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『ヒカルセカイ』雨降波近

ヒカルセカイ
雨降波近
一迅社百合姫コミックス
2013.7.18

あらすじ

 不幸の女神(候補)であるミレットの視点で語られるお話です。神様候補であるミレットは正式の神様になるための試験として人間の世界へ訪れます。不幸な人間を選び、不幸にして死なせる、というのが課題であり不幸の女神候補であるミレットの使命。ミレットが選んだのはガールズバンドのVo&ギターの彩乃。女子高生。
 「不幸の女神」の設定が浸食していく明るくポップなガールズバンドの日々を描きます。百合姫レーベルからの作品ということでミレットと彩乃の少女同士の関係も濃く描かれていきます。

帯の「最果てに疾走する期待の新鋭、百合ノベルデビュー作品」というアオリの意味不明さにちょっと笑ってしまいました。

 以下にネタバレ込みの感想&紹介。

感想&紹介

 読み始めは正直「失敗したかも」と思いました。ライトノベル的な少女たちのキャラ設定と日常会話。ミュージシャンであるという著者のプロフィールの割に客観的な手順の描写に寄った淡々とした音楽シーン。無難なライトノベルの典型のような第一印象でした。
 ですが、のっけから示されていた“不幸の女神”の設定が「諦めない方がいい」と囁いた気がします。お気楽ライトノベルで流すならば最後まで伏せておくのが無難な要素ですし、カタチばかりの突飛設定とは思えない気配が滲んでいる気がしたのです。近づいた者を不幸にする女神。ことあるごとに強調される彩乃の生来の不幸と人を不幸に陥れる神という設定と描写。
 ストーリーは無慈悲に進展します。不幸の女神としての務めをあくまでも全うしようとするミレット。彩乃が幸せを掴みかけた瞬間に訪れる悲劇。機械的・非人情的な神ではなく人そのものの心を持って彩乃の不幸に正面から向き合い寄り添い続けるミレット。お気楽なガールズバンド物の装いは剥ぎ取られ、生と死と不幸を真っ向から描く物語へと変貌していきます。

 前半で投げ出さなくて良かった。

 よくぞこの作品を応募作の中から拾いだしたと思います。半端な選者であればたぶん前半をさほど読み進まないうちに落選の箱に放り込んだでしょう。半ばまで読まねば真価が掴めてこないタイプの話です。読み終えてみればライトノベル的と思えた前半にも必然性を持って設定が盛り込まれているのがわかります。常識を欠くかに見えた彩乃のキャラクターはストーリーが要請する必然がありました。ミレットが彩乃に注ぐ真摯な想い。神としての責務。
 濃く、純粋なお話です。百合という面では可愛らしさに萌え転がる、という類ではなく後半で描かれるミレットと彩乃の互いに一歩も逃げない、真っ向から向かい合う姿に魅力があります。輝きがあります。恋愛の面白さ、楽しさとは違う愚直ですらあるまっすぐな愛の姿。この愛の有り様もまた神様を題材にしたことの伏線になっているのが素敵です。

 強くプッシュしたい、と思ったのですが前半のライトノベル的なアプローチと後半の読み応えの落差故に、前半に魅力を感じる人には後半は「わけわかんない」「めんどくさい」となるかもしれないし、後半に魅力を覚えるタイプは前半で挫折しそうでどう勧めれば良いのか迷います。また、前半の音楽描写でこの作者ならば情感に富んだずっと濃い描写もできそうなのに淡々としていたのが気になりました。歌詞は並んでも前後の描写が吟味させる駆動力になれておらず、演奏の手順は描かれても楽器の音色、声が心を動かしに来ない。前半を引っぱるはずの演奏シーンで作者の音楽スキルが生かしきれていないのは本当に惜しい。くどい表現を避けたのかな?
 でも、これは是非お勧めしたい百合ノベル。合わない読者もいるとは思うけど、涙ぼろぼろ零れる人だって絶対いると思う。このお話は誰かの宝物の一冊になれる可能性があると思うのです。そんな特別な百合小説の一冊を探している方にはぜひ挑戦して欲しいと思ったのでした。

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