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『荒野―14歳 勝ち猫、負け猫』『荒野―16歳 恋知らぬ猫のふり』桜庭一樹


荒野―14歳 勝ち猫、負け猫

桜庭一樹
文春文庫
2011.2.10

荒野―16歳 恋知らぬ猫のふり

桜庭一樹
文春文庫
2011.3.10

 桜庭一樹の「荒野」シリーズ二・三冊目。
 純正少女漫画のような、というよりもずっと昔の少女小説を思い起こさせるお話。もちろん現代風ではあるけれど“少女”のイメージを追いかけているあたりが明治、大正〜昭和前半に通じるものがあるような気がします。

 二冊目ではアメリカ滞在中の悠也は手紙の中の存在で、荒野の父は相変わらず蜉蝣かげろうのようにつかみ所がなく、義母・蓉子さんはどんどん一家の要となり、荒野は少女から大人への険しい道を進みます。荒野の友人たちもまた成長していくのですが――。

 三冊目では悠也は荒野の比較的身近に戻ってきてはいるものの、ストーリーではあまり出しゃばらず、蓉子さんや父・正慶の生身のヒトとしてのゴタゴタが中心となって、“女”へと近づいていく荒野の姿が描かれます。

 少し残念であったのは少女らしい尖った感性を示していた荒野が大人に近づくにつれ、どこにでもいそうな普通の女性になっていくこと。だからこそ少女時代の輝きは大切なものなのだ、とも思えるのですが、大人の視点で読むと「あぁ……」と嘆息する寂しい話に感じられもしました。荒野と同年代の少年少女が読むとまた違う印象となる話なのかもしれません。
 同じタカハシマコ×桜庭一樹でコミカライズされた『青年のための読書クラブ』がコミック版・原作版共々最後まで演劇の世界のようなきらめきを保っていたのに対し、こちらの『荒野』シリーズではノスタルジーよりも現実への諦念のようなものを感じてしまうしんみりとした読後感となりました。

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『南極点のピアピア動画』野尻抱介

南極点のピアピア動画
野尻抱介
ハヤカワJA文庫
2012.2.23
★★★★☆

 野尻抱介、久々の新刊。帯によると五年ぶりだとか。

Photo 全四話構成の連作短編集です。第一話「南極点のピアピア動画」はSFマガジン掲載時に読んでいましたが、他の三編は初見でした。
 第一話、雑誌で読んだときには正直あまり面白いと思いませんでした。ピアピア動画のモデルとなったニコニコ動画自体にあまり関心が持てなかったから、かな。好みのコンテンツが少なく、画面を横切るコメントも馴染めませんでした。特に野尻抱介が“尻P”として作成している動画にはわずかながら腹立たしささえ覚えてしまったり。「電子工作や機械工作はのじりん以外にもできる人山ほどいるけど、のじりんの小説はのじりんにしか書けないのに。原稿書いてよ!」と。読者というのは勝手な生き物です。

 ところが。

 読み進めていくと骨太のSF要素はやっぱり野尻抱介らしさに溢れていて楽しく、三話目「歌う潜水艦とピアピア動画」でがっちりハートを掴まれ、それまでの要素が集結する書き下ろしの最終話では「読んで良かった」とじーんと来ました。やっぱりSFはこうでないと。

 ボカロ、今作でキーとなるバーチャルアイドル・小隅レイの扱いに「おや?」となりました。作者はニコ厨・ミク厨としても有名な方ですが、その側面を一人称的に出さないようにしたためなのでしょうか、“萌え”が記号的です。作中のボカロ好き技術者たちでさえボカロを「みんなで盛り上がるためのお約束」とする言動を取ります。オタクの一般人に対する照れなのかもしれませんが、打算ツールとしての“萌え”視点を取る登場人物たちに「う〜ん」と唸ってしまいました。ストーリーにおいても“萌え”は世の中に無理を通すためのツールとして使われ「う〜ん」2です。

 ピアピア動画≒ニコニコ動画はこの話の中ではかなり大きな役割を背負わされていますが、実際のニコニコ動画を眺めてみても特に優れた/独自の技術があるように見えません。オリジナリルなのは画面に流れるコメント機能くらいで、あとは普通の会員制動画投稿サイトのよう。最近は電子書籍やテレビコンテンツを揃えていてメディアとして育っているのは確かです。
 YoutubeやUStreamと何が違うのか、というとコミュニティ指向の部分。画面に流れるコメントを軸に、投稿者同士+閲覧者がコミュニティを作りやすくなっています。
 そのコミュニティは2ch的なノリやネットギーク的性格を強いるので、他のネットギークたちの集った場所と同じようにアクティブ・ユーザ層は固定で、すでに年齢層が高く、この先は同じユーザ層を抱えたまま高齢化していきそうに思えます。パソ通、2chが辿り、Twitter、Facebookがそうなりつつあるように。
 モデルのニコニコ動画が持ってしまったそんな古さが、近未来の“ピアピア”にも伝わってしまっている気がしました。
 若者の気配がしない……。

 SF面では第一話の降着円盤でも、第二話のクモの糸でも、第三話のコンタクトシーンでも「もっとデテール読みたい〜」と思わされる魅力的な素材でいっぱいです。ハードSF的な素材が日常の一部のようにぽこぽこ並べられていきます。地味〜な扱いではあるのですが、それが近未来の日本を舞台としたSFっぽくもあります。

 ネタバレなし感想ということで一番オススメしたい最終話展開について具体的に触れませんでしたが、ボカロ嫌い、ニコ動嫌いの方でも楽しめると思います。ボカロもニコ動も話を発展させるための駆動力であって、SFの核はもっともっとずっとガッチリしたものです。オタクネタてんこ盛りですが軽く距離感をおいた視点で語られることもあり、キモいということもないはず。

 日本のハードSF、ここにあり。

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『荒野―12歳ぼくの小さな黒猫ちゃん』桜庭一樹

荒野―12歳ぼくの小さな黒猫ちゃん
桜庭一樹
文春文庫
2011.1.10
★★★★☆

 タカハシマコによるコミカライズ版『荒野の恋1』を読み、これは是非原作も読んでおかねば、と小説も読んでみました。

 主人公が12歳の設定だからか、初出が2005年とちょっと時間が経っているからか、あるいはファミ通文庫というレーベルから出ていたためなのか、素朴なタッチの文章で今の桜庭一樹像とはちょっとだけ隔たりがありました。

 悠也は少年の偶像のよう。ぎりぎり生身のデテールは保っているけれど、でも、ガラス細工みたいで、その印象はコミックス版ととても近いのです。う〜ん。こんな男の子がいたら、しかも身近にいてもなおガラスのようでいられたら、少女は恋せずにはいられないでしょう。そういう、少女漫画そのものの世界が描かれます。
 タカハシマコ版コミックス一巻はこの原作一巻の六割くらいのところまで。原作小説はこのあと三巻まで続きますが――それはまた別途感想を書こうと思います。
 (女好きだけれど)存在感の希薄な父と、ガラス細工の悠也。男性陣はどことなくファンタジーですが、少しずつ大人への階段を上っていく荒野の視点は生身の女を描いていきます。う〜む。初出のファミ通文庫ってライトノベルレーベルのような気がするのですが、少女向けレーベルならまだしも、よくこういう方向の話が出せたなぁ、と思います。少女から女へ。ファンタジーから現実へ。ちょっとお芝居めいた現実だけれど、それは桜庭一樹らしい何かで。

 コミックス版、原作のどちらから読んでも問題なく楽しめるのではないかと思います。コミックスは完結までにはまだしばらく時間が必要かもしれませんが。

 続編の感想記事もあります。

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『つぼみ vol.16』

つぼみ vol.16
芳文社
まんがタイムKRコミックス GLシリーズ
2011.2.13
★★★★☆


表紙 鳴子ハナハル

 掲載漫画と連動した表紙です。表紙も素敵ですが裏表紙もいい感じ。帯を外すと足下に並べられた焼き物がよく見えて、自分たちで焼いた器を使ってるんだなーという和やかな空気が。


扉絵 雨詰留太

 イラストというか二ページ漫画?


蒼い炎 薫る土 鳴子ハナハル

 陶芸ネタです。趣味特化話大好き。成年コミックも描いていて割とエグいネタを得意にしてる作者のようだったので展開が心配だったのですが、ポピュラー向けな雰囲気で安心。陶芸いいな、陶芸。


星川銀座四丁目 玄鉄絢

 今回は最近登場の古本屋の娘視点。スパイ大作戦篇? 玄鉄絢はキャラが色んな方にとんがってて今回はオタ属性の回でした。


総合タワーリシチ あらた伊里

webコミックも楽しさばっちりのタワリシチ。登場人物が多くて賑やかですが、今回はメインの二人にフォーカス。みそっかすって久々に目にする単語です。主人公が「自覚のない変人」だったりするのがじんわり伝わってきて楽しい。


prism 東山翔

 毎回割りとエロいというか熱々シーンが投入されるprism。今回も熱々。先生ヒドイw


しまいずむ 吉富昭仁

 新聞衣装第二弾。吉富昭仁が同じネタのまま二回目のわけもなく。今回はのっぽ&ダム系姉妹はお休みでメイン年少組。しかしなんで毎回こうも変な話ばかり思いつくのでしょう。


ベツキス 百合原明

 む。××モノと書くとネタバレっぽいですね。ブタネコを拾ってみたら変なご主人までついてきて、という話。動画的なイメージの絵柄でカッコイイ! 連載になるのかな?


桜色コンプレックス 大朋めがね

 ちょっと絵柄変わった? 試験結果の張り出しで笑ってしまった。いや、それは確かに目が点になります。そしてコンロも笑った。いや、笑い事じゃないですが。webコミックの短編も面白かった。


じょしけん。 のん

 女子高生の生態を研究する眼帯キャラ。眼帯のインパクトが強くて最初剣劇モノに展開したりするのかなと変な予想をしたもののまじめっ娘の友だち作りの話でした。


魚の見る夢 小川麻衣子

 前回から少し間が空いてしまいました。人間関係も微妙なところを描いてきていて、単行本になってからいっぺんに読んだ方がわかりやすい気がします。ぱっと読んで「誰だっけ?」となり一話から読み返しました。


神さまばかり恋をする 一花ハナ

 明るく可愛らしい神さまが良い感じ。今回は試験ネタ。コトリは快活で良い子だなぁ。今回の話でコトリが日常的にどんなことをしている神さまなのかがわかりましたが、しおり×ヒワ組はまだ立ち位置不明の謎ペアのまま。タイトルにナンバリングないけど、連載になるのかな?


エデンの東戸塚 袴田めら

 今回は食育篇と同人漫画創作篇の二本立て。前回で菊名が同人作家であったことがバレてしまい、話の展望が見えてきました。この先どうやって菊名が創作に戻るのか、あるいは戻らないのか。


キャンディ 鈴木有布子

 vol.16で一番ぐっと来たのがこれ。あとがきで作者が「しんどい」と評した通り、前回でも回想的な予告がちらりと示された通り、今回は読んでいて「うわわわわ」となってしまう回でした。でも、きっとしんどいばかりじゃない展開が待っているに違いない!と期待を込めて。


花と星 鈴菌カリオ

 主人公の花井さんは船見先輩と並べてみると非常に偏ったキャラであるのがよくわかった話だったのでした。そしていよいよスポ根キャラらしい展開に。


トラにツバサ モロやん

 ミニエピソード。ゴロゴロゴロゴロ。


ひみつのレシピ 森永みるく

 ヘンテコメニューで始まって、いつものドジが発揮されて若槻はやっぱり大顰蹙。けれど――。と期待できそうな感じになってきたようなそうでもないような。そしてこの引きは次回若槻へのご褒美がありそうな?


 webコミックも充実してきていて隔月のインターバルをうまく埋めているように思います。メインの連載がwebに移ってしまうような作品もあるのかな?

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『決着!恐竜絶滅論争』後藤和久

決着!恐竜絶滅論争
後藤和久
岩波書店 岩波科学ライブラリー186
2011.11.9
★★★★☆

 発端は放送大学の古生物の授業をぼんやり眺めていたことでした。「衝突説は証明された」とう講師の言葉を聞いて耳を疑いました。恐竜絶滅の原因が小惑星の衝突にある、という有名な説です。以前からもう衝突説以外の説は可能性がほとんどなくなっているよなーとは思っていたのですが、さすがに証明は無理だろうと思ったのです。どうやら今回のこの本が解説の対象とした、決定打となった論文の存在がそういう言葉を引き出したようなのですが……。
 というわけでその論文を解説しているらしいこの本を読んでみました。

 安心しました。

 恐竜絶滅の原因が小惑星の衝突にあると“証明”しているという論文ではなく、衝突説と非衝突説の論争に決着をつけた論文、ということでタイトルの「決着!」となったようです。内容は非常にわかりやすいです。対立する仮説をひとつずつ丁寧に証拠を示して論破し、様々な角度から衝突説を検証してその揺るぎなさを示します。この本を読んで衝突説以外の説を支持し続けるのは困難でしょう。説得力が、圧倒的です。
 それでもまだ、衝突説は証明されたわけではありません。恐竜絶滅仮説の中でもっとも筋が通っていて、反証要素のない仮説であるということです。今後はさらに詳細に衝突のプロセスが解明されていくのでしょう。

 恐竜絶滅原因となった小惑星の軌道要素まで判明して、母天体群までわかったりすると面白そうです。単に数億年に一度の確率で小惑星が〜という確率論よりも、何らかの太陽系規模のイベントの余波で小惑星群の軌道が撹乱され、短期的な重爆撃期が……なんて想像はあまりにもSF的でしょうか。大陸上にクレーターが残っていないだけで、チチュルブよりもさらに大きなクレーターが海底に作られ、プレートテクトニクスで消えていったなんてのも想像するとわくわくします。そういった衝突説からの派生パターンも色々出てくると面白いんじゃないかな〜。
 そんなことに想像を巡らせるきっかけにもなった本でした。

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『荒野の恋(1)』桜庭一樹×タカハシマコ

荒野の恋(1)
原作:桜庭一樹
作画:タカハシマコ
講談社KCなかよし
2011.2.6
★★★★☆

 少女漫画だっ。

 タカハシマコの絵柄は少女漫画的で、作風も少女期、少年期の繊細な気持ちをふわふわの絵+特有の残酷さで描いたものが多い気がします。そして原作の桜庭一樹もそんな少年少女の二面性を描くことの得意な人。『青年のための読書倶楽部』でもコンビを組んでいたこの二人の、コミック化新シリーズ。

 中学生になったばかりの主人公・荒野こうや。対置されるのはクールな少年・神無月悠也ゆうや。入学式の朝、荒野は悠也と出会います。ガール・ミーツ・ボーイ。荒野も荒削りな感じが素敵な子なのですが、この悠也もまた素敵に少年しているのです。バカで汚くてうるさくてスケベなばかりの現実の男の子には滅多にいない希少なガラスナイフのような少年。そして――ああ、ネタバレになってしまうので言及は避けますがとても少女漫画な展開です。王道少女漫画の展開なんだけど、でも、編集者が誘導しているかのようなアリガチな少女漫画ではぜんぜんなくって、なんつーか、THE少女漫画とでも言うべきか。

 桜庭一樹×タカハシマコらしく、百合漫画ファン的に期待できそうなキャラも登場はするのですが、きっと不遇なのだろうな、と予想できてしまうあたりも少女漫画です。この話はきっとそれでいいのです……。
 桜庭一樹の原作小説は未読でしたが、これを機会に読んでみたくなりました。文春文庫の『荒野』でいいのかな。

 同じ桜庭一樹×タカハシマコの『青年のための読書クラブ』シリーズも続刊出ますように……。
 二巻終了後はweb定期掲載もなくて、あと一冊で完結しそうなのにとても不安です。あっちも傑作なのに。

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『一般意志2.0』東浩紀

Amazon書影
一般意志2.0ネタ四コマ

一般意志2.0
東浩紀
講談社
2011.11.22
★★★★☆

 刺激になった! とても。

 読みながらつけていたメモを元に内容紹介を試みようと思います。斜体の小さめの文字はその時々で思ったことです。




ルソーの一般意思のベタな解釈。エッセイであり“夢”である、と。


第一章

ルソーの「社会契約論」の説明。全体主義、ナショナリズムの起源が民主主義の起源でもあることとの矛盾→集合知、群れの知恵という考え方から理解。


第二章

ルソー:ひとは自由で孤独な存在。集団生活を行い社会を作らざるをえなくなり「社会契約」を結ぶ。「自分の持つすべての権利とともに自分を共同体全体に完全に譲渡すること」。個人の意志の集合体である共同体の意思=一般意志。市民は一般意志に絶対服従しなくてはならない。社会契約→共同体の誕生→統治者の選定、の順で統治者に絶対服従することではない。

一般意志というのは「運命」の別名みたいだ。

一般意志は数学的存在である。

まだ具体性低め。そもそも「数学的存在」じゃないものってなんだろう。頭の中で起こっていることもニューロンのパターンと考えれば感情も妄想も数学的に扱えてしまう……。


第三章

ルソー:部分的結社の禁止。小さな都市国家での直接民主主義を理想として、代議制を必要悪と考えた。また、十分な情報を与えられた市民は市民間の討議や意見調整もしない方が良いとする。

ベタに解釈するといいつつ後世登場したベクトルetcの概念に当てはめてしまうのはアンフェアな気がする……。

部分結社は人々の意見を結社の数だけに制限する。意見の数が減少は一般性の程度も減少させる。統計的に離散していることより分散していることを重視。市民の間の意思調整は差異を減少させ一般意志を不確かなものにする→政治にコミュニケーションは必要ない。

政府etcあらゆる権力に不信を感じる身としては興味を惹かれた。東浩紀の主催するコンテクチュアズはルソー的には結社になってしまわないのかな、とふと思った。

おたくくさいルソー。都市の喧噪やコミュニケーションを嫌い、性的倒錯者で、ひきこもりでロマンティックで繊細で被害妄想気味で。コミュニケーションなしの政治へとつながる? ひとがひとの秩序(コミュニケーション)から自由になり、モノ(数学的に導きだせる一般意志)の秩序に従う世界。


第四章

敵と味方を分割するのが政治(シュミット)。コミュニケーションの外にある一般意思は敵味方の分割線を作らず、シュミット的には政治の定義に外れる。


第五章

Twitterなどのソーシャルメディアを例に無意識の欲望パターンの抽出を可能だとする。一般意志とはこのデータベースのこと。

「とりあえず手の届きそうなデータを一般意思としてみよう」な感じ。

「一般意思2.0」はルソーのオリジナルの考え方を総記録社会の現代に緩やかに当てはめたもの。オリジナルは人々の心に刻まれたもので実在しないが2.0はライフログの総体で導きだせるデータ。

実在するモノに一般意思2.0と名前をつけた、ような。

現代ではアーレンとハーバーマスが思い描いた公共圏はない。議論の場そのものが共有できない。→テロリズムの台頭=熟議の場そのものの否定。私的利害の調整しか行わないように見える一般意志2.0の方が生産的議論の場を成立させ、ひとりひとりの選好を変容させる可能性?


第六章

政府2.0は市民の明示的な意思表示(=全体意志)ではなく集合的無意識=一般意志にこそ忠実であるべき。世界を単純化し捉えるための技術がGoogle。けれどネットで不快な情報を遮断することは心の動揺を遮断してしまう。一方でネットでは「友達の友達」六つの連なりで世界中の人が繋がっている。私的利害の島宇宙は意外に容易に心の動揺を呼び起こせる可能性がある。


第七章

グーグル・サジェストを例に、大衆の無意識を抽出する例を紹介。無意識の可視化装置としてのネット。意味を斟酌しないGoogle。フロイトのグラフ理論的ネットワーク図。


第八章

総記録社会は監視国家化やネオリベの可能性だけでなくきめ細かな福祉を可能とするかも。市場原理主義とも社会民主主義とも結びつく中立のイデオロギー。政府が人民を支配するという常識を覆す国家像、社会像をルソーと情報技術を元に考える。公と私の対立を乗り越える共のプラットフォーム。全体意志(公)と特殊意志(私)と無意識の共(一般意志)を情報技術によって吸い出すことで統治の基盤とする政治。ヘーゲルはルソーの一般意志を特殊意志の総和であるとする点を批判。個人の意志の集合が自らを反省し再帰的に捉え返し、ひとつの意志として実体化した物であるべきとする。一般意志の概念の神秘化。

図8-2がよくわからない。複数の一般意志1.0ってなんで公になっちゃってるんだ。「一般意志」≠「一般意志1.0」で「一般意志1.0」はヘーゲル的というか近現代社会で一般意志とされてきたもののこと? ちょっと混乱したよ…。

#追記 p.89で「1.0」がルソーのオリジナル、と書かれていた。う〜ん。やっぱり混乱。

来るべき国家が無意識の奴隷になるわけではなく、意識と無意識の狭間で試行錯誤を繰り返しながらよろよろ進んでいけば良い。選良の理性で大衆の欲望を制御する発想は不可。一般意志=欲望は制約条件=環境そのものがもたらすシバリ。


第九章

欲望は理やリスクで説いてもコントロール不能。原子力が震災以後否定の対象になったように。


第十章

これまでのまとめ。プラス一般意志2.0に基づく政治の具体的一シーン。


第一一章

あらゆる熟議を人民の無意識に晒すべき。ポピュラリズムではない。大衆の欲望の肯定ではなく、熟議と欲望の対決。無意識民主主義は高くなりすぎた政治参加コストを劇的に下げるを目的に。


第一二章

選良と大衆、人間と動物、熟議とデータベース、間接民主主義と無意識民主主義の独自の組み合わせを、民主主義2.0とする。動物的な生(zoe・欲望)と人間的な生(bios・固有性・理性)、私的領域(オイコス)と公的領域(ポリス)のようなヨーロッパ思想の伝統的対立構図を一般意志2.0は破壊する可能性を持つ。私的で動物的な行動の集積が公、公的で人間的な行動(熟議)は密室・私的領域でしか成立しなくなってくる逆転の可能性。


第一三章

ローティのアイロニー:二つの矛盾する主張を同時に信じること。独自の信念を持ちつつ、その信念を他人が共有しない可能性があると自覚すること。共同体の総員が共有できる価値観がないために、個々人の持つ普遍や真実は公のものではなくプライベートなものであるという逆転となる。理念ゼロ、イデオロギーゼロで運営される社会「リベラル・ユートピア」。見知らぬ人々の苦しみに共感する想像力によって連帯が生じる。これがアイロニーを抱えつつも社会を構成するための基礎。
理性に傾きすぎていた政治に本能を導入するのが一般意志2.0。ローティの思想と共通点がある。


先に読んだ『瞑想する脳科学』やその関連図書とも近い感じ。


第一四章

ノージック『アナーキー・国家・ユートピア』は福祉国家の正当化不可能性を説く。暴力のみを管理する最小国家の成立は正当化できるがそれ以上の国家の機能は貧者救済のような人道主義的な試作を含めいっさい正当化できないと。ノージックのユートピアを一般意志2.0的に読み直すこともできる。


第一五章

最小限の国家。ベーシックインカム。一般意志2.0と絡ませた未来像の提示。


★ ★ ★

 全体を通じて、著者の専門外のことへの緩さが気になりました。
 例えば「形態素解析」という言葉が二度登場します。東浩紀はこれを「コンピュータによる高度な言語処理」という意味で使っているように思えます。ところが実際はOASYSの頃からある「文を区切って品詞に分類する」だけの基本的な処理を指す言葉なのです。些細なことですし、言語処理の専門家でないのでちっとも構わないと思うのですが、よく知らない専門用語を使うのはハッタリっぽくて残念感につながってしまいます。東浩紀が主催する「コンテクチュアズ」の情報処理担当から聞かされた言葉をそのまま使ったのかもしれませが……。自然言語処理で意味を扱うには“潜在意味解析”といった技術もあり、熟知しないまでも概要くらいは押さえていてもいいんじゃないかしら、とは思いました。せっかくルソーを現代に魅力的に再起動させたのだし、もう少しメカニズムに関心を持ってもいいんじゃないかな、と。
 思想以外の面では似たような指摘が各方面からあるようで、東浩紀もうんざりしていそうではあります。

 揚げ足をとってはみたものの、この『一般意志2.0』は良い本です。
 私はルソーは、高校で習った年表の人、くらいの認識しかなかったのですが、性的倒錯者であったりヒッキーであったりと面白おかしい側面も交えての(著者の言葉によると“二次創作的”な)説明に非常に興味深く読めました。
 メインとなる一般意志2.0というアイデアはそう突飛でもなく、けれど、思想史と絡めて位置づけを知ると「ああ、思想ってこんなに面白いんだ、自由なんだ」とジャンルの面白さの一端に触れられた気もします。単純に、歴史を知らないまま「政治家と電子的な方法で一般市民の間から汲み上げた要望を対峙させる」というアイデアだけを聞かされても「ふうん」で終わってしまいますが、ルソーやヘーゲルの考え方の説明を追いながら理解を進めた一般意志2.0には思想というジャンルの血肉が備わって生き生きしていました。

 第八章まで「一般意志」と「一般意志1.0」と「一般意志2.0」の関係がよくわからずに「一般意志」=「一般意志1.0」じゃないの?と混乱したりもしましたが、それ以外の部分は非常にわかりやすく明快です。各章ごとに冒頭で簡単なまとめが行われますし、核となる「一般意志2.0」「政府2.0」「国家2.0」といったアイデアもさほど複雑なものではなく、楽しく読み進めていけば自然と内容が理解できるはず。思想というジャンル的には異端というか非常識な考え方らしいですが、私のような素人には逆に馴染みやすい内容でした。

 東浩紀は一般意志の実装を試みるイベントを開きWillcaというシステムを作ったりしているようです。試しにこのシステムで「創元SF短編賞」と入力してみると……。出た! 私のTwitterアカウント。一般意志は私の作品を望んでいる!というのはあまり出来のよくないジョークですが。ん〜。これ、単純に「創元SF短編賞」という単語を呟いた回数で集計取ったのと変わらないような。でも、基本はそういうことなのでしょう。使える限りの情報を利用して評価のための重みづけをする、ということで。
 そして恐らく、このWillcaの時点で問題点が明らかになっています。

「この一般意志は信じていいの?」

 アルゴリズムが複雑になればなるほどデータ処理の内容は見えなくなります。いったい誰が「一般意志を正しく汲み上げられている」と判断するのでしょうか。明日は雨が降りそうだ、とか、テロが起きそうだぞ、という結果のある命題に関しては検証も可能ですが、ネットに現れる欲望は検証可能とは限りません。理解不能な方法で示された「これがあなたたちの一般意志」と示されたものを受け容れるのは、一般意志を聞き取る能力を持つ独裁者を受け容れることと同じに思えます。
 Googleのマッチング広告同様、民意の反映として実効性がある気はしますが、商業的成功というバロメーターを持つ広告と違うのは国民の満足度を量る手段もまた一般意志に頼ることになりそうな点です。『一般意志2.0』中で取り上げられるフロイトを顧みるならば、無意識を汲み上げる一般意志2.0は意識からの評価が困難、となる気がします。

 実際に一般意志2.0が社会に実装されていく過程はどんなだろう、と考えていたら小説ネタにしてみたくなりました。小イベント向けの短編にしてみようと思います。SF系創作を志している方にはオススメ。創作の刺激になると思います。

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『オトメの帝国1、2』岸虎次郎


オトメの帝国1

岸虎次郎
集英社ヤングジャンプコミックスBJ
2011.3.19

オトメの帝国2

岸虎次郎
集英社ヤングジャンプコミックスGJ
2012.1.19

オトメの帝国感想四コマ

 一巻の発売時に買いそびれてしまってなかなか買えずにいた『オトメの帝国』。二巻発売に際して増刷されたのか、ようやく揃って入手できました。

お・ば・か

 この表現が一番ぴったり。
 下着姿も裸も登場します。エロスもたっぷり、と言いたいところなのですがおばかさ加減が圧倒的で扇情としてのエロはどこかに飛んでいってしまって、健全な気さえしてきます。パンツなんか丸見えでも意に介さないパワフルな女子高生。男に媚びない清々しくもおばかな少女たちのちょっぴりセクシャルでのびのびとした日常が描かれます。
 お話は小エピソードを集めたもので、一巻は全33、二巻は全26エピソード。元々は『ビジネスジャンプ』誌に掲載で、二巻発売時点ではweb連載となった模様。

「オトメを知らずに「女子高生大好き」「百合大好き」とは言わせません。話題沸騰のちょい百合コメディ

という帯がついていたりもしますが「百合漫画だよ」とお勧めするのはちょっと気が引ける……。友情であったり発情であったり恋心であったりが描かれはするので間違いなく百合要素は含んでいるし、百合漫画好きとしてとても面白いと思うのですが、登場する少女たちがセクシャリティを意識することがほとんどないせいか“百合”という分類に違和感を覚えます。
 細かいことはどうでもいい、とにかくおばかで面白いんだよ!と勧めたいです。

 シリーズでイチオシのペアは亜衣&ちえ組。茉莉&優の主従コンビもいいし、綾乃&美好の開けっぴろげすぎる関係も……。と挙げていくとけっきょく全部イイになってしまいそう。

 とにかく、オススメっ。


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