カテゴリー「本の感想2010」の57件の記事

『クォンタム・ファミリーズ』東浩紀

クォンタム・ファミリーズ
東浩紀
新潮社
2009.12.8

★★☆☆☆

 昨年十一月頃に感想だけ書いて公開しそこねていました。

★ ★ ★

 東浩紀がTwitterで

『クォンタム・ファミリーズ』、SF大賞の候補にもならなかったー(泣)。

hiroki azuma on twitter

と呟いているのを見て「おー。自信作だったのだな」と読んでみました『クォンタム・ファミリーズ』。三島由紀夫賞も受賞した作品だとか。

 ところが読み始めてすぐに失敗を悟りました。平行宇宙世界テーマだったからです。私はタイムマシン物と平行宇宙世界物が苦手なのです。

 苦手、といっても読み始めてしまったら意地でも読み通したいもの。というわけでなんとか読了したのですが、やっぱり気に入らず。
 いや、出来はすごく良いです。核家族→量子家族クォンタム・ファミリーズというのもとんちが利いているし、投入される理屈や思想関連のワードはとんがった雰囲気で悪くないし、複数の平行世界を舞台に一方通行の作用を複数、相互作用する世界をひとつ用意して入り組んだストーリーを用意した構成力は素直に「すごい」と思いました。
 でもやっぱり平行世界への通路が量子コンピュータをゲートにガジェットや用語でそれらしく仕立ててはあっても古典的な平行世界物でしかないことにがっかりでした。平行世界というアイデアの陳腐さは隠しようがなかった、ということなのだと思います。
 嫌いな要素は平行世界だけではなく村上春樹ネタや趣味の悪い性描写、登場人物が揃ってにちゃんねら的なガサガサした荒廃したキャラであったりともうキライの塊。ここまで嫌いな物ばかり揃うと逆に清々しいくらい。エンターテイメントの甘い幻想を排した純文学!ということなのかもしれないですが、露悪趣味としか思えませんでした。文章もぼくはぼくはぼくはぼくはの連発で全体的に肌触りの粗い印象。
 と悪口を並べましたが、この『クォンタム・ファミリーズ』は間違いなく労作です。出来も、私の好みに合っていないだけでここ数年のSFの中ではすごく良いのではないかと思います。少なくとも投入された要素の膨大さ、構成の壮大さ、最後に向かって収束していく様は間違いなしの一級品。SF的アイデアで家族というテーマに真剣に取り組んでいることも確か。

 SF大賞に相応しい——ノミネートされるような作品か、といえばやっぱり違うような気はします。量子力学はコペンハーゲン解釈ではなく多世界解釈を採用しているようなのですが、その多世界が恣意的で量子力学の多世界解釈とはまったく違う。量子コンピュータも現在考えられている量子コンピュータとは相容れないし、作中でのあり方も多世界間を繋ぐトンネルとしてのご都合主義アイテムとして使われます。描写の雰囲気はハードですがハードSFではありません。
 SF大賞の歴代受賞作を眺めても功労賞的な位置づけの印象があるのでノミネートされても不思議はないとも思いました。文句なしの力作、大作ですし、日本SFの方向性への影響は大きい気はします。

 Amazonの書評では「途中からだんだん複雑な展開に頭がついてゆかなくなり」なんて評もありましたが、たぶんこれはがさがさした感触の文章に読み飽いてしまったのではないかと想像します。お話としてはさほど複雑ではないので、気張った専門用語風の××場とか××理論とかもあまり気にせず読んで問題ないはず。難しげですが、純エンタメです。

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『われら銀河をググるべきや』新城カズマ

われら銀河をググるべきや―テキスト化される世界の読み方
新城カズマ
ハヤカワ新書juice
2010.7.24
1050円

★★★☆☆

 横書きで、ブログの記事に書き下しを加え、会話形式の本。
 読んでみればこのタイトルも「なるほど」と思えますが、タイトルやサブタイトルから連想されるような硬派なトーンではなく、ネットワーカー的な言い回しやスラングがポンポン飛び出すお気軽な読み物の雰囲気です。読者にはかなり幅の広い知識を要求してきたりもして知識階層のバカ話風。内容としては“Googleの明日”って感じでしょうか。刺激の多い本です。
 Google Book Searchの騒動を発端に電子書籍2009〜2010年前半の今を追いかけたもの。主に海外の情勢を漁り、紹介しているのですが紹介と連想的分析に終わり論にまではなっていないのは著者が作家であって社会評論家や学者ではないから、かな。あるいは近いうちに小説の中で“論”に仕上げて来るのかもしれません。SFマガジンに掲載しているという短編がそれなのかな。この『われら銀河をググるべきや』はきっとその小説のプレリュードとなるのでしょう。楽しみ。

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『ぼくは恐竜造形家』荒木一成

ぼくは恐竜造形家
岩崎書店イワサキノンフィクション
2010.2.16
1365円

★★★★☆

 恐竜模型の造形師・荒木一成が子供向けに仕事を語った本。少年時代の恐竜や模型への目覚め、ひたすら模型作りに打ち込んできた日々。模型誌の誌上コンテストに作品を送り、海洋堂の伝説の日々に触れ、福井県立恐竜博物館の模型を作り、という恐竜模型人生を子供たちに向けて綴ります。

 すごく読みやすい、子供でもすらすら読める、とは言いません。文字は大きめで総ルビですし、難しくならないよう心を砕かれているのは感じ取れますが小学校中学年には少し読み難いかもしれません。どちらかというとゴツゴツとした不器用そうな文章です。でも、この本は子供たちに読まれて欲しい、と思いました。

 荒木一成は2008年にも『恐竜学ノート―恐竜造形家・荒木一成のこうすればかっこうよく作れる恐竜模型』という本を出しています。こちらは恐竜模型をゼロから作るためのハウツーが解説されたもの。なぜ、子供向けの本を立て続けに出し、子供向けのイベントを開いているのだろう、と不思議に思っていたのですが今回の『ぼくは恐竜造形家』を読んでわかりました。胸に迫りました。伝えたいことがあったからこうして本にしたのだ、と納得しました。
 たぶん、子供たちはネットで書評を眺めて読む本を探したりしないでしょう。なのでここでは小学生の子供を持つ親御さんにお勧めしたいです。この本はまず親が読んでみてください。模型が好きであったり恐竜が好きであったりする親御さんならばたぶん、子供に読ませてやりたくなるでしょう。荒木一成の、模型の素晴らしさに比べると少しばかり不器用な言葉と思いが詰め込まれています。

 きっとこの本は図書館で本領を発揮します。図書館の児童書コーナーには職業紹介本の企画台が作られたりします。小学校の図書館にも職業本のコーナーはできていた気がします。そんな場所で恐竜博士の子供に触れてもらうのを待つのが、この本の使命なのだと思います。
 一人でも二人でも荒木一成の志を受け取る子供が出てくると、いいな。

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『原色の想像力』

原色の想像力 (創元SF短編賞アンソロジー)
編:大森望、日下三蔵、山田正紀
創元SF文庫
2010.12.18
1155円

★★★★☆

 創元SF短編賞の最終選考作の中から選ばれた九編によるアンソロジー。選考座談会が載っているとのことで楽しみにしていたもの。『量子回廊』の「あがり」選評が詳しかったこともあって期待していたのでした。


うどん キツネつきの 高山羽根子

 捨てられていた動物を拾ってきて、という話。読ませる語り口でうまいと思ったけど、お話のボリュームの割に登場人物が多めで「え? 誰?」と馴染んだ頃にはおしまい、ともったいない感じ。SF成分は薄いように思う。


猫のチュトラリー 端江田仗

 介護ロボットのユズノが猫を拾ってきたところから話が始まる。認識論めいたものをキャラにしゃべらせてきてこれはロボットや人工知能の最前線を追った話になったり?とちょろっと思ったところであっさり終了。肩すかしの感じもしないでもなかったけれど、何かが起きる引き金がこのあたりにあるかもよ、と予感を覚えさせるこぢんまりとした可愛い話ということで印象は良かった。大賞にはなれないタイプの話だけれど、アンソロジーの一編としてはアリ。


