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『カクリヨの短い歌』大桑八代

カクリヨの短い歌
大桑八代
小学館ガガガ文庫
2013.5.17

 森田季節の『ウタカイ』がとても気に入っていて、異能バトルものとして比較に出されているのを見かけて読んでみました。Kindle版です。

 異能短歌バトルとの評は正しく、かつて一度幽玄界カクリヨに消えてしまった短歌たちが作中の時代に呪いの力を備えて戻ってきたという舞台設定。呪いの力は歌たちがカクリヨに消えてしまう前から備わっていたのか否かはよくわかりません。とにかく、声に出して読むことで超常的な効果を発揮する歌があり、その歌を巡り、歌を使いバトルが繰り広げられるお話です。
 主人公——というか物語を通じて登場するのは完道ししみち藍佳あいかの二人。作中で用いられる短歌は古今、新古今をはじめ歴史的な歌たちのようです。歌われた情景の比較的ストレートな解釈で呪い=禍歌が発動するのはわかりやすくはありつつも、武器としてはシンプルで短歌らしい特性がより前面に出たものが読みたいような気もしました。短詩は時と場合、解釈如何で意味が変わったりする、というような点で。
 祝園ほふりぞのという名家が収集する和歌の争奪・守護というのがベースにあり、主人公たちがどう守るか、歌を求める側がどう攻めるかというシナリオが描かれていきます。章ごとに異なる語り手によって綴られ、また、伝奇バトルらしく死者も相応に出ます。そしてたぶん祝園や禍歌を中心にした異能バトルでありつつも壮大な痴話げんかなんじゃないかな〜という気配も。藍佳の設定や完道のおっとりキャラ、真晴のタフガールっぷりはライトノベルらしくもあり、短歌という素材を使ってはいても古典のお勉強のような堅苦しさはない楽しい読み物でした。

 短歌を素材にしたライトノベルとして『ウタカイ』と『カクリヨの短い歌』とどちらもお勧めしたいと思ったのでした。現代短歌の形で作者自身が創作した『ウタカイ』の短歌はストーリーとの親和性も高く好みではありましたが、『カクリヨ〜』の本格異能バトルとしての容赦のなさも魅力に思えます。

★ ★ ★

ガガガ文庫:減色

 内容とはまったく関係ないのですがKindle版への苦言を少々。
 表紙をはじめとしたイラストの減色処理がヒドいです。上掲の画像はiPod touch 4thの表紙スクリーンショットから題字周りを切り出したもの。ディザでトーンを変換してしまっています。3.5inchの画面であれば目立ちませんがiPad3の画面では目についてしまいます。ガガガ文庫の電子書籍は今のところ共通の処理が施されているようで検索すると不満の声が。カラーのタブレットで読まれる方には気になると思います。

ガガガ文庫:太字指定外れ

 また、作中では短歌は太字で表示されるのですが、短歌中でフリガナのついている親字の太字指定が外れていたりするのが数カ所。いずれもAmazonのカスタマーサービスに指摘だけはしておきましたが効果はあるのかな。

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『コミック百合姫』2014年1月号

コミック百合姫2014年1月号
一迅社
2013.11.18

 雑誌の暦は早くも一月。新年号。浴衣に畳に藤柄があしらわれた表紙は和テイスト。裏表紙の内容紹介も和柄で日本的な色合いのタイリング&フラットデザイン。

表紙

 武梨えりのイラストによる新シリーズ表紙。2014年を通じてまた物語を見せてくれるのでしょうか。しょっぱなから枕二つ並んでる関係はどんなシチュなのだろう。修学旅行的なものでしょうか。

屋上に咲く花 水あさと

 『世界制服セキララ女学館』が印象にあった作者。 前号に載った予告イラストからはメランコリィな雰囲気のお話が載るに違いない!と予想したのですが、ほんのりギャグ風味。微妙に不条理感もあって『百合姫』では2011年のリニューアル号以来控えめになっていた感じが戻ってきつつある感触です。屋上で昼食を取る孤立気味の主人公が見たのは人目をはばかり暴食する生徒会長の姿だった!というところから始まるお話。

