『エピジェネティクス入門』佐々木裕之
エピジェネティクス入門
佐々木裕之
岩波科学ライブラリー
2005.5.12
★★★★☆
タイトルそのままの内容の本。
『エピジェネティクス 操られる遺伝子』という本を読み、よりシンプルにわかりやすいエピジェネティクス本はないものか、と読んでみた中の一冊。2005年刊で後回しにしたのですが、失敗でした。これを最初に読んでいれば良かった。簡にして要。エピジェネティクスの説明に必要なことが簡潔に、わかりやすくまとめられていました。
文字も大きく、行間も大きめに取られ、あっさりめの図解が付されていて、読むだけならば二時間もかからないシンプルな本です。ところどころ生化学に馴染みがないと置いてきぼりになってしまう取っ付きにくさも残ってはいますが、わからない部分はわからないなりにすっとばしてもエピジェネティクスの概要が掴める良い解説本でした。
分子生物学の発達で「DNAは生物の設計図。DNAをいじれば(生物に可能なことは)なんだってできるぞ!」みたいなDNA万能論のイメージが広がったのですが、DNAは、遺伝子はそんなに一筋縄では行かないんだぞ、というのが最近の生物学の傾向です。エピジェネティクスはその一筋縄では行かないメカニズムを分子生物学で精緻化してみたら後成説・ラマルキズム的要素と結びついたことから成立した分野。エピジェネティクスのネーミングと後成説の繋がりの詳しい説明なんかもあります。
生物学や進化論に興味のある人ならばラマルキズム、獲得形質の遺伝、という話に持って行くだけで「え〜?」と思われるかもしれません。が、オカルトと断じるには早いです。分子生物学の進歩によって訪れたパラダイムの更新を代表しているのがエピジェネティクス。異端説や奇説の類ではなく、ネオダーウィニズムを核に据えた総合説を否定するのではなく強化する考え方として、今後の生命観を支える分野なのだと思います。
副題にある「三毛猫の模様はどう決まるのか」以外にもネズミの色や性差を伴う遺伝病、メンデルの法則に従う植物の獲得形質の遺伝、がん細胞の挙動etcとエピジェネティクスの関わる例を示し、どんな仕組がそれを可能にするかを述べます。この本で示される具体的なメカニズムは、種々の進化論たちのあやふやさとは無縁のかっちりした実験ベースもの。
七年以上も前に、こういう考え方がされるようになっていたのだな、とアンテナの低かった自分が悲しくなりました。生命観のパラダイム転換のその瞬間を見逃していたのが悔しくなる本でした。
| 固定リンク