時計じかけの天使 永山驢馬

 冒頭の「いじめ対象型アンドロイド」という設定ですべてを物語ってしまっているかも。いじめを扱った小説はたとえ最後に救いがあってもいじめシーンを読むだけで苦痛です。SFとなれば人間性を根本から否定するようなオチが待っているケースも多いし。これもきっと、と思いつつ読むとやっぱり辛い。結末はともかく読み進めるのが苦痛でした。と同時に作者とはちょっぴり共通する属性を持っているんだな、などとも思ったりも。がっちり読ませる筆力が魅力。アイデアは割とオーソドックスかな。


人魚の海 笛地静恵

 南国の島国の巨人女性の出てくるファンタジー。複数視点を移動していく三人称なのだけれど、各視点での心理描写をしていることもあって切り替えに戸惑う。土臭いファンタジーの香りはすごくよく出てる。


かな式 まちかど おおむら しんいち

 プロフィールからして笑いを取りに来ている。ひらがなの「て」の自省から始まるのも気が利いてる。ストーリーは割とどうでもいい気はする。これはもう“かな”の擬人化をまじめくさって追いかけていくというそれだけで面白い。文字を単に擬人化、ということであればアニメーションとして文字を動かしてみたりするのは昔からあったけれど、「て」自身がなんで「て」なんだろうと悩むあたりに新しさを感じた。


ママはユビキタス 亘星恵風

 SFっぽさはすごく濃かったんだけど読みづらかった。文章そのものは平易。登場するSFガジェットもなかなか。宇宙探査ネタ。と、割と好きなはずの話なのだけれど、読んでいて文を追うのが苦痛になってしまった。メリハリがない感じ。


土の塵 山下敬

 ネタバレせずに紹介するのが難しい。割とスタンダードなネタで読みやすい文章、オチに示されるものも割とスタンダード。読んでいるときの印象では陳腐さはないのだけれど、読み終えてみるとあまり新しくなかったかな、と思う。


盤上の夜 宮内悠介

 囲碁モノ。囲碁自体がよくわからないながら迫力を感じる文体だった。音韻が整っていて語呂がいい。時代物の名作みたい。SFらしい人間性ぶっとばし設定もイイ。『プシスファイラ』『競馬の終わり』に近い特殊ジャンル物だと思います。疑問に感じたのは一点だけ。
 なんでこれが大賞じゃなかったの?


さえずりの宇宙 坂永雄一

 Twitterっぽいというか2chっぽいというか。パベルの図書館ネタなのだけれど二つのバベルの図書館があって、量子力学で世界を混沌とさせて、図書館戦争って感じで、HDDのフラグメントみたいな印象でした。文章からイメージがうまく立ち上がらなくて読むのに苦労しました。投入されているネタにはあちこちに親近感が持てるものの、話自体、描かれるイメージに今ひとつ共感できなかった。


ぼくの手のなかでしずかに 松崎有理

 「あがり」で創元SF短編賞大賞に輝いた著者の受賞後第一作。これはちょうどニュースでやっていた「飢餓状態のちょっと手前を維持すると長命」というマウスの実験データを元イメージにした話だと思います。ご都合主義的展開をあえて裏切るストーリー。『アルジャーノン』を連想させられてあれあれどうなるの、となったところで「お?」と。作者の得意な研究室の風景。「あがり」よりずっと隙がなくていきなりプロっぽくなった作風。


最終選考座談会

 すごく楽しそうな座談会。大森望と日下三蔵の間で良い感じで火花が散っていて、山田正紀は外部選考委員として候補は絞ったもののあまり主張はせず。創元側の編集者がうまく司会役、というか大森×日下論争組を捌いていました。これは良い具合に機能した選考メンバーかも。創元SF短編賞に応募するなら『量子回廊』の「あがり」選評と合わせて読んでおくことをお勧めしたい内容です。


 座談会のなかで


山田 (略)ただぼくは正直、量子力学的な話にはうんざりしていて。「どうしてどいつもこいつもそういうものしか書かないんだ」と。それがまた受賞対象になり、またしばらくこの世界が続くのかと思うと……。