チェリーブロッサム ねこ太

 レポート漫画や『ニコニコ百合姫』での印象もあるのかもしれませんがギャグ漫画っぽいかな?と思う作風に生々しさがぽん!と出てきて不思議なエロティシズムが漂います。結婚式が始まるまであとわずかという先輩の元に訪れた主人公。ちょっぴりダークであったりも。

恋心メトロノーム 大沢やよい

 大沢やよい、こういうお話も描けるんじゃーん、と新鮮でありました。吹奏楽部が舞台なのですが、たぶん作者も音楽経験者ではないかという「吹奏楽部の日常」質感がありました。やー。こんな濃いデテールを投入できる得意ネタがあるなら、連載に投入すればいいのにと思ったり。部活の空気感がすごくあって良かった〜。

ハチミツメソッド ちさこ

 ボーイッシュなスポーツ選手の彼女と主人公。主人公にとっては彼女は王子様みたいな存在であったのだけど、という見方から生じていただろう擦れ違いに気づかなかった主人公。王子様側の心理描写をカットしてのストーリーではありますが思うところはあったのだろうなと想像させてくれました。ちさこのお話では主人公自身も周囲も抱えているステレオタイプの「フツー」を強力に打ち出し、そこから離れるには……を描いてきます。

citrus サブロウタ

 前回からちょっと様子のおかしかった芽衣がついにダウン。そして明らかになりはじめる芽衣の行動の背景。今回も勢いのある展開で36ページ。黒髪美少女・芽衣がけっこうオジサン的脳味噌筋肉ゴリ押し思考の持ち主であるあたりが物語を牽引していきます。黒髪は正義! 負けるな柚子。キミの真価が問われるシーンで次回に続くになってるゾ。

想い出ラバーズ 蕗

 気の弱い幼馴染の守護者の位置にいたはずなのに、大人になっていく過程で独り立ちを始めた幼馴染に戸惑ってしまう主人公。まだ作風にはぎこちなさも残りますが、手慣れてしまっては描けない要素もあるはずで、たぶんそれがまだデビュー間もないこの著者の今の作品なのだと思います。

いつでも君はそこにいた まに

 友達以上恋人未満の同性の先輩がもし男だったら、という思いつきから連鎖する幻想譚。独特の描線、独特の話のリズムがある作風で読む側もそこに合わせていかないと読みづらいとなってしまうかもしれないけれど、でも、この作者の世界に流れる独特の感じは貴重なはず。読むリズムを少し遅めに取ると現れてくる世界があるような気がするのです。

ロボトミーとこわれた果実 黒霧操

 少女漫画には楳図かずお的な恐怖漫画の系譜があり、今も「本当にあった怖い話」的なものには根強い読者がいます。少女漫画に色濃い影響を与えたゴシック小説の系譜でもあるのでしょう。黒霧操はそんなゴシック要素と少女趣味を好む作家さん。今回はロボトミー手術用のメスからお話が始まったりします。身近な存在への保護欲と百合が描かれ、冒頭のダークな要素に相応のダークな展開が仕込まれていたり。

学園近距離恋愛怪談 源久也

 学園七不思議的なネタで源久也お得意の甘々なお話です。絵の中から抜け出してくる少女、てけてけ(?)、トイレの花子さん……。怪談でも可愛らしいのがこの作者の持ち味。

ゆるゆり なもり

 今回は三本立て。逆上がりとちなつのお泊まりとごらく部ロボ。誰かグレートごらく部Zをポリゴンで作らないかな。京子Zも。MMDで踊ってるの見てみたい……。

犬神さんと猫山さん くずしろ

 2巻もこの号と同日発売となり、次号では何か発表が予定されているらしい「犬神さんと猫山さん」。今回は犬神さんや秋の学校外での日常編。猫山さん、パラダイス銀河って年齢詐称してないですか。

