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『脳はなぜ「心」を作ったのか』前野隆司

脳はなぜ「心」を作ったのか
前野隆司
ちくま文庫
2010.11.12

 この本には「受動意識仮説」という言葉が登場します。著者が提唱している心、意識についてのモデルを指す言葉であるようです。

 本の内容はシンプルです。心・意識はたくさんの無意識により駆動されるヒト自身を傍観する行動より後に生じる後追いの物語生成・追認装置である、というものです。この部分だけ抜き出すとトンデモっぽく見えるかもしれませんが、ベンジャミン・リベットの実験以来、支持する心理学者が少しずつ増えている考え方であるようです。先に読んだ『意識は傍観者である』で読んだものと基本的に同じ考え方です。さらに歴史を遡ると機械論と呼ばれるもののひとつであるようです。
 ですがこの本は『意識は傍観者である』をはじめとする心理学者の本とちょっと違い、著者が工学者です。機械工学、システム工学の視点からヒトを制御系——生体自律機械と見なして説明するために非常にシンプルで明解で即物的に思えるのです。

 「フィードバック」という言葉を聞いたことがあると思います。日常的な使い方では「ある結果を進行中の問題に役立てること」くらいの意味でしょうか。「意見をフィードバックしてよ」なんて感じで使うと思います。
 この「フィードバック」という言葉は制御工学の言葉です。何かを制御するときの方法を分類すると「フィードバック」と「フィードフォワード」という二つになるのですが、その組み合わせと順モデル・逆モデルを実現するニューラルネットワークでヒト……というよりは生物の自律行動を説明してしまいます。結果、クオリアも哲学的ゾンビもあっそりと吹き飛びます。あまりにざっくりとした説明で機微が排除されてしまうので「え〜?」と思えてもしまいますが、単純化することで明瞭に、理解しやすくなります。特に制御工学を概要だけでも知る人にはこの本に強く共感を持てるはず。

 著者はヒトを多数の小さなタスクの集合と見なし、「心」を持った機械を作ることができると主張して研究に取り組んでいるようですが、それが本当に実現するのかどうか興味深いところです。工学的には「ボトムアップ」という手法で取り組まれてきた人工知能像そのものです。また、人工知能の実現に伴う社会の予測もしていて、SFやカーツワイルの予測を元にした人工知能像を持つ身にはとても無骨に見えるものの、工学の持つ(20世紀には一般的だった)未来への明るい視線は力強く好ましく見えました。

 ざっくりとした工学者の言葉で綴られた「心」のモデルを、初めて機械論に触れた人はどう捉えるのだろう、なんて思いました。

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