大森 神林長平さんも先日、「かくも無数の悲鳴」(川出文庫『NOVA2』所収)に添えたメールで、同じようなことをおっしゃってました(笑)。

『原色の想像力』p.478 最終選考座談会より


とあっておおいに頷いてしまいました。物語の枠を壊す仕掛けとして強力に機能しすぎて納得できなくなってしまう話が多い気が。


 トータルでの印象は「プロっぽくない」でした。新人たちのアンソロということになるので当然かな。『量子回廊』や『NOVA』シリーズのようなプロ作品を詰め込んだ短編集と比べると完成度は低かった印象。一方でプロたちがどこか似たり寄ったりの感性となってしまっているのに対しバリエーションの豊かさではタイトル通り『原色の想像力』が感じられました。これは命名が秀逸。
 少しだけ残念であったのがSFとしての役割。「最新科学知識」「未来の社会」「未来の技術」「科学の可能性」を提示している王道作品が少なかったこと。SFのコアになるような正攻法の作品がもっとあっても良かった。編者は「豊作」を強調していて確かにその通りなのですが、主食を欠いた趣味の農園が豊作という感じ。でもそのパラエティに飛んでいることこそがSFなのかもしれません。

関連リンク

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『新しい物性物理』伊達宗行

新しい物性物理
伊達宗行
講談社ブルーバックス
2005.6.21
1092円

★★★☆☆

 先に読んだ『極限の科学』は物性物理の応用面を具体的に紹介していたこともあって興味深く読めたのですが、今回の『新しい物性物理』は高校物理の基礎となる原子論から入り、イオン結合やら水素結合やらを説明し——と進んでいくものの「こういうものだ」というのがずらずらっと並べられるだけで数式を丸ごとすっ飛ばしてしまうので、それぞれの法則の間の関係性が見えずに「なぜ?」が解消しません。電子のスピンを計算抜きで納得させようというのは相当に無理があると思ったのでした。
 物理学や数学は平均以下の能力しか持たない私のような人間は「まず導出の数式を追いかける。それから演習問題を解いて慣れる。わからなくてもとりあえず模範解答を見ながら解いて慣れる」で感覚的な理解に達してきたようです。ニュートン物理学もそうです。計算して、演習を解いて。実験で数式に近い結果が出ればさらに感覚的に「うんうん」と納得する。たぶん、説明だけで理解できるのは才能のある人だけなのです。あるいはそれまで自分が身につけた世界観のアナロジーが適用できる場合だけ。
 学生時代にもあまり原子論関係は得意でなかったこともあったせいか「言葉の説明だけで理解するスピントロニクス」というこの本のアプローチからは見事に落ちこぼれてしまったのでした。う〜ん。悔しいな。

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『極限の科学』伊達宗行

極限の科学 低温・高圧・強磁場の物理
伊達宗行
講談社ブルーバックス
924円
2010.2.19

★★★★☆

 SF小説を書いている途中でわからないことがあって調べものをしていたらちょうど良さそうな内容だったので読んでみました。面白い。夢中で読んでしまった。

 この本は『新しい物性物理』の続編として書かれたもの。

 第一章「極限序説」では様々な物理量の極限の例を示します。第二章以降への大まかな視点を与える導入部。第二章「温度の世界」では低温物理の世界を紹介。どうやって低温を作り出してきたかの歴史の説明と低温ならではの物理現象の説明。特に超流動については詳しく説明している。高温側の話がなかったのが残念。第三章では圧力。プレス機みたいなものから爆発を利用した一瞬の実験まで。第四章は磁場の世界。これは著者自身が関わった強磁界チャレンジが紹介されていたりして熱かった。第五章は「宇宙の極限物性」と題して白色矮星や中性子星で起きているはずの物理現象を解説。超流動の中性子とか、もう想像するのも難しい世界。なんでそんな超高圧の世界のことがわかるんだ、と目が丸くなります。圧力が大きすぎて全部中性子になっちゃうから逆に単純で予想できるようになる……のかな?

 話の展開もわかりやすく、極限環境のおもしろい物性を具体的に紹介していて飽きさせずに惹き付けてくれます。前著『新しい物性物理』から読むべきだったのかもしれませんが結果として問題なし。前後が逆になりましたが『新しい物性物理』も探して読んでみようと思います。

 本は面白かったのですが書きかけのSFの設定がダメダメであることが露見してしまいました。う〜ん。素粒子の話と繋がる物性物理は知識が手薄だったことに今更気づかされる結果に。SF、かなり手直しないとダメだ〜。


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『世界恐竜発見史』ダレン・ネイシュ

世界恐竜発見史―恐竜像の変遷そして最前線
著:ダレン・ネイシュ
監訳:伊藤恵夫
ネコパブリッシング
2010.8.31
4980円

★★★☆☆

 大型のずっしり来る本です。図鑑サイズのハードカバー。厚みが25mm。192ページ。フルカラー。イラストと写真を満載して目で見ても楽しい本。文章の方はちょっと翻訳調の堅い部分もありますが、用語にはルビや図解もつくのでマニアでなくても楽しめると思います。小学生くらいの読者にはちょっと厳しそうです。

 最近は恐竜研究史を振り返る類の本が多いような気がするのですが、大ヒット本でもあったのかな?

 この図鑑は19世紀から現代までの恐竜発見の歴史を追いながら恐竜像の変遷も追っていきます。バックランドのメガロサウルス、マンテルのイグアノドンあたりは恐竜発見の最初期でも有名な例ですし、その当時のトカゲのような復元画も見覚えのあるものですが、ヒラエオサウルスと聞いても「どんなのだっけ?」とぴんとこなかったりします。ケティオサウルスというのも名前を見ても姿が思い浮かびませんでした。そんな恐竜研究の初期に見つけられていながら、今ではあまりメディアに載らなくなってしまった恐竜たちがぞろぞろ。
 20世紀に入ると恐竜たちの名前に見覚えのあるものが増えてきます。ティランノサウルス、アンキロサウルス、スティラコサウルス、etc。馴染みのある顔ぶれであれば理解もしやすくなるということで、この本は一般的な読者には前半よりも後半の方が読みやすくなると思います。解説はあっさりの部分とマニアックな部分が混在している感じ。
 値段の張る本ですし、ビジュアル要素が強く訴求するので店頭で実本を手に取ってみるのがオススメです。

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『妖精ピリリとの三日間』西美音

妖精ピリリとの三日間
西美音
岩崎書店 いわさき創作童話
1365円
2009.10.19

★★★★☆

 良かった。
 大傑作というわけではないかもしれないけど、好みのタイプの話でした。

 これまでに読んだ福島正実記念SF童話賞の受賞作品の中では一番気に入りました。まず、テーマが妖精。ティンカーベルサイズの妖精が登場するのですが、この妖精、主人公には大きなセミに見えます。ちょっと変則ですがこれは小人テーマだろうと思いました。もっとも小人といっても人と積極的に会話する佐藤さとるの「コロボックル」シリーズやいぬいとみこの「木陰の家の小人たち」シリーズ、あるいは「借りぐらしの人々」シリーズのような人と意思の疎通が可能なミニチュアの人間ではありませんが。
 佐藤さとるはコロボックルシリーズの中やあとがきで「日本には小人の伝承が少ない」と書いていました。アイヌのコロボックル、日本神話のスクナヒコ、一寸法師くらいだと。ところがこの話の中には『天の夢光ゆめひかり』なる江戸時代の資料が登場します。な、なんと。やられた。和製の小人モノ(ミニ妖精)の資料なんて佐藤さとるでさえ見つけられなかったんだから他にはないに違いないと思い込んでいました。がーん。ところがGoogleや国文学研究資料館のデータベースから探してみてもこの『天の夢光』が見つかりません。うーん。資料自体が創作なのかな? でもありそうにも思える……。
 面白いと思ったのは小人話だからだけではありません。主人公の女の子は昆虫好きで、周囲の人にタガメだのヒトスジシマカだのと心のアダ名を奉っている子です。虫愛づる姫君=ナウシカ少女って感じでしょうか。同じものでも誰でも同じように見えるわけではない、という視点が導入され、次いで登場する友人や大人たちの物の見方も様々であることが示されます。たいていのお話では主人公の味方は全員同じ物の見方をするし、敵は敵でやはり価値観が統一されがちなのですが、このお話ではそれぞれ違う物の見方をします。この作者はすごい、と思いました。童話でそれを違和感なく表現できるなんて。目に見えるサイエンスはさほど濃くはないですが、この多様な視点・価値観には科学を感じました。文章にもウィットがあり……と具体例を紹介すると読みながら笑えなくなってしまうので伏せますが、とても好感を持てました。
 『妖精ピリリとの三日間』は第26回福島正実記念SF童話賞大賞。この回には私も投稿しましたが『ピリリ』が大賞ならば文句なし、と納得。この作者、他には童話を書いていないのかな。SF童話に相応しい視点と感性を持っていると思うのですが。