モラトリアム(前編) コダマナオコ

 今回のコダマナオコの話も好みだ〜。百合という表現は女性同士の友情から同性愛、あるいは常軌を逸した執着までを含む幅の広さがあってこそ。特に好みなのがセクシャリティがまだ定まらない人の戸惑いや揺れを描いた話。今回はまさにそんな話なのです。モノローグが多めなのも今回のお話に合ってるし、相手の気持ちに探りを入れつつの緊張感も「これだ!」という感じ。きっと今回のキャラ二人の距離感・関係を思いついたときにもきっとhimecafeで語っていた「萌え」と「ウソにならないように」がハマる手応えがあったのではないかと思います。

ブライトモーニングスター 大北紘子

 大北紘子は読者に警戒されている。そして作者もそれを自覚している。そんな気がしてくる今回のお話でした。舞台は太平洋戦争前風の日本。お屋敷の姉妹。火災に見舞われた姉は目が見えなくなり、顔に痣が残ってしまい、というところから始まります。妹は甲斐甲斐しく世話をするのですが何か変だぞ……と違和感が漂いはじめる大北節。
 今回は黒霧操も大北紘子もダークさの漂うお話でしたがいっそタカハシマコやさかもと麻乃、慎結といったダークなお話を時々出してくる顔触れを加えて『黒百合姫』特集号なんてどうでしょう。小説も『暗黒女子』の秋吉理香子とか黒い側の宮木あや子から原稿を集めて。テーマ特集って『百合姫』はあまりやってこなかった気がします。

月と世界とエトワール 高上優里子

 前回と今回は岸辺世界の回想編。よぞらが入学してくる前の、世界が鬱屈を抱えるに至った経緯を綴ります。年明け1月には単行本2巻の発売告知もあって楽しみ。今回で回想は終了でよぞらと世界が手を携えるシーン——1巻の最後に繋がり、新たな展開へのプロローグとなりました。

きものなでしこ 八色

 かの子とサーヤはまだまだぎこちないというかういういしいー。1月号ですが次が3月号ということでバレンタインイベントを先取り。

羊と氷菓(後編) 井村瑛

 前号掲載の前編からダイレクトに続きのシーンです。二ヶ月間が開いた少しややこしめの三人の関係なので前号の復習から入った方がお話に感情移入しやすいかも。綾乃と洋子と千晶の、均衡の崩れてしまった関係が新たな落着点を求めて動きます。

himecafe

 今回のゲストはコダマナオコ。漫画の絵の印象もすっきりしゃきっとした印象ですがインタビューでもそんな印象です。

Yurinote 峰なゆか

 今回は風俗のお話で非常にぎりぎり感がありました。どうなるこの先、とぐぐぐと引き付けておきながら落とし所もうまくヤラレタ!と。『アラサーちゃん』の単行本も読んでみましたがぶっちゃけ感というか女の舞台裏感が楽しかった。『百合姫』はエッセイでも読切漫画でも新しい世界を見せてくれるのが嬉しいな。

ガチ百合道 ねこ太

 「Yurinote」と「ガチ百合道」のコーナー近辺は毎回変人濃度高めです。コラム的な記事ではこの二つはお気に入り。

百合仙人の「百合SS」を書こう

 2011年5月号と2013年5月号でもあった百合SSの創作ガイド。しぶとく復活してくる記事なあたり編集部は百合SS文化みたいなものを熱望しているのやも。

私の世界を構成する塵のような何か。 天野しゅにんた

 なんとなんと最終回。れみさん、自殺しちゃうキャラなんじゃないかと予想して恐々としながら読んでいましたこのシリーズ。雨の卒業式で落ち着いた会話で締めくくられてようやくほっと息を吐いたのでした。なんとかうまく収まって良かった。良かった……。

game 竹宮ジン

 竹宮ジンの『百合姫』でのお話は直後の展開を読者に想像させておいて「やっぱりキター!」みたいなあたりが楽しいと思うのです。今シリーズは設定もこってり。今回のモリコはベッキーに対してしっかり怒る権利があると思いまーす。

ネムレルモリ 慎結

 片付け魔の主人公と失恋以来だらしなくなってしまった年上の幼馴染のお話。黒髪の片付け魔ちゃんは失恋する前の幼馴染が同性と恋をするのを見ていてどんな風に思ったのかな、などと考えたのでした。

ボウソウガールズテキモウソウレンアイテキステキプロジェクト 河合朗

 むむ? 前号から体育倉庫あたりに閉じ込められていたけどこれ誰の仕業だったのだろう。展開的にはめまぐるしくミスコンを駆け抜けていった感じの今回、いよいよ葵と紅子の話になっていきそうです。

リリー・マルガリーテとかすみ草 片倉アコ

 今回は片倉アコもちょっとダークな要素で来ました。主婦とその娘の友人、という関係を描いたもの。年齢や立場のギャップに正面から取り組んだお話は少しぎこちなくもありましたがチャレンジの意気が感じられて気持ちよくもありました。

恋愛遺伝子XX 影木栄貴/蔵王大志

 ここしばらく掲載が不安定であった恋愛遺伝子XX。最終回です。ここ数回は少し駆け足気味の印象でしたがとにもかくにもなんとか完結して良かった……。

百合男子 倉田嘘

 「百合男子」は百合ガイド的な役割を果たしているのだと強く実感した回でもありました。「餌だけ食いやがった!」には笑ってしまいました。身近な百合好きの集まりも小なりといえどもコミュニティという桜ヶ丘くんの無駄に?暑苦しいドラマ回でした。前回と今回で近々用意されているであろう展開へじりじりと網を引いていた気がします。久しぶりに武蔵野くんも登場しないかな。

★ ★ ★

 百合姫コミック大賞の結果って大抵締切の過ぎた次の号あたりで載っていた気がするのです。9月30日に第10回の締切があったはずなのですが今号には結果発表が見当たらないような。次号かな?

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紅葉@豪徳寺

 豪徳寺の紅葉、見頃は月末だろうとちょっと油断していたのですがもう見頃に差し掛かっているようです。緑の葉もまだ多いですが。

豪徳寺紅葉 21Nov2013

 木造の旧堂が工事中です。建物込みでの紅葉風景ということではちょっと残念。21日昼撮影。

豪徳寺紅葉 21Nov2013

 ここからは22日朝撮影。6:30頃から朝日が紅葉を照らしはじめます。

豪徳寺紅葉 22Nov2013

豪徳寺紅葉 22Nov2013

豪徳寺紅葉 招き猫のショウケースと 22Nov2013

豪徳寺紅葉 絵馬 22Nov2013

 少し歩いたところにある実相院の紅葉もきれいでした。実相院にも新築の塔ができたのですが電池切れで紅葉と絡めて撮れず……。残念。

実相院紅葉 21Nov2013

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SONY NEX-5R レビュー(5) タイムラプスで星空撮影・しし座流星群編

 17日深夜(18日未明)の午前四時頃にしし座流星群が極大になるしアイソン彗星も四〜五等星程度まで明るくなっている!ということでタイムラプスによる星景写真に再チャレンジです。まずは16日早朝の生田緑地から都会の灯りとともに星空を狙ってみました。近場でもっとも街灯の少ないと思われる里山の公園です。

