« 『荒野―12歳ぼくの小さな黒猫ちゃん』桜庭一樹 | トップページ | 『荒野―14歳 勝ち猫、負け猫』『荒野―16歳 恋知らぬ猫のふり』桜庭一樹 »

『南極点のピアピア動画』野尻抱介

南極点のピアピア動画
野尻抱介
ハヤカワJA文庫
2012.2.23
★★★★☆

 野尻抱介、久々の新刊。帯によると五年ぶりだとか。

Photo 全四話構成の連作短編集です。第一話「南極点のピアピア動画」はSFマガジン掲載時に読んでいましたが、他の三編は初見でした。
 第一話、雑誌で読んだときには正直あまり面白いと思いませんでした。ピアピア動画のモデルとなったニコニコ動画自体にあまり関心が持てなかったから、かな。好みのコンテンツが少なく、画面を横切るコメントも馴染めませんでした。特に野尻抱介が“尻P”として作成している動画にはわずかながら腹立たしささえ覚えてしまったり。「電子工作や機械工作はのじりん以外にもできる人山ほどいるけど、のじりんの小説はのじりんにしか書けないのに。原稿書いてよ!」と。読者というのは勝手な生き物です。

 ところが。

 読み進めていくと骨太のSF要素はやっぱり野尻抱介らしさに溢れていて楽しく、三話目「歌う潜水艦とピアピア動画」でがっちりハートを掴まれ、それまでの要素が集結する書き下ろしの最終話では「読んで良かった」とじーんと来ました。やっぱりSFはこうでないと。

 ボカロ、今作でキーとなるバーチャルアイドル・小隅レイの扱いに「おや?」となりました。作者はニコ厨・ミク厨としても有名な方ですが、その側面を一人称的に出さないようにしたためなのでしょうか、“萌え”が記号的です。作中のボカロ好き技術者たちでさえボカロを「みんなで盛り上がるためのお約束」とする言動を取ります。オタクの一般人に対する照れなのかもしれませんが、打算ツールとしての“萌え”視点を取る登場人物たちに「う〜ん」と唸ってしまいました。ストーリーにおいても“萌え”は世の中に無理を通すためのツールとして使われ「う〜ん」2です。

 ピアピア動画≒ニコニコ動画はこの話の中ではかなり大きな役割を背負わされていますが、実際のニコニコ動画を眺めてみても特に優れた/独自の技術があるように見えません。オリジナリルなのは画面に流れるコメント機能くらいで、あとは普通の会員制動画投稿サイトのよう。最近は電子書籍やテレビコンテンツを揃えていてメディアとして育っているのは確かです。
 YoutubeやUStreamと何が違うのか、というとコミュニティ指向の部分。画面に流れるコメントを軸に、投稿者同士+閲覧者がコミュニティを作りやすくなっています。
 そのコミュニティは2ch的なノリやネットギーク的性格を強いるので、他のネットギークたちの集った場所と同じようにアクティブ・ユーザ層は固定で、すでに年齢層が高く、この先は同じユーザ層を抱えたまま高齢化していきそうに思えます。パソ通、2chが辿り、Twitter、Facebookがそうなりつつあるように。
 モデルのニコニコ動画が持ってしまったそんな古さが、近未来の“ピアピア”にも伝わってしまっている気がしました。
 若者の気配がしない……。

 SF面では第一話の降着円盤でも、第二話のクモの糸でも、第三話のコンタクトシーンでも「もっとデテール読みたい〜」と思わされる魅力的な素材でいっぱいです。ハードSF的な素材が日常の一部のようにぽこぽこ並べられていきます。地味〜な扱いではあるのですが、それが近未来の日本を舞台としたSFっぽくもあります。

 ネタバレなし感想ということで一番オススメしたい最終話展開について具体的に触れませんでしたが、ボカロ嫌い、ニコ動嫌いの方でも楽しめると思います。ボカロもニコ動も話を発展させるための駆動力であって、SFの核はもっともっとずっとガッチリしたものです。オタクネタてんこ盛りですが軽く距離感をおいた視点で語られることもあり、キモいということもないはず。

 日本のハードSF、ここにあり。

|

« 『荒野―12歳ぼくの小さな黒猫ちゃん』桜庭一樹 | トップページ | 『荒野―14歳 勝ち猫、負け猫』『荒野―16歳 恋知らぬ猫のふり』桜庭一樹 »