 少し不満だったのがイラスト。タガメ顔の友だちはもっとタガメで良いと思うのです。ヒトスジシマカの先生ももっと蚊っぽくて、白黒ストライプのスーツで「らしく」しちゃえば良かったのにな、と。

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『量子回廊 日本SF傑作選』

量子回廊 年刊日本SF傑作選
創元SF文庫
2010.7.27
1365円

★★★☆☆

 手に取った第一印象は「分厚い」でした。
 全体を通じての読後感は「う〜ん」。SFの苦難が詰まった一冊だな、と。

 傑作選と書かれている通り2009年に各所に掲載された国産SF短編を集めたものです。以下、ひとつずつ感想。


夢見る葦笛 上田早夕里

 冒頭の一文に違和感を感じてTwitterで呟いたところ著者ご本人から解説をいただきました。レスポンスが来て嬉しかったのですが、最初からもうちょっとかっちり噛み合った形になるような呟きにしておけば良かったな、と反省もしたのでした。

 全体の印象では「夢見る葦笛」は面白いお話でした。イソギンチャクのような歌う人間大の物体・イソアの謎解きのお話。このイソアのイメージ、私にはムーミンに出てくる特大ニョロニョロになりました。可愛い。


ひな菊 高野史緒

 高野史緒の音楽・歴史ネタはなんでこうツボを刺激して来るのだろう。「ひな菊」はスターリン時代末期のソ連が舞台の話。設定と描かれた時代の空気感だけでもうしびれました。ショスタコーヴィチ、遺伝形質の獲得、ルイセンコ、秘密警察。

 道具立てとその描写は非常に好みだったのですが、ストーリーとの共鳴具合が控えめな印象で読後感がもやっとしました。『ショスタコーヴィチの証言』 を読んでいるとより時代の空気を満喫できるかも。


ナルキッソスたち 森奈津子

 森奈津子らしいエロSF。今回はタイトルの通り自己愛者——自分自身を性的欲望の対象にする人々が登場するのですが、さらにその自己愛性指向を極限まで押し進めるSF。森奈津子の得意のエロスが炸裂、かと思いきや今回はアンチポルノ要素もあったり。


夕陽が沈む 皆川博子

 皆川博子らしい幻想掌編。今回一人、明らかに違う空気とバックボーンを感じさせてくれました。星新一のショートショート「骨」を彷彿とさせながら生命の価値をどこまでも重くしてしまった現代社会への皮肉を感じさせる部分がじんわり。


箱 小池昌代

 箱の中に箱の中に箱の中に……。“芸”は感じるけどSF傑作選に選ぶ話なのかな?


スパークした 最果タヒ

 編者の紹介の言葉に「その“わからなさ”が本編の魅力でもある」とありますがホントにわからない。難しくはなかったのに。白旗。


日下兄妹

 漫画。こういう淡々とした漫画があってもいいと思う。SF? 確かにSFだけれど情に訴えてくるシンプルなお話でセンス・オブ・ワンダーは感じなかった。


夜なのに 田中哲弥

 時間を混ぜ混ぜザッピング。カジュアルなタッチの文章と手法のバランスがいまいちだった気がする。末尾に添えられた「著者のことば」にある体験談の方が魅力的に思えてしまった。


はじめての駅で 観覧車 北野勇作

 う〜ん。よくわからない。いや、わかりづらい作品じゃないのだけれど、どう楽しめば良いのかがよくわからない。これも白旗。


心の闇 綾辻行人

 SFと言えなくもないけど著者が「まさか」と書いていたようにSFとして読むのはどうかな?と思った。著者が書いていたように奇談、怪談として読んだ方が違和感がないと思う。