しし座流星群 16 Nov 2013

 確かに生田緑地自体は夜は真っ暗で天体観測にはぴったり。ところが生田緑地は緑が濃く夜間に閉鎖される展望塔以外は展望が悪かったのでした。不覚。上の写真は枡形山展望台ではなく少し北の飯室山のミニ展望台からのもの。東北東が望めるので東京タワーが正面に見えています。でも木々に囲まれていて、この範囲と真上しか空が見えません……。しし座流星群を観察するだけなら空のどちらを見ていても構わない(流星はどの方位に出現するかはわからない)のですが。
 流星はうんと短いのが数個写っていましたが元画像等倍でないとわからない状態です。少しピンぼけでもあります。NEX-5R E PZ16-50mm F4 30sec ISO400 × 1h15min

 肉眼ではひとつしか観測できなかったので18日早朝にさらに再挑戦したのが下。世田谷区庁舎の広場から。

しし座流星群 18 Nov 2013

 天頂方向以外は霞がかかっていて街の灯りに染まってしまい星がほとんど見えません。明るいはずの火星がようやく見える程度。中央右下のオレンジの線が火星です。中央付近がしし座。うんと短い流星痕が数個しか写りませんでした。うーん。生田緑地の時より星の露出を暗く調節してみたためか明るい星の色がよく出てくれました。
 この日は午前五時頃にはしし座のすぐ下にスピカが昇ってきて、近くにアイソン彗星も見えるはず……だったのが低い空は霞が濃く肉眼でスピカが見えて来なかったので観測終了。カメラももうちょっと右(南東)が写るように設置すべきだったかな。NEX-5R E PZ16-50mm F4 30sec ISO200 × 50min

 NEX-5Rのタイムラプス・アプリは面白いです。比較明合成で数百枚の写真を重ねてやれば星の軌跡と地上の風景を組み合わせた写真が比較的簡単に撮れます。星の軌跡の明るさはISO感度と絞り値だけで決まりますが、地上の風景はシャッター速度でバランスを取ってやれるのです。本格的に取り組むのであればバッテリー容量に露光時間(撮影枚数)が制限されてしまうことには対策が必要……でしょうか。


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『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』青木薫

宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論
青木薫
講談社現代新書
2013.7.18

 タイトルの通り、私たちのいるこの宇宙はなぜ物理学が明らかにしたような法則を持っているのだろうか、というテーマで科学史を追いかけた本です。メソポタミアの天文学から始まり、様々な宇宙観の変遷を追いかけ、20世紀の劇的な科学の進歩をたどり、最後に「人間原理」によって転換を迎えつつあるパラダイムを紹介します。

 2013年科学解説本1位には断然これを推します。
 まず第一に読んでいて楽しい。天文を中心とした古代の話から近現代の原子論・量子論までを紹介していくのですが、科学史の要所の押さえ方が素晴らしく、天文や原子のイメージの変化に実感が持てるのです。太陽系モデルの確立までの道のり。宇宙像。アインシュタイン。そして人間原理。
 人間原理というと「この宇宙はなぜヒトに都合良くできているのだろう」的な思考から神様的な存在に繋がりそうな気がしてしまいます。この本の中でも人間原理のうさんくさくなりそうな解釈をまずは紹介するのですが、その先に量子力学の多世界解釈的な、でも多世界解釈とはちょっと違う「無数の宇宙」を立ち上げてきます。紹介のプロセスが非常にわかりやすく、美しいのです。シビレル科学解説書というのは滅多に出会えないのですが、この本にはそれがあります。物理法則の中のコイシデンス(偶然の一致)の抽出を踏まえて人間原理の一般的なイメージに繋げ、“弱い”と“強い”二種類の人間原理をじわじわと必然の側に繰り込んでみせる手腕。素晴らしい!

