 店頭に置いている店も少ないので「中身を見て」とも言いづらい。雑誌『楽園 La Paradis』には毎号掲載があるのでそちらに載っている売野機子の作品をチェックしてみるのがオススメ、かもしれません。

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HILARY HAHN HIGDON & TCHAIKOVSKY VIOLIN CONCERTOS

Higdon & Tchaikovsky Violin Concertos (輸入版)
Hilary Hahn
Deutsche Grammophon

★★★★☆

 国内盤が先行で2010.5.26に登場し、9月になってようやく海外盤が出たヒラリー・ハーンの新譜です。

 ヒグドン・ヴァイオリン協奏曲。ヒグドンって聞き慣れない作曲家ですが現代の人だそうです。ハーンが学んだカーティス音楽院の先生だとか。聴いてみると確かに現代的ではあるのですが、同時に古典的な印象でした。細かな音の並びは“現音”っぽいのに、メロディもよく聴くと“現音”っぽく捉えづらいヘンテコなのに、通俗的というか耳に馴染みやすいというか。曲の進行とともにイメージがいつの間にかまったく変わっていたりするあたりはやっぱり現音っぽいのかも。

 カップリング曲のチャイコフスキーは異色演奏。メロディアスで華やかでくねくねで煌やかに演奏されることの多いこの曲が、歯車のようにカチコチ駆動されています。音がつながるよう強弱・強弱と色彩をつけていくのがこの曲のスタンダードな演奏の気がするのですがそういった脚色が排されてみるとアララ? 実はチャイコンってすごく変な曲なのでは、と思えてきました。シベリウスのVn協と並んでハーンの有名曲風変わり録音になってる気がします。これはチャイコンの再発見っぽいアプローチかも。初演を依頼されたアウアーが「演奏不能」と拒否したのはこんな感じの素のチャイコンを頭の中で鳴らして気に入らなかったのかもしれません。スコアはアウアー版ではなくチャイコフスキー・オリジナル版に従っているとライナーノーツにありました。このオリジナル譜の選択もハーンらしい。おー。そういえばチャイコンの初演を行ったアドルフ・ブロツキー、ハーンの師匠であるヤッシャ・ブロツキーと関係あるのかな?
 一楽章はややゆっくりめに聴こえる寂しげな音。盛り上がりを避けている感じ。でも演奏時間を見てみるとオリジナル版の演奏時間としては特に長くない。リズムを揺らさないことで淡々と聞こえたということでしょうか。三楽章もあまり盛り上がらずにハーンの頑固職人めいた面が強調された気がします。イギリスに征服されたロシア@アルコール抜き、みたいな。

 チャイコンはやっぱりお風呂の鼻歌みたいなのがいいな、なんてちらりと思ってしまった一枚でした。

 ハーンが「カルメン」を弾いてもやっぱり既存のイメージから離れた演奏になるんだろうな。ハチャトリアンVn協もオイストラフの録音とはかけ離れたイメージのものになりそう。
 じゃあ、バルトークは?
 聴いてみたいです。すごく。

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『うのはな3姉妹 1』水谷フーカ

うのはな3姉妹 1
水谷フーカ
まんがタイムコミックス
2010.10.12
650円

★★★☆☆

 水谷フーカでは初めて読む四コマです。お話、楽しい。キャラも魅力的。なのに思ったほどハマれませんでした。なんでだ。ところが巻末の短編「ちびはな3姉妹」は一発で惹き付けられました。わずか8ページですが、ぐいぐいと。むぅ。つまりこれって画面構成力がすごいってこと? コマでかっちり分割されていると水谷マジックの効きが弱くなってしまう?

 『この靴しりませんか?』『GAME OVER』で水谷フーカのファンになった人には少し魅力の方向が違う四コマだと思うので店頭で軽く中身をチェックするのがオススメ。逆にこの『うのはな3姉妹 1』の巻末短編でぐっと来た人には前記二冊はオススメできると思います。

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