確認済飛行物体 三崎亜記

 詳しく書くとネタバレになってしまうのでぼかしますが、形にするのに向かないアイデアの気がします。その難しいところに挑戦したのはわかるけれど、面白いのか面白くないのかよくわからないもや〜んとした読み心地に。


紙片50 倉田タカシ

 ツイッター小説をまとめたもの。これまでパソ通上で連載された小説とか2chのログを出版したものetc新メディアでは色々な動きがありましたが、どれもあまりぴんと来ない印象でした。ツイッターも呟かれた結果を紙媒体に持ってくると面白味が消えてしまうような。


ラビアコントロール 木下古栗

 タイトルの通りの内容。一応ストーリーはあるけどただタイトルのイメージのためだけの話に思えた。似たイメージを筒井康隆か誰かが書いていなかったかな。


無限登山 八木ナガハル

 漫画。図解・相対論、という感じでした。1974年刊の松本零士が挿絵を描いたブルーバックス『相対論的宇宙論』という本を思い出しました。

専門書を解説する手段としてではなく、それ自体を実用の域を超えたひとつの「数学マンガ」として確立させることができれば

『量子回廊』p.407 著者のことば 八木ナガハルより

とありますが、読んだ感触としては「解説本みたい」でした。


雨ふりマージ 新城カズマ

 これは最初よくわからなかった。内田美奈子の『ブーム・タウン』のような電脳世界にログインする話か現実の人物が電脳世界に移住する話なのかと思ったけれど実はそうではなくて、個人の日常を丸ごと電子化して垂れ流す話らしい。キャラクターたちに人権を与えるという話が絡んでちょっとややこしくなり——とデテール豊かに描かれる『電脳コイル』に近い世界。キャラクターの権利という話を中心に進むのかな、と思ったけれどそれもちょっと違ったのでした。この手の仮想世界ものはどうしても没入しづらいなー。これが今回の「SFの苦悩」を感じた第一号。


For a breath I tarry 瀬名秀明

 そしてこちらが「SFの苦悩」を感じた第二号。生命と機械の境界、シンギュラリティと投入されている素材はすごく好みだし描かれるデテールもめっちゃ好み。でもその素材の中から姿を現すのはとても陳腐なX-FILE。この後に読んだ円城塔の短編共々「なんでSFはこんなに行き詰まっているのだろう」という息苦しさに繋がりました。


バナナ剥きには最適の日々 円城塔

 今回一番好きだった話。
 「円城塔にもこんな読者フレンドリーな文章でのアプローチができるんだ」というのが第一印象。色々な小説に繋がりそうな言葉のカケラが散りばめられているのだけど「なんだっけ?」と思い出せない。ストーリーは宇宙をさすらう探査機の独白で構成されていて「なんにも起こらないんじゃない?」という気持ちが充満している話。それでもなお何かに期待せずにはいられないのが探査で、その期待だけが残されるというこれまたSFや科学の行き詰まりを感じました。ケヴィン・ケリーの“特異点”の話を思い出した。探査機に搭載された独白する人工知能は“特異点”のこちら側にある人工知能なのだな、と。


星魂転生 谷甲州

 これは来るべき第二次外惑星動乱。と思ってしまう久々の甲州節。タイトルは星魂転生で確かにそういう話ではあったのですが、話の中心になっていたのは亜光速で行われる恒星間戦闘の戦術。谷甲州の航空宇宙軍史の新作が読みたいな、と思わされると同時にやはりSFで宇宙戦闘を描かせたらピカ一だと感じたのでした。