 この本で紹介される人間原理のツボは先に出したエヴァレットの多世界解釈と超ひも理論の示す多の宇宙法則を持つ多宇宙の違いにあります。エヴァレットの多世界解釈はSFでよくあるもので、量子の波動関数が収束するごとに平行宇宙が増えていきます、という話なのですが、超ひも理論は10500という超多様な物理法則の支配する宇宙のバリエーションを示す、という話です。我々の宇宙の物理定数とは違う物理定数を持つ宇宙がいっぱいありえるよ、と。このあたりの違い、読まれるときに意識すると面白さがぐぐっとアップするはず。

 数式も四則演算を示すものが一回出てくる程度で難しい本ではないですが、物理の香りの濃い話がどばーっと連なります。相対論の効果や量子論の不思議を面白おかしく紹介するタイプの雑学ネタではありません。科学のロジックそのものの面白さがぎゅう詰めになっている本。

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第十七回文学フリマ・書籍感想

 第十七回文学フリマで購入した同人誌の感想です。

「マチ」黒い紅茶

 百合ものが無料配布されているということで様子を見に行ったら並んでいた本たちも印象が良かったので新刊の「近づくなお姫さまがとおる」も買ってみました。こちらは非百合。お目当ての百合もの「マチ」はちょっとトゲのある、でもありそうなマチコとかなみの関係が好印象でした。

「夜道の星」雨降波近

 短編集。「ヒカルセカイ」で知った作者さんで百合二本、たぶん百合だけど特殊ネタだったりシュールだったりするのが一本ずつ、星座神話風、童話風であったり私小説風であったりするものもありました。文章の、お話の感触が「ヒカルセカイ」の作者らしさたっぷりで好感触。猟奇的な話やスカトロジーネタもあり、シバリのない同人ならではの側面もあるので苦手な方は要注意ですが、「ヒカルセカイ」が気に入った人は読んで損はない気がします。

とのことで電子書籍販売もされているようです。

「百合嫁の出会い」藤間紫苑

 シリーズの回想話ということで同性カップルの相方との出会いを割と淡々と回顧したもの。これはリアルタイム視点で綴ると心にキツそうで回想でワンクッションあるのが正解と思いました。淡々とした中に重く苦しい気配もあって。

「星屑ノート」朝来みゆか

 聖クララ女学園を舞台にした掌編の連作。三話目の「ページの隅に夢とか理想を」が一番好みの感触でした。

「pinkie」ノップマット

 サークル名がノップマット、作者が玉木サナさんでいらっしゃる模様。桜吹雪の光景に小学生の頃の約束を回顧するお話で、どきりとするような尖った要素が一瞬顔を覗かせるあたりが心に刺さりました。平綴じのコンパクトな本ですが表紙も印象的。

仮想空間カクリヨで逢いましょう」ソウブンドウ

 神尾アルミ「夢の中ならあいつは泣いた」。転落し脳死状態になった生徒がひとり。関わりのある者が数名。仮想空間で行われる犯人探し。「おや?」と混乱が仕組まれ「ああ!」と手を打ち、ドラマの展開に「ああ……」と息を吐く。
 若井芽衣「Shell-tar」。貝と海のイメージに繋ぎ合わせられる監禁の描写。海のイメージと重なっていくストーリーは幻想に寄り添いひとつになって。静かな張り詰めた文章。
 空木春宵「The Indescipline Engine」。タイトルで思い浮かぶのが円城塔「Self-Reference ENGINE」。読み始めてみるとすぐに「Self〜」的な要素が目に入り、伊藤計劃&円城塔「屍者の帝国」への返歌要素の濃さを感じるコラージュ的な作品であることに気づきます。「繭の見る夢」やソウブンドウの前号「欠落少女コレクション」収録「感応グラン=ギニョル」での空木春宵のイメージとは少し違うものが読めるはず。
 武田若千「箱庭の外 Nの肖像」。写真を撮る、という要素をキーに繋いだお話。シーン毎に独立しているようで進展とともに絞られてくるお話は最後に向かって急激にピントが合うかのような感触。鮮やか。
 七木香枝「鏡の庭でおやすみ」。半身というイメージをお題の仮想空間にしっとりと融合させたお話。少年が、少年が、美しいのですよ。いえ、美少年が活躍するというのではなく、ありようが。対する少女が秘めるものにもまた痺れるのです。

