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ゴシックハート
高原英理
講談社
2004.9.14
★★★★☆
面白かった!
ゴシック寄りの小説を書いている時にふと「私の書いているものはゴシックになっているだろうか」と心が揺らぎ、すがる気持ちで読んでみました。ああ、私の思うゴシックはそんなに外れていなかった、とほっとできたのと同時に文中で挙げられていた作家で新たに知ることが出来た人もいたりと収穫も多かったです。以前に読んだ『死想の血統』共々、オススメ。
ゴシックというのは定義が曖昧でなんとなくな感じの言葉。ゴシック・ロリータ、ゴシック・メタル、ゴシック小説。形容としてつく言葉なのだけれど実体があまりない。怪奇的なとかおどろおどろしいとか猟奇的であるとかそんなあたりのニュアンス。この本では小説、音楽、美術の紹介を絡めつつゴシックの例を示して「ゴシックとは何か」をじわじわぼんやりと示していきます。明確な境界・定義のないゴシックという概念の霧が読み進めるに連れて掴めてくるはず。各章題を見ればどんな話が扱われるかわかります。
- ゴシックの精神
- 「人外」の心
- 怪奇と恐怖
- 様式美
- 残酷
- 身体
- 猟奇
- 異形
- 両性具有
- 人形
- 廃墟と終末
- 幻想
高原英理「ゴシックハート」目次より
特に印象に残ったのは「身体」の章。『攻殻機動隊』を例に語る部分に紙数を割いているのですが、意識と身体の関係について最新の知見を先取りするようなことを述べていたりして興味深いです。「人形」の章についても——実はこのテーマを目当てに読んだのですが——共感が持てました。なぜ少女と人形と猟奇とが「ゴシック」というキーワードで繋がるのか、はっきりしたロジックで繋がるわけではないものの、接点となる媒介が朧げながら見えてきた気がします。
挙げられていた作品に触れてアタリを感じたのは
他にも紹介されていたマリオ・アンブロスィウスの「Ma poupee japonaise」
という写真集を見てみたかったのですが値段も張り、図書館でも見つからずで果たせていません。残念。
著者は幻想怪奇の分野で著作がいくつもある方のよう。これを機会にいくつか読んでみようと思ったのでした。
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『東京喰種』
石田スイ
ヤングジャンプコミックス
6巻まで読んだ時点での感想となります。
東京の区が数字で分けられた世界。文化や技術的には現代の東京と変わらないように見えますが、一点、喰種——グールという存在が人々の間に紛れて生きている世界であることが違います。喰種は人と見分けがつきません。ただ、人肉を好んで口にするだけ。人を狩る上位捕食者が潜む世界です。
人間の主人公・カネキはある日、喰種に襲われます。助かりはするのですが負傷し、喰種の臓器を移植されてしまったのでした。カネキの身に生じる喰種としての特徴。どうなるカネキ!
この導入部から岩明均の『寄生獣』を連想した人は多いはず。私もそうでした。
『寄生獣』の最終回以降で人の世に溶け込んだ寄生生物たちはどうなったのだろう、というところから生まれたお話のように思えました。もちろん単に『寄生獣』に触発されたというだけでなく“悪”の側からの世界——喰種の視点が描かれます。ヒトの間に溶け込み、ヒトに近いアイデンティティを持つ喰種たち。環境問題からヒトの考え方に馴染まない上位捕食者を設定した『寄生獣』とは異なり、喰種はほとんどヒトであり、カネキは吸血鬼ものの吸血鬼ハンター的なダークヒーローの位置に立っていくことになります。
『寄生獣』との一番の違いは掲載誌。ジャンプ系誌での連載であるためでしょう、ギリギリで矛盾しない範囲で、開始時点での設定に縛られないダイナミックさが身上といわんばかりに話が展開していきます。たぶん一巻半ば以降で設定に大幅な強化がなされたはず。開始当初からは想像できない奥行きのある話が見えてきています。
テーマが食人怪物ということもありスプラッタ映画的に爽快?に人が死んでいく漫画です。カネキは喰種としての食人欲求とヒトとしての倫理の板挟みになりつつ、喰種退治を専門にする捜査官や喰種同士で殺し合うことを辞さない喰種と対立し、戦い強くなることでより喰種の側に近づいていく。ダークヒーローものとしては王道ともいえる展開にどきどきわくわくするのです。
メアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』でも“怪物”には高い知性と人の心があることが語られ、“怪物”として扱われることで殺戮を行う本当の“怪物”へと追いやられたことが描かれます。『デビルマン』も『寄生獣』も経た現代のゴシック『東京喰種』では喰種も喰種退治をする捜査官も等しく病み傷つき、歪み、今のところは光明も見えません。什造なんてすごく可愛いキャラなのに歪み具合が半端ないし美食家・月山は変人具合が突き抜けてしまって面白キャラに。酸鼻が日常になることでコミカルにすらなるのはゴシックの宿命なのかもしれません。
この『東京喰種』の魅力は戦うカネキと凄惨なシーン、倫理の揺らぎといったあたりではあるのですがひたすら暗い話でもなく、非道だけれど濃くて面白おかしいキャラが続々登場したり、シリアスなのに珍妙な会話をしていたりと不思議なお笑いが潜むあたりも魅力です。設定が設定だけに万人向けとは言いづらいですが、スプラッタ・ホラー的なものでも楽しめる方にはオススメしたいです。
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裸足のキメラ
大北紘子
一迅社百合姫コミックス
2012.5.18
★★★★☆
作風は一言で表すなら「えぐい」です。
酸鼻なシーンがあるとか流血シーンがどぎついわけではないです。えぐいのは設定。戦時下の日常であったり、身を売らなければ生きていけなかったりといった話が多いです。
絵柄はすっきり。アクションもほとんどなし。感情を抑え気味の達観したキャラが多いです。でもニヒルに格好付けるのではなく抗えない状況を受け容れている感じ。それでいて、投げやりにならず守るべきものを守ろうと徹底的に抗う登場人物たちなのです。「えぐい」状況や結末があればこそ、個人のちっぽけなはずの尊厳が力強く輝くというお話たち。
ぐっと来ました。ぱっと見シンプルに見える絵柄も絵自体に力があって、とても好みです。
具体的に「えぐい」の中身にも軽く触れておきます。
「名もなき草の花の野に」は中世〜近代くらいの雰囲気の高級娼館を舞台にした話です。苦界で生きる女同士の共感・強さ。状況の厳しさがえぐいです。「欠け落ちて盗める心」は現代の田舎町と似ていながらの異世界的設定で戦争による荒廃が静かにあるお話。学園ものと思わせつつ、外の世界の戦争がヒロインたちに降り掛かります。表題作「裸足のキメラ」もまた異世界的設定で太平洋戦争前の日本がそのまま技術だけ進んだかのような雰囲気。病を背負う富豪の娘と娘付きの女中の話です。「はんぶんこ」はNHKの朝ドラみたいな大正〜昭和にかけての時代の雰囲気で、これはえぐいお話ではないはず。「花々に似た蟲」は現代日本の日常が舞台な感じ。これもえぐくはない……かな。「愛と仕事金の話をしよう」はDVと自立がテーマの日常話ですが辛気くささはなくて独特のあっけらかんとした明るさがあります。描き下しの「この花がしおれるころに」は「名もなき草の花の野に」の前日譚。これは本編+前日譚合わせてグサグサと心に刺さりました。
必ずしもハッピーエンドの話たちではないですし、恋愛自体を描いているのも「はんぶんこ」くらいと『百合姫』掲載作では異端ですがこういうタイプの話/作家さんにハマってくれる人が増えるといいなと遅ればせながらのオススメです。この作者の作品は試し読みがあると百合漫画好きとは違う層の読者さんを得られるのではないかな〜とも思いました。
帯の惹句が中身を表しています。
アイもイタミも、
全部アナタに。恋ではない、恋以上の、この気持ちはなんだろう。
これが、百合界のカウンター・カルチャー。荒ぶる魂を秘めた異才、ファーストコミックス。大北紘子『裸足のキメラ』帯より
実際に読んでみると「そうそう、こういう感じ」です。
帯と表紙カバーの題字周りはたぶん包帯のイメージ。表紙のキャラ二人は表題作からだと思いますがこれは読み終わった後に表紙をじっくり眺めると少し違って見えて来るような気もします。あとがき(献辞)にある「裸足のキメラ」のお嬢様と思われるワンポイントイラストもぞくりと来ます。
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未完の恋
宮内由香
まんがタイムKRつぼみコミックス
2012.6.27
★★★★☆
ちょっと前のコミックスの感想。
宮内由香のお話は『つぼみ』で「胸の焔」を読んだときの印象で「おっかない」だったのですが一冊に収められてみるとしっとりとした大人感が強く感じられてきます。
描き下しは表紙カバーの子の巻頭カラー付きの話が一つと「ファミリア・ファミリア」の番外篇が二つ、「鬼丸さんの恋」の後日譚と多めですし、『まんがタイムオリジナル』掲載作(百合ではないですが)や同人発表作品まで収録されていて『つぼみ』を読んできた読者でも初見の内容がいっぱい。
女性の執着心をがっちり描いた「胸の焔」と「ファミリア・ファミリア」がやっぱり出色で、この作者はそういう部分が良いのだなと改めて思ったのでした。表題作になった描き下しの「未完の恋」もワンシーンのお話だけですがこれも百合漫画らしい百合漫画に仕上がっていて良かったです。作中に流れている時間の密度が“濃い”感じが特徴の作風かな。
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