あがり 松崎有理

 今回一番楽しみにしていたのがこの第一回創元SF短編賞受賞作。私は応募しなかったのですがネット上で関わりを持ったコミュニティ(2chのスレですが)で応募した方も多かったようで強い関心を持って読みました。
 アイデアはシンプル。ドーキンスの利己的な遺伝子論をベースにしたごくごく単純で基本的なアイデアで「どうしていままでこのアイデアで話が作られていなかったんだろう!」と思います。シンプルで正攻法。お話として読んでしまうとあっさりと納得してしまうので大きなアイデアに思えないかもしれませんが『量子回廊』に集められたプロの作品のどれよりも力のあるアイデアだと思いました。利己的な遺伝子論は概ね、実在の生物の生態を説明することにだけ用いられて、未来を予測することに使われることは稀だったと思うのです。
 ただし、アイデアの展開と物語がイマイチ。遺伝子を増やすのはいいけどどこに保存するの? 遺伝子は増やすだけで細胞の中で“命”を動かしていなくてもいいの? ドーキンスは遺伝子とDNAをイコールで結ぶことを避けてきたけどこの話では明確に塩基列に話を絞ってるけどいいの?と生物学の知識をあまり持っていない私でも突っ込みを入れたくなります。胎児や妊娠、セックス、研究室の同僚、研究室風景の細かなデテールと要素は多いですが、核になっているのはシンプルなアイデアひとつ。目一杯削り込んだショートショートにした方がずっと切れ味が鋭くなったような気がします。選評の中で

四百字詰めで百枚以内という規定枚数にとらわれて、全体の構成に破綻を来している応募作が目立った。百枚以内というのは百枚以下の適切な枚数という意味であって、なるべく百枚に近い作品という意味ではない。四十枚なり五十枚でまとめるのが相応しいストーリーなのに、八十枚、九十枚に近づけようとして余計なことを書き込み、結果としてバランスを崩しているものが多かったのは残念。

『量子回廊』第一回創元SF短編賞選考経過および選評 p.596-597 日下三蔵

とあるのは主に最終選考に残らなかった作品たちへの言葉だろうと思うけれど、この「あがり」も対象に含まれていたのではないでしょうか。


 冒頭に書いた「SFの苦難」を代表していたのは新城、瀬名、円城の三つ。そして巻末には創元SF短編賞の選評とともに2009年のSF概況がまとめられていてこれがとても勉強になりました。アンソロジーなんて、と敬遠している人には巻末の「二〇〇九年のSF界概況」だけでも覗いてみることをお勧めしたいです。
 トータルでは間違いなく楽しめたのですが、掲載作の中でアイデア的に新人賞受賞作が突出していたというのは商業SF傑作選としては悲しくはないか、とも感じました。技術的にはプロにアドバンテージを感じましたが。傑作選と銘打つのならアイデアの面でもプロたちにはもうひと頑張り欲しかった。

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『エレベーターは秘密のとびら』三野誠子

エレベーターは秘密のとびら
三野誠子
岩崎書店 いわさき創作童話
2010.8.7
1365円

★★★☆☆

 たまには童話の感想でも。
 第27回福島正実記念SF童話賞受賞作。

 タイトルを見て、表紙を見て「ふうん。ハウルの動く城の扉みたいなエレベーターかな」と思いました。読み始めてしばらくは確かにそんな感じ。「どっかで見たような話だな」とちょっと思いました。
 でも、それだけではありませんでした。不思議なエレベーターと遭遇した主人公は、同じように不思議に遭遇した二人の仲間を得ます。三人の女の子は夏休みの自由研究としてエレベーターの秘密に取り組むのです。

 福島正実記念SF童話賞はSFの文字が冠されていますが受賞作のSF比率は低めの印象です。宇宙人や幽霊は確かにSFジャンルで扱うものではありますがどちらかというとフシギの類。SFのSがサイエンスのSであることを感じさせてくれる科学の視点を持ったものは少ない気がします。今回の『エレベーターは秘密のとびら』も素材はフシギ寄りではあるのですが、謎解きの部分ではヒントから解明にいたるまでにすっきりとしたロジックがあって福島賞の「小学校中学年から読めて高学年でも楽しめる」と「SF」の要素を満たしていたように思います。設定はフシギで、ロジックの部分はミステリに近いのかな。非現実的な出来事にミステリの方法を持ち込むとSFになるということなのかもしれません。

 私の好みとしてはもっともっと科学の視点を!と思ったのでした。んでも、私自身で投稿作を書いてみても「予定していたよりサイエンスの香りがしないぞ」となってしまうので童話とサイエンスを融合させることは難しいものなのかも、なんて改めて思ったりもしました。

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