『原色の想像力2』
原色の想像力2
創元SF文庫
2012.3.22
★★★★☆
『原色の想像力』第二弾。
第二回創元SF短編賞の最終選考作十八作の中から七作と、受賞者による受賞後第一作が収録された短編集です。この記事では紹介&感想を兼ね、コミPo!による四コマ漫画もつけてみました。
文章による感想は若干ネタバレ気味です。
繭の見る夢 空木春宵
とても美しいお話。
ことさらに感傷的に叙情を訴えたりはせずにぐっと抑えているのに、文章のそこかしこから立ちのぼる色気が魅力。第一回の宮内悠介はざっくりと切り込んでくる恐ろしい刃物のようでしたし、同じく第一回の笛地静恵はゴリゴリと力強く鮮やかで色彩感のある文章が魅力でした。第二回では異形の酉島伝法と平安の雅な空気を湛えた空木春宵という対照的な文章を持つ作者が現れ、こぢんまりとした賞なのにすごい人が出てくるじゃないか、と溜息が出ます。
舞台は平安。虫愛づる姫君と、姫君のために虫を獲ってくるために集められた浮浪児たちの日々を描く所から始まります。それだけじゃSFにならないじゃん!なのですが、姫君の身に怪異が起こり、とまずは伝奇に発展していき――これ以上の説明は無粋でしょう。『原色2』巻頭ではこのお話は「言語SF」と銘打たれています。物語のしかけはかなりはじめの方からキーワードが散らされていることもあって、読者は常にわずかずつ先を予想しつつ納得しながら読んでいく形になって、SFとしての意外性は感じられないものの気持ちよく物語世界に没頭できました。
今作は割と有名どころに材を取っていたけれど、王朝文学専攻らしいこの作者ならマイナーなところからも面白い材料を見つけ出してきそうな気がします。次の作品もぜひ読みたい、と思わされました。
ニートな彼とキュートな彼女 わかつきひかる
一次選考通過者の中に“わかつきひかる”の名前を見つけたときから「おおっ」と楽しみにしていました。プロの、かなり有名な方が投稿してくるんだ!と。
可愛い、印象のお話です。
そう遠くないであろう未来が舞台のボーイ・ミーツ・ガールの物語。といっても少年は就職に失敗してしまった青年ですし、少女は保育士をしている大人の女性です。異性との出会いもなく、パートナーがいるだけで“リア充”扱いされてしまう現代においては非常に身近に感じられるであろう「寂しい」がほのぼのとした文体で描かれます。SFとしてのキーはホームネットワークサーバー。人工知能のコンパニオンみたいな存在で、2012年の今だとiPhoneのSiriを思い浮かべる人が多いのではないかと思います。あれをもうちょっと世話焼きにした感じ。
SFとしてとても斬新であるというわけではないのですが、ライトノベルやジュブナイルポルノで活躍されている作家さんらしく、とても優しい視点で描かれる世界はなかなかに好印象だったのでした。
What We Want オキシタケヒコ
実を言うと、紹介ページで「スペースオペラ」とあるのを見て期待せずに読みはじめたのがこの「What We Want」。野田昌宏の「銀河乞食軍団」シリーズや「ローダン」シリーズ、「スターウォーズ」が苦手でスペオペに先入観を持ってしまっていました。
ところが、読みはじめてすぐに「これは違うぞ」と気づきました。スペオペなんだけど、妙に濃い。なんか濃い。ハードSF寄りの感性を感じる。もちろん、ハードSFではなくて娯楽作品として非常に読みやすく作られていて、誰が読んでもノリノリで読めるはず。これは野田昌宏が読んだら、地団駄踏んで悔しがりそう。高千穂遙に『ダーティペア』で先を越されたときのように。
主人公は二人。視点は脳味噌おばけ型箱入り宇宙人のトリプレイティですが、活躍の中心は破天荒キャラのスミレ。宇宙商人です。商人といえばコテコテの関西弁、という定番キャラでマジメなトリプレイティと芸人ノリのスミレとのドタバタコメディが、かなりしっかりと作り込まれた地球と宇宙文明のコンタクト設定を背景に進展します。
スペースオペラは長編シリーズ化してなんぼ。これはぜひ連作短編でシリーズ化して、映像化もして欲しいです。作者はスパロボ2のシナリオ開発にも関わっていたゲームプランナー&シナリオライターだそうで、エンタメ性の高さに納得させられたのでした。
面白くなるように作られているから、面白い。でもそれだけじゃない+Xがある、です。
タイトルとエンディングでは音楽の力も発揮されていたりして、非常に印象の良い話でした。創元SF短編賞をメディア方向で有名にするとしたら、この人じゃないかな。
プラナリアン 亘星恵風
琵琶湖疎水、切り刻んでもそれぞれの切片が再生してしまうプラナリア。うわー。これ、いい。特に前半。作者自身の分身であろう理科少年の描写にぐっと来ました。
SF部分はプラナリアというネタから連想しやすい展開でアイデアとしての突飛さは感じなかったものの、プラナリアと過ごした青春という前半の描写だけで十分魅力的なSFでした。
少年時代からプラナリアと引き合う何か……みたいなものが強く打ち出されていたほうがよりSFっぽかったかな?
