『小惑星探査機はやぶさ』川口淳一郎
カラー版 小惑星探査機はやぶさ ―「玉手箱」は開かれた
川口淳一郎
中公新書
2010.12
987円
★★★★☆
“はやぶさ”の話は感動せずにはいられない。
小惑星探査機はやぶさのプロジェクトマネージャ・川口淳一郎本人の手によるはやぶさ本。
最初に「感動せずにはいられない」と書きましたがこの感動は火星探査機“のぞみ”のときにも感じた種類のもので、たぶん“はやぶさ”が地球に帰還できずとも、流星になって燃え尽きずとも感じたであろうものでした。
私は“はやぶさ”の美談化が苦手です。満身創痍で一生懸命帰ってきて、最後に地球の姿を捉え、流星になったから“はやぶさ”は感動的なのではないのだと反感を覚えてしまいます。オーストラリアの上空で美しい光の筋になったから? 何年もかけて苦労して帰り着いたから? 結果オーライの天体ショウを感動に結びつけて煽るのは愛国美談で若者を戦場に送り出した前の戦争と同じ構図になっていやしませんか? と。反動はすぐに来ました。金星探査機“あかつき”の失敗を受けてのジャーナリズムの叩きです。
“はやぶさ”に私が涙したのは最高の技術者たちが最善を尽くしてトラブルのリカバリーに当たり、破綻しかけたプロジェクトをなんとか失敗ではないところまで引き戻したがゆえの感動です。ウーメラの上空で光の筋になったのは最後のダメ押しで、感動の源は地球に再突入するまでのプロセスにありました。なのに最後だけ騒いでお涙頂戴のドラマに仕立てて、とメディアやネットの反応を腹立たしく思った天の邪鬼です。すいません。
私の周囲で帰還動画を見て“はやぶさ”を知った人たちは“はやぶさ”の探査したイトカワが小惑星帯にあると思っている人が多かったです。アポロ群地球近傍小惑星、といってもぴんと来ないようで、一番太陽に近づくときは地球よりちょっと内側まで、太陽から一番遠ざかるときは火星のちょっと外側までの割と細長い楕円軌道に乗っているんだ、と説明してみても反応が薄い……。いわゆる小惑星帯——メインベルトはさらに遠いのです。
今回のこの『小惑星探査機はやぶさ』でもイトカワの軌道についてはあまり詳しく説明はありませんが、見開きの左側ページ下にパラパラ漫画のようにミッション期間中の太陽・地球・イトカワ・はやぶさの位置関係が図示されています。“はやぶさ”が実際にどこを飛んだのかはこのパラパラ図を眺めていけばはっきりとわかります。帰路の大トラブルから帰還までの間に、実は一度地球公転軌道付近にまで降りてきていたことを知ると「ほえ〜」と不思議に思える方が多いのではないでしょうか。その不思議の中に宇宙の面白さがあります。高校物理で勉強する簡単な法則ですが、日常の感覚だとわかりづらいんですよね。
ずれ込んだ打ち上げ予定によって厳しくなる性能要求・運用条件。世界初の小惑星サンプルリターン計画とNASAの動向。不調のイオンエンジンと姿勢制御装置。リカバリーしつつたどりついたイトカワでの苦心のサンプル採取。通信断絶。探査機のロスト。執念の再補足と通信再開。姿勢制御機能の喪失を乗り越えるアイデア。サンプル採取失敗の可能性。奇跡の再突入カプセル閉鎖成功。失われたかに思えたイオンエンジンの息吹の再開。幾度も失敗に直面しながら持ち寄ったアイデアでサンプルを地球に届けた技術者魂。
そしてもたらされる思わぬエピローグ。
正直、やられた、と思いました。当事者ならではの事実による感動がありました。
“はやぶさ”と“はやぶさ”を生み、運用した人々に何があったのかを知るとただ「きれいだな」という感動とは違うものが生まれると思います。
オススメ。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント