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『裸足のキメラ』大北紘子

裸足のキメラ
大北紘子
一迅社百合姫コミックス
2012.5.18
★★★★☆

 作風は一言で表すなら「えぐい」です。
 酸鼻なシーンがあるとか流血シーンがどぎついわけではないです。えぐいのは設定。戦時下の日常であったり、身を売らなければ生きていけなかったりといった話が多いです。
 絵柄はすっきり。アクションもほとんどなし。感情を抑え気味の達観したキャラが多いです。でもニヒルに格好付けるのではなく抗えない状況を受け容れている感じ。それでいて、投げやりにならず守るべきものを守ろうと徹底的に抗う登場人物たちなのです。「えぐい」状況や結末があればこそ、個人のちっぽけなはずの尊厳が力強く輝くというお話たち。
 ぐっと来ました。ぱっと見シンプルに見える絵柄も絵自体に力があって、とても好みです。

 具体的に「えぐい」の中身にも軽く触れておきます。
 「名もなき草の花の野に」は中世〜近代くらいの雰囲気の高級娼館を舞台にした話です。苦界で生きる女同士の共感・強さ。状況の厳しさがえぐいです。「欠け落ちて盗める心」は現代の田舎町と似ていながらの異世界的設定で戦争による荒廃が静かにあるお話。学園ものと思わせつつ、外の世界の戦争がヒロインたちに降り掛かります。表題作「裸足のキメラ」もまた異世界的設定で太平洋戦争前の日本がそのまま技術だけ進んだかのような雰囲気。病を背負う富豪の娘と娘付きの女中の話です。「はんぶんこ」はNHKの朝ドラみたいな大正〜昭和にかけての時代の雰囲気で、これはえぐいお話ではないはず。「花々に似た蟲」は現代日本の日常が舞台な感じ。これもえぐくはない……かな。「愛と仕事金の話をしよう」はDVと自立がテーマの日常話ですが辛気くささはなくて独特のあっけらかんとした明るさがあります。描き下しの「この花がしおれるころに」は「名もなき草の花の野に」の前日譚。これは本編+前日譚合わせてグサグサと心に刺さりました。

 必ずしもハッピーエンドの話たちではないですし、恋愛自体を描いているのも「はんぶんこ」くらいと『百合姫』掲載作では異端ですがこういうタイプの話/作家さんにハマってくれる人が増えるといいなと遅ればせながらのオススメです。この作者の作品は試し読みがあると百合漫画好きとは違う層の読者さんを得られるのではないかな〜とも思いました。

 帯の惹句が中身を表しています。

アイもイタミも、
全部アナタに。

恋ではない、恋以上の、この気持ちはなんだろう。
これが、百合界のカウンター・カルチャー。荒ぶる魂を秘めた異才、ファーストコミックス。

大北紘子『裸足のキメラ』帯より

 実際に読んでみると「そうそう、こういう感じ」です。
 帯と表紙カバーの題字周りはたぶん包帯のイメージ。表紙のキャラ二人は表題作からだと思いますがこれは読み終わった後に表紙をじっくり眺めると少し違って見えて来るような気もします。あとがき(献辞)にある「裸足のキメラ」のお嬢様と思われるワンポイントイラストもぞくりと来ます。

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