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『濡れた心』多岐川恭

 『コミック百合姫』2011年3月号のヒメレコ——編集者のオススメコーナーで副編集長のぱいん氏が勧めていた小説が今回の紹介する多岐川恭の『濡れた心』。

 『濡れた心』は昭和52年の乱歩賞受賞作。昭和52年って……1977年だ。しかも舞台は1956年。登場人物たちの言葉遣いも地の文も、思いっきり昭和の空気が漂います。ジャンルはミステリ。互いに惹かれ合う美しい娘たち典子と寿利。典子の友人である堅物のトシ。コケティッシュな魅力を周囲に振りまく典子は男たちも引き付けずにはいられず、情の濃さと流されやすさで事態を複雑な方向へとエスカレートさせてしまう。コツコツと積み上げられていく動機。やがて起こる殺人。思わぬところ——あるいは最もそれらしいところから浮かび上がってくる真犯人。部分的に「え〜っ、ここ強引なんじゃ」と思う場所がないわけでもないですが、次第に深まっていく典子と寿利の関係に百合オタは「コレダ!」と叫ばずにはいられないはず。
 ただし、典子がコケット(扇情的・色っぽい女)という設定で『マリみて』や今の百合漫画のほとんどのように男にふらふらしないキャラではなく揺らいでしまう性格を与えられていて、百合オタ的視点からすると「ちょっ、こらっ、典子っ!」とやきもき……というかイライラさせられるかもしれません。
 ミステリとしてはパズラー的要素よりも心情描写が優先されるロジックのあまりタイトでないタイプ、かな。殺人前の動機が高まっていく描写が秀逸で「ああ、コイツ殺されるよね」と納得させられる展開の中で見事に被害者が出て、捜査の過程でさらに人間関係が濃密になっていきます。描写は細かく切り分けられた登場人物たちそれぞれの日記というか述懐を繋いだ乱歩賞らしいもの。時代背景は『となりのトトロ』の作中と同じ頃、といえばわかりやすいでしょうか。文章の昭和の香りは戦前の小説を読むよりもよほど時代を感じると思います。

 たぶんもう新刊書店では手に入らないと思います。私は図書館で探して読みました。

 大場久美子主演で『大場久美子 濡れた心 ~レズビアン殺人事件~』というタイトルで映像化もされていた模様。う〜む。サブタイトルがあんまりな感じがいかにもテレビドラマだなー。

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