『ヨハネスブルクの天使たち』宮内悠介
ヨハネスブルクの天使たち
宮内悠介
ハヤカワSFシリーズJコレクション
2013/5/24
第149回直木賞候補に挙ったこの「ヨハネスブルクの天使たち」はハヤカワSFマガジンで連載されたものに書き下ろしを一編加えたSF連作短編集です。各話に共通するモチーフはDX9という少女型歌唱ロボットと世界各地の特徴ある建築物。
歌唱ロボットのイメージの元はたぶんボーカロイド・初音ミク風の何か。舞台となるのは南アフリカ共和国のマディバ・タワー。アメリカの世界貿易センタービルのツイン・タワー。アフガニスタンのダフマ——沈黙の塔、あるいは黒い井戸という意味の名で呼ばれる風葬場。イエメンの泥のビルが並ぶシバームの旧市街。最後の書き下ろしは恐らく、日本の東京・板橋区の高島平団地。いずれの舞台でもそれぞれ異なる状況、イメージでDX9は落下します。空から降る少女型ロボット。
選ばれた舞台のイメージがこの紹介を読んだだけで思い浮かぶならばきっとあなたは建築に強い関心を持っている人のはず。そして著者である宮内悠介もそういう人なのでしょう。恐らく、実地に訪れたことのある場所なのだろうと思います。それもほんのちょっとパッケージツアーで滞在したのではなく、土地の人とじっくりと触れ合うような旅の仕方で。各々の建造物とその土地に生きる人々がとても生々しく感じられるSF連作短編なのです。日本とは違う論理、違う空気、違う常識。時代設定は近未来ですし、DX9というロボットには人の記憶を載せてしまえるテクノロジーが描かれたりしますが、南アでもアフガンでもイエメンでも力強く臨場感ある人と風土が主役です。サイバーパンクの灰色の未来とは違う、現実の諍いの延長にある近未来の変わらない紛争を日常とする人々。リアル。
土地と人、そして建物が何よりも魅力です。建物が魅力、といっても建築物そのものではなく立てた人、住まう人、訪れる人を介しての見えてくる建物が素敵なのです。DX9に代表されるSF設定は物語の重要な位置を占めるものの、不幸な死を生産し続けるヒトに変わるものとしてのDX9、というイメージとしての駆動力が中心でハードSF的なアプローチではなく、ガチガチのSFファンでない一般小説の読者であっても抵抗なく読めると思います。
読めば宮内悠介の次の作品が待ち遠しく思えることでしょう。
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