『モーターサイクルの設計と技術』ガエターノ・コッコ
モーターサイクルの設計と技術
ガエターノ・コッコ
STUDIO TAC CREATIVE
★★★★☆
第一印象は「訳が酷い」でした。
以前から気になっていた本です。書店では定価3800円の趣味特化本はビニールでシュリンクされていてそうそう中身を見ることができません。それで購入をためらっていたのですが、ようやく手にしました。
結果が、冒頭の「訳が酷い」です。
ですが、まだ見切るには早いです。
確かに訳はあまり褒められたものではありませんがこの種の本に取り組もうとする人には問題がないはずです。なぜならこの本の主役は数式と図解だから。数式を眺め、図解を見ればきちんと意味が汲み取れます。そういう意味ではまったく問題がない。むしろ、二輪の力学に必要な情報だけを的確にピックアップした良書でした。
この本を良書というためには前提が必要です。
- 大学機械系学部一、二年程度の数学・物理学スキル
- 理工系訳書にありがちなおかしな日本語に耐性があること
これらを前提とすると『モーターサイクルの設計と技術』は類書のない良著です。ステアリング、前後サスペンションのたった三つの自由度で、ただ車体が傾くというだけなのに複雑になってしまう二輪車の力学を、とてもわかりやすく説明しています。
バンクさせると勝手に切れるステアリング周りを持つ二輪車は力学的にけっこう面倒臭い代物です。キャスター角を備え、円に近い断面を持つタイヤを履き、サスペンションのストロークによってキャスターもトレールも変動する。これらをどう扱えば良いのか、慎重に考えをまとめていかなければ混乱します。工学部一、二年の若者が「これから二輪車の開発の道に進もう」「二輪の挙動を解き明かそう」と気合いを入れて臨む場面で最初に役に立つであろう本、だと思います。
文系ライダーのライテク向上には、たぶん、役立ちません。
読み物として楽しむのには向かない翻訳文です。断言します。文章に深い含蓄なんてありません。この本の翻訳はそんなレベルにはないのです。本の中で示されている力学を訳者が理解しているとは思えない訳文です。
とはいえ、理系スキルがないと歯が立たないかといえばそれはNOで、高校物理のF=maやら矢印やらがなんとなく掴めていれば、この本が示しているイメージも掴めると思います。ニュートン力学は日常的な感覚に沿う直感的なものですし。原著のままの英語の解説図ですが、翻訳文と違ってエッセンスがぎゅう詰めになっていて頼りになります。
理系ライダー向きではありますが、この本は二輪の力学シミュレータを作るには少し内容が不足してもいます。バンク角とフロントタイヤ周りの反応、加減速による姿勢変化といった部分部分の要素はしっかり解説してくれるものの、それらを統合的するメソッドがないのです。
一番大きな問題は「ライダーをどう扱うか」です。多くの関節を持ち、手足から二輪車をコントロールするための入力をしてくる人体を力学的にどう扱うか——。
バネ上と前後の車輪だけでもすでに三体問題と化している二輪車に、多数の関節を持ち質点が分散している——多体問題を構成している人体が加わります。どこまで単純化するか。どんなモデルを作るか。そこから先は学部生の知識では歯が立たないでしょう。精密なモデル化にはもう一段上のスキルと走行状態の二輪車からのデータ取りが必要になってくると思います。
そのあたりをまとめた、最初から日本語で書かれた工学書が登場すると素敵なのにな。
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