『移行化石の発見』ブライアン・スウィーテク
移行化石の発見
著:ブイアン・スウィーテク
訳:野中香方子
文芸春秋
2011.4.10
★★★★☆
読ませてくれる一冊だった。
冒頭でいきなり『ザ・リンク』批判。『ザ・リンク』を読んだ人、あるいはドキュメンタリー番組で“イーダ”を知った人の多くは「胡散臭い」と感じたのではないでしょうか。“イーダ”が人とキツネザルの共通の祖先であると訴えていましたが、私も読んでいても納得できませんでした。さらに“イーダ”を世に出した研究者ヨルン・フールムが主役のもう一つの番組「プレデターX」も恐竜でない首長竜を盛んに恐竜と呼ぶ怪しい番組であるのを見て嘆息。
“イーダ”の位置づけに論争があるらしいのは断片的に入ってきていましたが、今回、この本の冒頭ではっきりと知りました。そう、この本は“イーダ”研究の批判から始まるのです。
聖書を基準にした生命観。ダーウィンの進化論。魚類から両生類へ。鳥と恐竜。哺乳類の起源。クジラ。象。馬。そして人類。進化という考え方の誕生から始まり、進化論の弱点とされた「移行化石の未発見」問題が解決されていることを示し、進化論はこれほど強力なのだ、と説きます。ドーキンスが創造論者と戦っていたように、この本の著者も“アンチ創造論”として現代の進化論を強力にプッシュします。
日本の読者としてはドーキンスやこの本のような創造論との対決姿勢を取る解説書は不思議で仕方ありません。「聖書より科学のが説得力あるよね」というのが当たり前に思えてしまって。テクノロジーが明確な進歩を見せなくなり、社会も閉塞気味となれば人類の自前の英知よりも超越的な造物主に頼りたくなものなのかな。日本でも科学(とそれがもたらす未来)への信頼や期待は薄らいでいるような気はしますね。
いくつものパターンの移行化石の実例を紹介し、最終章で進化という考え方が生命の尊厳を侵さないことを訴えているのはやはり「アンチ創造主義」としてキリスト教が根本にある欧米の科学解説書ならではでしょうか。すっきりと整えられ、見事に歴史の流れを浮き彫りにした構成。入念に調べられた進化論の歴史。読みやすく、理解しやすい文章。訳者の解説ではS.J.グールドが引き合いに出されたりもしますが、まさしく、ポスト・グールドのサイエンス・ライターであることを感じさせる完成度の高い本です。
ただし、最新知識もさらりと述べられて、クジラや羽毛恐竜、ヒトのルーツなどは日本ではそれなりに一般向けの情報に載って来るので「なんとなく知ってる」範囲のことが多いかもしれません。タイトルは『移行化石の発見』ですが内容は「移行化石発見の歴史」です。
今回印象に残ったのはオーウェンとダーウィンの確執。どちらも古生物関連ではよく見かける名前ですが、すっきりとまとめられたこの本で初めて「ああ、こんなところでも二人は絡んでいたんだ」と知ることになりました。二人の関係をうまく拾いだしてきたな、こんな視点もあるんだな、と感心してしまいました。
迸る才能で書かれた本ではなく、科学解説書としてのハウツーを完璧にこなすシステマチックな作り方と著者の感動——進化論の展開に対する——が見事にバランスしています。著者ならではの奇想やアイデアはありませんが、科学ジャーナリズムの理想のひとつが形になったような本だと思いました。
アメリカの科学解説書がスゴイのは文化なのだ、と思わされたのでした。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント