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東京都立図書館電子書籍体験モニター その2・近い未来

 都立図書館の電子書籍体験モニターに触れ、もし電子図書館システムで図書館の全蔵書が借りられるようになれば電子書籍市場には大打撃になると直感しました。

  1. 図書館のデメリットが消える
  2. 電子書籍は常に新品で汚れ・傷みがない
  3. 電子書籍とコピー制御
  4. 品揃え
  5. 何を貸し出すのか
  6. 認証

1.図書館のデメリット

 電子図書館では図書館のデメリットのひとつである「足を運ばないといけない」「返しにいくのが面倒」という部分が解消されていたことが想像以上にショックでした。特に、返却は読み終わって用が済んだ物の後始末なので億劫になりがち。現在の図書館は「返却に行った際にまた借りる」というループを作る利用者とまったく利用しないというタイプに二極分されているように思います。これが電子化によってこれまでまったく利用しなかったタイプの人が利用するようになる可能性が高いのではないでしょうか。

2.常に新品

 電子書籍は汚れていたり傷んでいたりすることがなく常にまっさら。ミステリを読んでも誰かの意地悪な書き込みで犯人をバラされたりもしないし、不快な汚れや切り抜きを目にすることもありません。逆に、図書館の紙書籍に書き込みをしたりするのはモラルに反することですが、電子書籍では付箋を貼ったり書き込みをしたりもできます。

3.電子書籍とコピー制御

 電子図書館を体験してみて一番に思ったのは「これは無料貸本屋だ」ということでした。上に挙げたように「新品同然の本を」「足を運ばずに」「自動返却で」利用できるのです。そして逆説的ですが、DRM(コピー制御)のつけられるであろう日本版Amazon KindleやApple iBook Store、Sharp GALAPAGOS、SONY Readerらの電子書籍サービスが実は貸本に過ぎないことが浮き彫りになります。
 コピー制御はサービスの提供元と通信して「使っていいよ」という許可を取る仕組みだからです。サービスが終了し、サービス提供元と通信できなくなってもしばらくは問題ないかもしれません。しかし、“購入した”電子書籍を納めてあるハードが老朽化し新ハードに更新しようとしたとき、サービスの提供元と通信できなければ購入した電子書籍たちは読むことのできないゴミデータと化します。
 もし、紙の書籍が、購入した店舗が潰れただけで本の中身が真っ白に消えてしまったらどう思いますか? ナンセンス!としか言いようがないはずです。
 これが図書館の本ならば元々自分の物ではなく公共の物を一時的に借りてきただけなので「借りて、返すまで読めれば良い」ためにDRMがかけられていても問題は起きませんし、図書館がサービスを停止したら読めなくなるのも当たり前のことです。ですが、販売店がコケただけで読めなくなるような電子書籍販売に納得できるかどうか。今のAmazonの様子からすると「コケるわけない」と思えますが、1994年以前には存在すらしていなかった企業です。
 図書館の電子化に接して見えてくるのは、電子書籍販売とのあまりの差異の少なさでした。

4.品揃え

 SharpのGALAPAGOSがスタート時点で揃える電子書籍の数は約3万点だとか。これは図書館の蔵書量としてみれば地域密着型の小規模図書館程度に過ぎません。SONYの電子書籍サービスもスタート時点で2〜3万点だそうです。ザウルス文庫やLIBRIeの時とコンテンツ量は同じですね。もちろん、公共の電子図書館も最初から紙書籍と同じだけの規模でスタートできるわけがないですが、稼働させるならば「市販の電子書籍をほぼ網羅する蔵書」を揃えるられると予想します。一冊3000円平均として100万冊を揃えたとしても30億円。全都民が利用する公共事業として高すぎるということはないでしょう。本代よりもアクセスに耐えるサイトの運営費の方が大変そうです。また、別項で触れますが、図書館のあり方にも響いてきそうです。

5.何を貸し出すのか

 東野圭吾のように現状の図書館を「無料貸本屋」として非難する立場の人がこの電子図書館モニターを体験すれば「貸出毎に著作権料を徴収せよ」との主張を強めるでしょう。既存の図書館のデメリットを解消していて、電子書籍販売にサービス内容の面で肉薄しています。そして著作権管理団体は著作権の徴収を支持するでしょう。これに対する解はいくつかあるはずです。思いつくままに挙げると……。

  • 貸出カウントに応じた著作権料を図書館に課金する。
  • 貸し出したコンテンツの種類・数に関わりなく図書館に定額課金する。
  • 現行のDVDやCDのレンタルのように“貸出用”の高価なデータを図書館に売る。
  • 現行の紙書籍と同じ枠組みを維持する。

 最後の物以外は「税金を食い物にして良いのか」という問題を生むのではないでしょうか。現在図書館で貸し出されているCDは三番目の選択をしていて市販CDの十倍近い値段で購入されているはずです。その慣行に準じて良い物なのか。
 「人気本の複数購入」とも同根であるような気がします。人気の最新刊を図書館が置く/貸し出す必要があるのか、無料貸本屋という指摘をどう考えれば良いのか。図書館が「娯楽」を提供しているのであればなぜ漫画やポルノは排除されているのか。単に教育用途を重視しているということで優先順位で漫画にまで手が回らないだけなのか。

 電子図書館の試みに接して「図書館ってなんだっけ?」と考える機会をもらったように思いますが、何を基準に考えれば良いのかもわからなくなってしまいました。

6.認証

 電子図書館は恐らくは出版社や著者の多くに脅威と見なされるでしょう。あまりに商品としての電子書籍と差異が少ないからです。ですが、今回体験した電子図書館としての仕組みは紙書籍の図書館を忠実に電子モデル化したものに過ぎません。つまり、電子図書館そのものには図書館としてマズイ点が見つからないのです。
 逆に電子書籍販売にこそ問題を感じます。なぜ、私的利用であってもコピーやバックアップができないのか。なぜ、販売店が潰れるだけで読めなくなってしまうのか。なぜ、IDとパスワードを失うだけで蔵書が丸ごと消えかねないのか。
 そもそもなぜDRM(コピー制御)がかけられているのか。
 ——理由は簡単。海賊版対策のはずです。データを暗号化して、解読するための鍵を電子書籍販売店が持っているから、私たちが購入するデータの多くは私たちだけで自由に扱うことができなくなっています。KindleであればKindleのハードウェアに隠された“鍵”がAmazonのサイトの代わりをしているのでネットに繋がっていなくても読みかけの本の続きを読めるし、過去に購入した本も読み返せます。でも“鍵”はあくまでもAmazonのもの。「買った」はずの電子書籍なのに。
 音楽でもパソコンとiPodを買い替え、IDとパスワードを忘れてしまって「買った」はずの音楽がどこかに消えたという経験をした人もいるはず。なぜこんなおかしなことになっているのか。

 答えは認証技術にあります。
 例えば、あなたがあなたであることを証明する絶対確実な方法はありますか? 身分証? それは偽造することが絶対に不可能なものですか? 指紋? 遺伝子? 網膜パターン? 静脈パターン? IDとパスワード? どれも偽造できます。あなたがあなたであることを証明する厳密な方法は、存在しません。日常においても、デジタルにおいても。
 ですがもしデジタルでそんな方法があれば、あなたはあなただけの鍵を持てます。あなたがあなたであることを証明できる何かは“ユニーク”な鍵となります。この場合のユニークは「二つとない」「唯一の」という意味です。
 そのユニークな鍵と現存の暗号技術を組み合わせます。すると、あなたは自由に利用できるけれど他の人には利用できないデータを作ることができます。
 今は夢の技術ですが、この技術が登場するまではデジタルデータの購入でICカードやパスワードに煩わされたり、不便を強いられるのは避けられないないでしょう。

 あるいはAmazonがMP3のダウンロード販売で挑戦しているように、DRMなしの電子書籍販売が主流になるとユーザは好きなハードウェアで自由に電子書籍を読めるようになり、電子図書館とも差別化できると思うのですが。
 携帯ゲーム機の海賊版(*1)の話などを聞くにつけ、海賊版対策は外せないという企業側の言い分もよくわかります。GALAPAGOSではDRMが搭載されるようですが、以前のZaurusやNetWalker向け電子書籍として売られていたXMDFはDRMなしでした。XMDFの海賊版が出回っているというニュースは聞きませんでしたが、人気&最新のタイトルが非常に少なかったことからするとコンテンツホルダー側は安心してデータを出せなかったということなのでしょう。


*1

PSPやNintendoDSでは海賊版コピーソフトを動かすための機器が出回り、アジア圏では事業展開が不可能な状態になっているらしい。日本でもかなりの普及してしまっているらしい。

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