« wz形式構造化テキストのOPML変換 | トップページ | 『荒野の恋(3)』タカハシマコ×桜庭一樹 »

『屍者の帝国』伊藤計劃×円城塔

屍者の帝国
伊藤計劃×円城塔
河出書房新社
2012.8.24
★★★☆☆

「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」

 作中、かなり?不正確だけどこんな感じのシーンがありました。
 なんとも不思議な感じでした。夭折したSF作家・伊藤計劃の残したプロローグを元に、芥川賞作家・円城塔が完成させた、という重い背景を持つ作品ではあるのですが、その内容はというとホームズ物設定で、007パロディ的で、ゾンビ物でという混沌とした話です。死体に“霊素”なるものを吹き込んで動かすという設定に、この作品自体が伊藤計劃の遺稿を円城塔が完成させたもの、という成り立ちと重なるのだなというのは誰しも思うところでしょう。

 あらすじは……。
 死者を機械のように動かす技術の普及した十九世紀後半、医学生のジョン・ワトソンは英国の密偵となりある特異な屍者技術を追ってアフガニスタンや日本で冒険を繰り広げる、というものです。ヴァン・ヘルシング、英国諜報部、ピンカートン、カラマーゾフ兄弟、フランケンシュタイン。なんでもありの超ごった煮は伊藤計劃的、かな?

 『虐殺器官』『ハーモニー』での伊藤計劃は、たとえ明るいはずのシーン・展開であっても重苦しく鬱々とした気配がありましたが、この『死者の帝国』はどちらかというと前向きな書き手を感じさせてくれます。それは伊藤計劃的でないかもしれないというだけでなく、非円城塔的でもある印象。伊藤計劃×円城塔のどちらが霊素でどちらがボディであるのか。作品となって姿を現した『死者の帝国』には伊藤計劃でもなく円城塔でもないという、不気味の谷とも言える違和感がありました。

 読んでいて断然面白くなってくるのは第2部から。第1部では霊素という言葉に付されたフリガナでしかなく、007パロ要素にも思えた「スペクター」という言葉が第2部に入って俄然生きてきます。虐殺の言語やSelf-Reference Engineといった伊藤計劃的、円城塔的なイメージの立ち上がりに興奮しました。その一方でますます不気味の谷は深くなり、これは一体誰の物語なのだろうという違和感が増していきます。

 ところが、ところが。
 読み終えて感じられたのは伊藤計劃でした。

 う〜ん。しかしオススメしづらい。ゴシックホラー的なものを好む人にはパロディ的な側面や雰囲気演出の淡白さが気になりそうですし、第2部以降で浮かび上がる魂、知性、進化といったテーマの面白さが一転してそこに共感を持った読者の否定に繋がりそうな展開もハードSF好きには「むう」となってしまいそう。それこそが伊藤計劃的という印象へ収束した理由ではあるのですが。
 読んで良かった、楽しめた、というのは確かですし、理解するのが難しいような難解な作品でもないはずですが、これを勧めてストレートに「すごく面白かった」と喜びそうな知り合いの顔が思い浮かばなかったのでした。書かれた経緯が経緯だけに予備知識込みで勧めて良いのかまっさらの状態で読んでどう感じるのか。フィルターがかからずにはいられないという難しさを備えてしまった気がします。

★ ★ ★

 『S-Fマガジン 2012年 11月号 』 に掲載されていた「屍者の帝国刊行円城塔インタビュー」という記事を読みました。思ったよりずっと円城塔の作品であったことを知りました。でも、伊藤計劃であることの必然が込められていて、という印象ともなりました。『屍者の帝国』を読んでの印象とは重なるような、意外なような、よくわからないような。伊藤計劃の病も死もその後の展開も、単なる事実ではあるのですが歴史という作品になっているんだな、という感覚が湧いてきました。

|

« wz形式構造化テキストのOPML変換 | トップページ | 『荒野の恋(3)』タカハシマコ×桜庭一樹 »