『2100年の科学ライフ』ミチオ・カク
2100年の科学ライフ
ミチオ・カク
NHK出版
2012.9.25
確か、日経サイエンスの書評欄で見かけた本であったと思います。面白そう、とAmazonを覗いてみたら★五つのレビューがいくつも。評価も高そうだ、ということで期待して読みました。
ハズレでした。
タイトル通り、未来予測本です。2030年、2070年、2100年と区切り、科学と技術の未来図を描きます。著者は物理学者。ディスカバリーチャンネルなどで科学ドキュメンタリ番組の解説にも登場する有名な方。
悪い意味でメディア擦れしている本でした。
最新の科学技術の紹介をし、それを元に未来にはこれが一般化しているだろう、と示す本。コンピュータ、生物学、医学、物理学、宇宙。とりあげられるすべてのジャンルで豊富な雑学知識とともに。
もちろんそれがつまらないわけではないです。紹介されている最新科学技術動向はどれもとても興味深いもの。現代の科学技術の先端付近を一望にする本と捉えればこの本はかなり優れています。
元素という考え方についてはギリシアの過去から粒子と波が対立してきました。近代になって原子モデルが登場し粒子の側にいったん潮流が寄りますが量子力学では波動関数を取り込む事で波としての側面を取り込み、超弦理論ではすべてを再度波に帰そうとしています。生物学では前成説と後成説が対立し、前成説はホムンクルスからDNAへ移り変わり強力なダーウィニズムとなり、メカニズムの実証されないラマルキズム=後成説は片隅に追いやられたものの21世紀に入ってエピジェネティクスという形でダーウィニズムを補完し遺伝がDNAのみで完結しない事を示し始めました。対立する思想の揺れと、互いに対立思想を取り込んで融合させてきた流れというのが科学史ではあちこちに見られるのです。
そんな思想の変遷はこの本では顧みられるません。未来の科学技術が科学史においてどんな位置づけとなるのか、という視点が皆無なのです。
もちろん、だからこの本の予想は当たらない、とは言いません。が、歴史における位置づけなしになされる予想はサイコロを転がしているのと大差がないように思います。目新しいものをただ並べるだけの未来図は、科学雑誌の記事を一年分ほどシャッフルすればできあがります。
何も予想していないに等しいと思ったのでした。
根拠のない未来図を見せられても面白くないのです。だって、科学解説書やSFが好きなら、出てくる技術は知っているものばかりですから。なぜ有望な技術なのか、という点が完全に欠落していて、理由づけに予想の面白さを期待した身にはがっかりさせられます。
また、この本に集められた知識も表面的で、地球温暖化説に関してはマスメディアの受け売りのみであったりします。物理学者である著者が科学の視点での検証をした気配がありません。470ページにもなる科学解説本であるのに対象読者が科学にまったく関心のない人であるように思えます。科学解説書好きが読んで目新しく感じられるであろうものは数える程度の学者面白エピソードだけ……。
良い点もあります。「8 人類の未来」という章では対数的な尺度での文明のランクづけを行う非常に広い考え方が紹介されます。ニコライ・カルダシェフが提案しカール・セーガンが広めた宇宙文明に関するアイデアでSFファンにはお馴染みかもしません。Wikipediaにも散文的ながら記事があります。でもせっかく指数関数的な尺度で世界を見ることが示されるのに、この章だけが孤立して他の具体的予測と何の結びつきもないのです。なんてもったいない……。
知識の羅列のみの内容は多少なりとも科学の知識を持つ人にとっては「投げ本」と感じられるでしょう。回避推奨の一冊でした。
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