 今号はタイトルの「仮想空間」の文字にダイレクトに沿ったお話が5話中4話。今回もどのお話もクォリティ高かった……、と満足の溜息。

 第十七回文学フリマの感想記事トラックバック集からたくさんの感想に飛べるようです。

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第十七回文学フリマ

文学フリマ・東京流通センター

 一般参加で見てきました。
 開催地の東京流通センターは世田谷あたりからだと一度新宿に出て山手線を半周しモノレールに乗り、と面倒臭い場所にあるのですが、ふと路線バスはどうだろうと調べてみると……ありました。(京王線)新代田駅←→(JR)大森駅という環七に沿って走る東急バスの路線が。大森駅から東京流通センターまでは再度バスでも良いですし、歩いても二十分程度の様子。実際、カメラを片手に大森の町を撮り歩けば遠いというほどでもありません。近くもないけど。

 というわけで楽しんできました。お目当ては前回縁のあったソウブンドウの『仮想空間カクリヨで遭いましょう』と『ヒカルセカイ』で興味を持った雨降波近『夜道の星』。創元SF短編賞関連の方で出展している方もいらっしゃるようなのでその様子も偵察してみるつもりでした。が、会場をぐるぐる回るうちに手元に揃ったのは……。

第17回文学フリマ戦利品

 同人誌即売会の歩き方がよくわからないままふらふらと買ってみた感じ。
 下は戦利品を楽しむの図。招き猫に向かわせているのはソウブンドウブースでゲットした七木香枝(花霞堂)さんの素敵な豆本。中身は原稿用紙なので豆ノートでしょうか。招き猫も豆サイズの身長2cm。

豆本を楽しむの図

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『Rainy Song』百乃モト

Rainy Song
百乃モト
一迅社コミックス百合姫コミックス
2013.10.18

 百乃モト『キミ恋リミット』以来の久しぶりのコミックス。『百合姫』2011年5月号から2013年9月号までの掲載分をまとめたもの。クールな感じの金髪っ娘と地味そうな黒髪っ娘が相合い傘の表紙イラストは表題作「Rainy Song」から。帯の「か、かわいいとか思ってないから!」は金髪ちゃんの心の声でしょうか。

 「或る少女の群青」。通学の電車で見かける同性カップルの在り方に憧れて密かに視線で追ってしまっていた鈴。ひょんなことからその二人と会話を持つことになるのだけれど……。百乃モトは同性愛の困難——社会的な位置づけの不安定さをお話に織り込んできて切なくなります。
 「くらやみのアスタリスク」前後編。『キミ恋リミット』ではとても悲しい役どころを背負った紘子さんの気持ちを回収するお話。三角関係が辛い話であった前登場作ですがようやく、ようやくほっとできたのでした。『キミ恋リミット』と合わせて読まれるのがオススメ。
 「スノーフレイクス」は卒業してしまう同性の上級生に贈ろうとマフラーを編むハル子と友人のるいとの友情とあるいはもしかしたら友情から少しだけはみ出すかもしれないほのかな感情のお話。どろどろしがちな人間関係のお話が印象に残る百乃モトですが、ローティーン向け少女漫画誌に載りそうなこういう設定も良い感じなのです。それは表題作「Rainy Song」にも共通していて、ちょっと尖ったロック少女が素直になれないあたりでもぎゅんぎゅん来ます。細やかに手の入った整った作画とともにお話にも丁寧感が滲んでいて、ハデさは控えめながら好感度の高い作者。

 単行本派の人のための試し読みなんかもあるといいのに、とちょっと思いました。表紙の印象と内容の印象も近いと思うので表紙が気に入った人ならハズレということはないような気がします。あ、でも前単行本共々、三角関係や切ない設定もある作家さんなのでそのあたり了解できる百合漫画好きさんにオススメしたいです。

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