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『脳のなかの匂い地図』森憲作

脳のなかの匂い地図
森憲作
PHPサイエンス・ワールド新書
2010.2.20

 面白い、鮮度の高い本。

 においに関する本です。脳科学よりで、嗅覚がどのように生じるのか、そのメカニズムを最新の知見にもとづいて解説します。シンプルながら豊富な図解が付され、ちょっぴり堅い印象の文でありつつもわかやすい本でした。香水のうんちくや香りの文化といった要素はありません。におい分子、におい受容器から脳内の嗅覚野の話まで、化学反応から信号処理の部分をきっちりかっちり説明してくれます。このジャンルの研究者が自身の研究を中心に据えて語る本ですが、嗅覚の中核ともいえる重要な研究を紹介の中心としているので「ジャンルど真ん中」感があります。最先端で重要な発見をした研究者当人による一般向け解説本。
 文章は代名詞による言い換えや文脈依存の省略のない学者然としたもので、語調だけは会話体にして柔らかい雰囲気を心がけられてはいますがやっぱり「堅〜い」と思えるかも。でも、嗅覚+脳科学という認知の前線の概論が、専門科目の教科書に近いしっかりとした手順と論理で一般向けに語られているお得感満点の本です。科学解説書ファンの人は「これが新書で読めるのか!」という喜びの感じられるであろう一冊。ここしばらく味覚、嗅覚、脳科学関連の本を集中的に読んできましたが、嗅覚に関しては文句なしに一番お勧めの本です。PHP新書の科学解説シリーズならではの図解の多さもとても助けになっています。

 この本で知って一番興奮したのは、においの受容器と神経系の関係がフィードバック学習付きのフィードフォワード制御やニューラルネットワークアルゴリズムのモデルそのものの構造——当たり前と言えば当たり前ですが、それでもあまりにも論理構造がそのまま実構造となり、また一受容器・一糸球という徹底した最適化ができていることに衝撃を受けました。なんという効率性。嗅覚は一次元の感覚で、強度と時間の関数でしかないために一受容体について一カ所の神経系入力で良い、という構造は衝撃でした。粘菌の迷路と同じでおよそ最短と思える経路を結んで最適化されてしまうのでしょう。生物というのはなんて面白いのだろう。行き当たりばったりの機能追加を重ねているくせに、同時に最適化も見せてくれるのです。さらにその次の段階として「地図」が示されるわけですが、こちらは「そういうものかな」という印象でした。

 嗅覚の仕組についてわかりやすい解説本を探している方はぜひ。

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