カテゴリー「本の感想2011」の21件の記事

『瞑想する脳科学』永沢哲

Comipodiary_20111224瞑想する脳科学
永沢哲
講談社選書メチエ
2011.5.12
★★★★☆

 脳科学とBMIの本を探していて手に取りました。ぱらぱらと眺めた限りではとっつきの悪い、文系向けの香りのする哲学の本のように見えました。欲しかったものとは違いそうだとわかって躊躇たものの読んでみました。当たり外れは読んでみないとわからないので。

 読んで良かった。

 脳科学という文字がタイトルに含まれますが、著者は瞑想の側の人のようです。それでも脳科学の知識の消化はばっちりで、チベット仏教に関する知識と脳科学やBMI——ブレイン・マシン・インターフェイスに関する知識とを非常に冷静な視点から結びつけてみせてくれました。説明は文系らしい繊細、かつ明晰な言葉で綴られ、最初にチラ見したときの「何が書いてあるのかチンプンカンプンな本かも」という予感は外れました。冒頭から追いかけていくと違和感なくチベット仏教や脳科学の言葉に馴染める優れた本です。論理の展開もわかりやすく、文献の示し方も要点を得ていて説得力があります。チベット仏教や瞑想には詳しくなかったのですが、最新の科学と照らし合わせて説明される禅の世界の先進性にくらくらしました。
 仏教哲学が科学の力を得て身近に、現実的になるといいな。
 また、この本では“慈悲の瞑想”をキーにして荒廃が進むであろうこの世界を救済する方法を提案します。示されるのは予想される未来図に対してちょっと能天気じゃない?とも思える考え方なのですが、ベーシックインカムのような考え方が注目されたこの数年を考えるとあながち頓狂でもないようにも思えました。

 ただし。
 この本は瞑想で得られる境地について無批判です。瞑想から直感的に得られるチベット仏教の宇宙観は現代宇宙論との共通点も多く見て取れるものの、その宇宙観が間違いでないと証す方法もないはず。瞑想で得られるものはそういう見方をするものではない、というのも想像はつきますが科学の視点でメスを入れるならば避けては通れない問題に思えます。また瞑想による超人的なエピソードの紹介にも疑問を感じます。寒中で凍え死なないトゥムモの瞑想は「すごい」ですし、遺体現象の進行が異なるゾクチェンも「何が起きているのだろう」とは思いますがそれらは物理を逸脱した奇跡ではなく、象徴的に扱うことには違和感を覚えます。

 そうそう。この本ではBMI関連ではレイ・カーツワイルの著作、世界の展望についてはジャック・アタリの著作からの多数の引用をしていますが、これら元ネタとなっている本もとても面白いものばかり。巻末の参考文献リストから手繰ってみるのも楽しいと思います。


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『宇宙ヨットで太陽系を旅しよう』森治

宇宙ヨットで太陽系を旅しよう
森治
岩波ジュニア新書
2011.10.21
★★★★☆

 すごいぞ、イカロス君。

 ソーラー電力セイル実証機IKAROSのプロジェクトリーダーが書いた、IKAROSの解説本です。岩波ジュニア新書の読者をターゲットにソーラーセイル宇宙機計画のスタートから成功までを語ります。

 面白い。

 すでにネットでIKAROSが完璧な、予期以上の成果を上げ続けているのを知っていたこともあって開発途上の失敗談や懸念が描かれても安心して先を読むことができました。順調過ぎるくらい順調だったIKAROSは本当に良かったな……と思えます。「オモリの刑」なんてことになったらプロジェクトに関わった人々は立ち直れないようなショックを受けたことでしょう。成功したからこそ、過去の杞憂を楽しめる気持ちの良い本でした。

 木星系探査の前哨となったIKAROS。今も後期運用の真っ最中で、もう間もなく姿勢制御用の推進材が尽きてしまうはず。一年半に渡ってワクワクする話題を提供し続けてくれたイカロス君。液晶デバイスによる姿勢制御で長期運用が継続すると面白いのになぁ。
 この秋にはIKAROSのガンマ線バースト偏光観測のデータによってガンマ線バースト発生のメカニズムがシンクロトロンであることが明らかになったと発表もありました。ダストカウンターによる内軌道のダスト分布などもデータを蓄積できたはず。世界初をいくつも達成したのがあかつきのオマケとして大急ぎで開発されたソーラーセイル実証機というのも面白い話です。

 この本では後半にIKAROSのような「小型計画」への危惧が強く述べられていました。大きなプロジェクトの前に小さなプロジェクトをやって実現可能性を実証しよう、という方式への苦言です。本来ならば事前の試験的計画を山のようにやって、その中から見込みのある技術を拾い上げていく——というのが小型計画の意義だと思うのですが、日本のように少ない予算で行われる宇宙開発では小型計画はその後に続くはずの大型計画の予行演習でしかなくなっていて、しかも、その予行演習が失敗すると大型計画も御破算になるという仕組のようです。軌道上でエンジンのみ、通信機のみ、セイルのみと要素技術の実証実験をするのが“小型計画”に当たるはずなのですが、JAXAでは安い実用探査機/衛星で試験も兼ねて……となっていることが歪みを生んでいるように思えました。あかつきのセラミックスラスタにしても軌道上で試験が行えていれば防げた可能性が高いはず。
 なるほど、小型計画は技術者としてはやりたくないよな、と共感しました。おかしいのは小型計画が失敗したらあとに続く大型計画がぽしゃる部分ですね。小型計画で出たトラブルを後続の計画に生かせるような体制が必要なのでしょうが、JAXA内部の足の引っ張り合い材料にされちゃっているのかな。

 防衛費で運営されてしかるべき情報収集衛星に年間500億円を分捕られ、はやぶさの成功をもってしてもはやぶさ2の予算が危ぶまれる日本の宇宙開発。木星系探査のソーラー電力セイル計画は今のところまだ形も見えてきていない段階です。いったいどうなるんだろう……。

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『モーターサイクルの設計と技術』ガエターノ・コッコ

モーターサイクルの設計と技術
ガエターノ・コッコ
STUDIO TAC CREATIVE
★★★★☆

 第一印象は「訳が酷い」でした。

 以前から気になっていた本です。書店では定価3800円の趣味特化本はビニールでシュリンクされていてそうそう中身を見ることができません。それで購入をためらっていたのですが、ようやく手にしました。
 結果が、冒頭の「訳が酷い」です。

 ですが、まだ見切るには早いです。
 確かに訳はあまり褒められたものではありませんがこの種の本に取り組もうとする人には問題がないはずです。なぜならこの本の主役は数式と図解だから。数式を眺め、図解を見ればきちんと意味が汲み取れます。そういう意味ではまったく問題がない。むしろ、二輪の力学に必要な情報だけを的確にピックアップした良書でした。

 この本を良書というためには前提が必要です。

  • 大学機械系学部一、二年程度の数学・物理学スキル
  • 理工系訳書にありがちなおかしな日本語に耐性があること

 これらを前提とすると『モーターサイクルの設計と技術』は類書のない良著です。ステアリング、前後サスペンションのたった三つの自由度で、ただ車体が傾くというだけなのに複雑になってしまう二輪車の力学を、とてもわかりやすく説明しています。
 バンクさせると勝手に切れるステアリング周りを持つ二輪車は力学的にけっこう面倒臭い代物です。キャスター角を備え、円に近い断面を持つタイヤを履き、サスペンションのストロークによってキャスターもトレールも変動する。これらをどう扱えば良いのか、慎重に考えをまとめていかなければ混乱します。工学部一、二年の若者が「これから二輪車の開発の道に進もう」「二輪の挙動を解き明かそう」と気合いを入れて臨む場面で最初に役に立つであろう本、だと思います。

 文系ライダーのライテク向上には、たぶん、役立ちません。
 読み物として楽しむのには向かない翻訳文です。断言します。文章に深い含蓄なんてありません。この本の翻訳はそんなレベルにはないのです。本の中で示されている力学を訳者が理解しているとは思えない訳文です。
 とはいえ、理系スキルがないと歯が立たないかといえばそれはNOで、高校物理のF=maやら矢印やらがなんとなく掴めていれば、この本が示しているイメージも掴めると思います。ニュートン力学は日常的な感覚に沿う直感的なものですし。原著のままの英語の解説図ですが、翻訳文と違ってエッセンスがぎゅう詰めになっていて頼りになります。

 理系ライダー向きではありますが、この本は二輪の力学シミュレータを作るには少し内容が不足してもいます。バンク角とフロントタイヤ周りの反応、加減速による姿勢変化といった部分部分の要素はしっかり解説してくれるものの、それらを統合的するメソッドがないのです。
 一番大きな問題は「ライダーをどう扱うか」です。多くの関節を持ち、手足から二輪車をコントロールするための入力をしてくる人体を力学的にどう扱うか——。
 バネ上と前後の車輪だけでもすでに三体問題と化している二輪車に、多数の関節を持ち質点が分散している——多体問題を構成している人体が加わります。どこまで単純化するか。どんなモデルを作るか。そこから先は学部生の知識では歯が立たないでしょう。精密なモデル化にはもう一段上のスキルと走行状態の二輪車からのデータ取りが必要になってくると思います。
 そのあたりをまとめた、最初から日本語で書かれた工学書が登場すると素敵なのにな。

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『スーパーアース』井田茂

スーパーアース
井田茂
PHPサイエンスワールド新書
2011.5.21
★★★★☆

 面白かった!

 とてもホットだった『異形の惑星―系外惑星形成理論から』の続編的内容です。
 『異形の惑星』では当時最先端の話題であった太陽系外の惑星の発見について詳しく説明した内容で「こんな面白いことが進行中なんだ!」と興奮した覚えがあります。そして十年弱が過ぎた今回は木星型の巨大ガス惑星ではなく、地球型の系外惑星が話題。別の太陽系の、地球の十倍程度の重さの惑星を見つけてしまおう、続々見つけているのだという天文学の最先端を紹介しています。
 ホットジュピター、エキセントリックジュピターの紹介。発見史。観測方法の解説。巧みな構成で読者を引き込み、ジュピター型の惑星観測からスーパーアース型の発見へと話題を進めます。短期間で観測精度が劇的に向上していく経過に目が丸くなるばかり。こんなに急展開した学問ジャンルってあったでしょうか。日本のすばる望遠鏡も大活躍。
 さらにさらに。副題に「地球外生命はいるのか」とあるように、この本は単純に系外惑星の発見だけではなく、今後発展していくであろう系外生命探査への視点にもアプローチしています。地球の惑星史、生命史を概観し、実地の火星探査を飛び越えて一気に太陽系外に生命の信号——バイオ・マーカーを求めます。もしかしちゃうとこれからの十年で系外生命まで発見しちゃってまた著者は強烈にドキワクできる本を書いてしまうのかも!と思えるこの熱気。フロンティアはここにあるようです。今、高校から大学に進学しようとしている世代で天文と生命の境界領域を志す人たちにはとても楽しい時代になるのでしょう。羨ましい。

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『絶滅したふしぎな巨大生物』川崎悟司

絶滅したふしぎな巨大生物
川崎悟司
PHP研究所
2011.5.28
★★★★☆

 ページのほぼ半分がイラストで埋め尽くされた古生物本。大きさは13×19cmでA5より一回り小さいくらいのソフトカバー。208ページすべてカラーのきれいな本です。

 著者は「古世界の住人」というサイトで最新の古生物知識をイラストで解説していらっしゃる方で、この本にも古生物研究の最新情報を反映させた復元イラストがたっぷり収録されています。横書き体裁の本で、見開き左側には解説文が、右側にはイラストが来る構成。取り上げている生物のバリエーションも豊かで、テーマである“巨大生物”のスケールの妙とヘンテコさ加減が楽しめます。
 面白いのは姿形のヘンテコさだけではなく生物としてのヘンテコさが古生物学研究の成果とともに紹介されていることです。研究そのものの魅力をわかりやすい図解で盛り込んでいて、地球環境の変動の歴史をさらりと紹介していたり、対立仮説を並べて比較したり、仮説の変遷を追ったりとただ単に「デカイ生き物がいたんだよ」図鑑で終わっていない古生物学へのラブがぎゅう詰め。イラストの比重の大きな本ですし、解説文もボリュームが限られているためにさっくり読めてしまうのですが、何気なく情報密度スゴイです。

 今回の本で一番気に入ったのはプロトタキシテスという巨大キノコ。扱いは小さめだったものの(ナウシカの)「腐海だ!」と嬉しくなってしまいました。これ、化石の実物が見てみたい。キノコの化石って残るものなんだな〜。胞子とか植物にこびりついた状態の模様として残っていたりサルノコシカケの仲間は残りやすいって何かで読んだけど、菌類のマクロな形が単体で残っているというのは興味深いです。大きくなるために堅く、強い構造を取っていたのが残りやすさに繋がったのでしょうか。

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『リカちゃん生まれます』小島康宏

リカちゃん生まれます
小島康宏
集英社
2009.4.24
★★★★☆

 タイトルや表紙で瞭然かもしれませんがリカちゃん本です。着せ替え人形のリカちゃん。初代リカちゃんを世に送り出した担当者が当時のことを振り返ります。バービーやタミーといったファッションドールが人気を得ていた時代、タカラの社長・佐藤安太はそれらのドール用のキャリングケースを作ることを決意します。結果、生まれたのはケースだけではなく、ケース(リカちゃんハウス)と組み合わされる人形――リカちゃんもでした、と始まる開発譚。プロジェクトの責任者であった著者ならではの苦労話がリカちゃんに対する愛情、おもちゃ作りへの真摯な姿勢とともに綴られます。年少の読者を意識したかのような文章もまた、幼いユーザたちに向けて長年モノ作りをしてきた人のものなのだな、と思わせられたのでした。
 自分のしてきた仕事に誇りを持っていることがよくわかる素敵な本です。リカちゃんに親しんできた層が読んでも夢を壊されることのない、開発者魂たっぷりの本。リカちゃんファンにオススメ。

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『量子もつれとは何か』古澤明

量子もつれとは何か
古澤明
講談社ブルーバックス
2011.2.22
★★★☆☆

 よくわからなかった。

 説明が下手とか、難し過ぎるとか、そういうことはないです。読み進めていきながらワンステップずつの説明でわからないということはありませんでした。ところが読み進めていっても一向に「わかった」という実感が得られませんでした。

 目次を引用します。

序章 量子力学とは
第1章 テクノロジーの進歩と量子化の必要性
第2章 振り子の量子か
第3章 光の量子化
第4章 レーザー光と量子ゆらぎ
第5章 量子エンタングルメント
第6章 量子光学を用いてEPRペアを生成するための準備
第7章 量子光学を用いてEPRペアを生成する
第8章 量子光学を用いた量子エンタングルメント検証実験
第9章 単一光子状態の生成
第10章 量子テレポーテーション
第11章 多量子間エンタングルメントと量子エラーコレクション実験

古澤明『量子もつれとは何か』もくじより

 なぜわからないのだろう。
 量子力学は根本にある「量子の位置と運動量は同時には定まらない」という不確定性原理が具体的なイメージに繋がらないからではないかと思うのです。数式も他の物理学で正しいとされていることと矛盾せず、実験をしてみても実証される。ただし、使われる数式が行列や微分方程式であったりするので式を見ても感覚的な理解に繋がらないし、数字を実際に入れて計算してみるのも困難。ゆえに数学部分は完全にすっとばされます。すっとばされるのに

|0〉A|0〉B+|1〉A|1〉B

なんて形で示されても|0A〉がどんな意味を持たされているのかが実感にならない。|0A〉は量子状態で演算の中身はテンソル演算でしょうし、この表記に引っかからずに消化するのはキビシイ気が。「これはエンタングル」「これは厳密にはエンタングルしていない」と示されても理解とはほど遠く、丸呑みするしかありません。これで「わかった!」が得られる人は理系の学者になった方がいい気がします。
 量子もつれの具体的なイメージはうまく掴めないまま、それでも存在確率の雲がどんな条件でどんな風に展開するのかは読んでいけば掴めますし、紹介される実験の説明もとても具体的でよくわかります。量子テレポーテーションが光におけるラジオの通信に相当するものであるという説明はわかったし、量子コンピュータに必要な量子におけるエラー訂正の仕組もわかりました。でも、やっぱり、不確定性原理がどんな場合にどのように働くのかは、ニュートン力学のような具体的なイメージとなってくれないのです。電波通信には電磁気の「波」というイメージがありましたが、量子もつれの状態にある量子の間に働いているのはいったい何なのでしょう? それは電磁波のように光速で伝わるものですか? 媒質は何ですか? 「場」のように距離の二乗に反比例しないのですか? こういう古典的なイメージと繋がらないのはなぜですか?

 結論としては「数式や演習抜きで理解しようなんて無理」となってしまうのでしょうが……。

 わかった!が得られないのは筆者の責任ではないと思いつつも、一点だけ。
 「別の著作を参照」をあちこちに散らすのはズルいです。「はじめに」において前著で門前払いをしてしまった、という反省が挙げられていましたが、第10章近辺で頻出する別著参照のポインタも同じ種類の門前払いではないでしょうか。
 著者の行っている研究の紹介にページを割くくらいなら、説明方法を見直した量子テレポーテーションの再説明に取り組んで欲しかったです。

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『恐竜再生』ジャック・ホーナー

恐竜再生
著:ジャック・ホーナー、ジェームズ・ゴーマン
監修:真鍋真
訳:柴田裕之
日経ナショナルジオグラフィック社
2010.10.7
★★★★☆

 エボデボという言葉をご存知ですか。
 この本の序文で登場する言葉です。私は、なんか聞いたことあるなー、バイオテクノロジーかなんかじゃないっけ、くらいの知識で読みはじめました。エボデボの具体的な、詳しい解説はないまま話は恐竜発掘シーンの第1章から始まります。高名な古生物学者・ホーナーの携わってきた研究の歴史を追う感じです。ティラノサウルスの発掘、科学的な分析アプローチ、化石骨から見つかった血液らしきもの。前半のクライマックスは第3章「分子も化石になる」です。化石骨をカルシウムを取り除く薬品で処理すると意外なものが! これはアマチュアでも試せるのかな? ぜひ試してみたい。
 そして後半は前半を土台にしたエボデボの話。タイトルの通りの恐竜再生へのアプローチで「ニワトリから恐竜を作ろう!」という夢のある話に大まじめに取り組んでいます。
 序文の説明やそれ以前からの先入観ではエボデボを遺伝子工学の一種と思っていたのですが、この本で紹介された実験手段はもっと荒っぽいものでした。発生中の胚を切った貼ったし化学物質に晒すような物理・化学的手段による発生のコントロールが実践手段だとか。おおお。面白い! この発想は古くから馴染みがあります。『ドクターモローの島』をはじめとすると大昔のマッドサイエンティストがやっていたこと。あるいは1997年刊の『生物は重力が進化させた』(西原克成)の中で著者が軟骨魚であるサメの中に硬骨組織を生じさせたりするような実験にとても近い。『恐竜再生』の中で紹介された“エボデボ”は初期発生の段階に集中して操作しよう、というだけで精緻なモデル構築よりも実験でなんとかしてしまえ!という発想にマッドサイエンティストの血を感じたのでした。

 この本を読んで“エボデボ”なるものに興味を持ったのですが、進化発生生物学エボデボを専門に解説した本というのがあるのかないのかよくわからない状態で、Wikipediaを見ても独立した項目はなく「発生生物学」という項の一部で触れられているのみの上に記述も曖昧です。(2011.7.7現在)
 「なんとなく」程度の予感ですが、遺伝子工学の知識をベースにした“荒っぽい”方法は一時的で、いずれホメオボックスのような制御遺伝子群の機序解明とともに再び遺伝子工学に吸収されてしまうのがエボデボなのではないか、なんて思えたのでした。

 恐竜再生の、明日はどっちだ!

 ニワトリの胚操作でミクロラプトルみたいなものを作り出せたら、それはそれで楽しい気はします。“チキノサウルス”かぁ。原著は2009年刊ですが“チキノサウルス”は今どうなっているのかな。

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『アナザー人類興亡史』金子隆一

アナザー人類興亡史 〜人間になれずに消滅した“傍系人類”の系譜〜
金子隆一
技術評論社知りたい!サイエンス
2011.4.21
★★★★☆

 猿が苦手です。人に近いケモノだからでしょうか。たぶん同じ理由で、ヒトに近いけどヒトじゃない原人や猿人に苦手意識がありました。

 ヒトの起源絡みの話題では“イーダ”が記憶に新しいと思います。今回の『アナザー人類興亡史』にも“イーダ”は取り上げられますが、四千数百万年前と時代を遡りすぎたお猿の時代の話である上にどうやら傍系らしいということで扱いは小さかったです。
 タイトル通りヒトの進化史、あるいはヒト属系統仮説の変遷を概観した内容です。新たな化石の発見があるたびに定説が覆り続けているホットな領域だけに、この本でも複数の系統仮説を並べて紹介していてちょっとばかりややこしいことになっています。その混乱を象徴するのが口絵の三つ折りカラーページ。ヒトの系統が樹状図で示されるのですが、一般的な樹状図と違い枝分かれした先で再度合流して「?」マークが打たれています。あちこちに。
「こりゃ、仮説も相当混乱してるな」
とニヤニヤしながら読み進めたのですが、最後に近づくにつれ樹状図が混乱している具体的な理由らしきものが示されていき「おおっ」となりました。
 著者の金子隆一は恐竜本でも大胆な仮説をプッシュしてきた人なので今回この本で紹介された仮説もまだ定説になっていない大胆なものかもしれません。強い印象を受けたことだけは確かです。
 口絵の樹状図をはじめ図表・写真が多用されていて、こなれた文章と合わせてとてもわかりやすく説得力のある本でした。

 面白かったです。けど、やっぱり今のヒトに限りなく近いヒト属の姿が苦手なのは変わりませんでした。

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『化石から生命の謎を解く』化石研究会

化石から生命の謎を解く 〜恐竜から分子まで〜
化石研究会編
朝日新聞出版
2011.4.25
★★★★☆

 「科学的アプローチ」をテーマに章ごとに異なる著者が執筆した化石分析の最先端の話題がぎっしり詰まった本です。化石研究者というとハンマー片手に荒れ地をさまよう「化石ハンター」のイメージが一番に立ち、その化石の見た目から元の状態を想像して〜というような研究が想像されるのですが、この本を著した化石研究会の面々は化石研究に現代科学的なアプローチを持ち込もう、という研究者たちなのだとか。「CSI化石捜査班」?
 紹介されている研究もアプローチの方向もとても多様です。ケンタッキーフライドチキンを食べて骨を観察しよう!という話から、足跡化石、微化石、原生メタセコイア発見までの過程、真珠養殖etcとバリエーション豊富。微化石の堆積状況から古地理を解き明かしてマンモスやナウマンゾウの移動ルートを推測、なんてもはや微化石の研究なのか化石ゾウの研究なのかわからなくなってきますし、真珠の研究などは生物の鉱物化という点で化石とは繋がっていてもその視線の先は現代の真珠養殖技術の革新に向かっています。メタセコイアやデスモスチルス研究の紹介はどちらかというと研究史を振り返ったもの。大勢の著者が原稿を持ち寄っているので悪く言えば「まとまりがない」のですが、現代科学の手法をあちこちから持ち寄るという総合科学として古生物学の姿も見えてきます。現代の古生物研究はまさにCSI並に広範な知識の集大成へと向かっているのだなー、というのが実感できる本でした。
 難点を挙げるとすれば文章かな。研究者たちの書いた原稿ということもあって基本的に「カタい」です。その固さを和らげようと部分的にこなれた/くだけた表現を投入する工夫がされているのですが、基本的な論調の固さまでは抜けなくてちぐはぐになっている章もちらほら。でも、そんな取っ付きにくさを補って余るくらい楽しいサイエンスのエッセンスがぎゅう詰めになっていたのでした。

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