花と少年 片瀬二郎
正直に告白してしまいます。私には「花と少年」の面白さがわからなかった……。
頭にコブを持って生まれてきた少年・龍平。成長するにつれそのコブは伸びて、お花になったのでした。
あらすじを説明するとこうなります。SF的には正体不明の敵が襲ってきて、頭のお花との関わりが〜というところも描かれていくのですが、ストーリーの中心は龍平のストレスフルな成長の日々で、この屈折した少年の育ちっぷりが正直読んでいてとても辛かった。少年に共感しての辛さではなくて、読むのがイヤでした。でもそれは下手だからではなく、むしろ筆力があるからこそ私の内側の「うわ〜、こういうのヤダ」が引きずり出されてきたのでしょう。
同じ、読むのがイヤだと感じられる作品を挙げてみると『たったひとつの冴えたやり方』以外のティプトリーの作品群があるものの、ティプトリーの場合はイヤでキライなのにも関わらず幾度も再読してしまうという魔性の力がありました。
「花と少年」はどうだろう。時間を置いて再び手に取ったときに、読まずにはいられなくさせてくれるかな?
Kudanの瞳 志保龍彦
伝説の生物“くだん”をモチーフにした話で、アイデア的には前例も多いとの選評でしたが、研究者のロマン/ロマンスをほのかな情緒とともに読ませてくれました。これは私は文章がかなり好みで、巻末の座談会評価とちょっと差を感じました。アンソロ収録が決まってから文章面で大きく手を入れたのかな?
ものみな憩える 忍澤勉
紹介漫画では「SFだ!」と強調しましたが、SF度という点ではさほどでもありません。なのにSFを強く感じたのも確かです。西武線沿線のちょっぴり時代を重ねた駅前商店街の空気に実在感があって、これSFなの? SFなの?と思いつつ読み進めてなかなかSFにならず、ようやくSF設定が明らかになったというジラシで強く印象づけられたのかもしれません。老人の日常的な描写が不思議に魅力的に思えたのでした。
洞の街 酉島伝法
『結晶銀河 (年刊日本SF傑作選)』に収録された第二回創元SF短編賞の受賞作と共通した作風のお話。
大量に投入される当て字的な創作名詞たち。その分量と漢字の当て方が強烈。読者側の負荷が高いので、読み疲れて放棄してしまう人もいるのではないかと思います。とにかく読みづらい。
あまりの読みづらさに一旦中断して、傑作選とこちらの選評を読んで、改めて「皆勤の徒」と「洞の街」に取り組んでみると……。あれ? そんなにわからなくない。いや、わからない部分はいっぱいあるけど、でも、思ったより馴染みやすい物語の骨組みがあって、登場する異形たちも異形ではあってもヒトとしての気持ちや繋がり方を持っていて身近な話に思えてくる不思議な読書体験が味わえます。初読だと紹介漫画みたいな反応になってしまうかもしれませんが。
異形のキャラクターたちで埋め尽くされた、スターウォーズのような、(言葉遊びの面からは)漫画の蟲師のようなねちょぐちょワールドはぜひ読んでみて欲しいと思いました。設定は確かにSF的ではあるのですが、投入されているセンスは怪奇小説的。読みづらいのも本当なのですが、この濃厚な個性の出現に注目しないのはもったいないです。二作も読んで馴染んでみれば、異形スタイルの物語が自然に頭に入ってくるようになること請け合い。
読者を改造してしまう、豪腕だと思いました。
★ ★ ★
私自身が投稿している新人賞ということもあって非常に強い関心を持って読むことができました。この『原色の想像力』シリーズに掲載されている小説たちは私にとってはライバル……というより“壁”です。この原色たちを超える――少なくとも並ぶレベルのものを書かなければ落選となるのです。
なんて遠い。
そう思いました。
酉島伝法や空木春宵の創作に全霊をかけていることの伝わってくる作風。オキシタケヒコの、ゲームというシビアなエンタメの世界に身を置いている人ならではの力量。第三回にも、次回にもそんなパワフルな人々が原稿を投じるのでしょう。
とにかく、全力を尽くしてぶつかれた、と言えるだけのことをしてみようと改めて思ったのでした。
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