『アルラウネ』H.H.エーヴェルス
古い本の紹介です。
国書刊行会の世界幻想文学大全シリーズに『アルラウネ』という物語が収録されています。1911年に書かれ、1980年代末〜90年代に日本語訳されたようです。今となっては新本で入手することは難しそうですが、大きな図書館であれば全集が揃っているのではないかと思います。私も地元の中央図書館から借りて読みました。
きっかけとなったのは少女漫画です。川原由美子の『観用少女』シリーズが好きなのですが、このシリーズに登場する少女の姿をした植物・観用少女を連想させる幻想小説の古典があると知りました。いわゆるマンドラゴラを扱ったお話であるらしい、と。
正直、あまり関心が持てなかったものの気にはかかっていました。植物についての調べ物をしていて思い出し、図書館蔵書を発見。というわけで読んでみました。H.H.エーヴェルスの『アルラウネ』。
読み始めて最初の印象は「古めかしいゴシック小説」でした。メアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』に近い時代感覚・ゴシック感が漂います。登場する人物は皆退廃的で、身分とお金のある下衆という感じなのです。読むの辛いな〜と思いつつ読み出したのですが、売春婦やら犯罪者やら自堕落な日々を送る坊々やらがいかにも不快なキャラとして登場しながら、描写の面では意外に品を失わない節度・美意識のようなものがあって心地良く読めることに気づきました。輝くような華やかさと直喩を避けた美しい官能描写にも魅せられました。
「妹へ捧げる物語」としての体裁が取られていますがその作中作のみを楽しめば良いタイプのようです。エーヴェルスの他作品との繋がりを持たせるためのメタ構造である模様。死刑になった罪人の断末魔の精液が滴った土から生じるというアルラウネ——マンドラゴラの伝説と、畜産で実用化されつつあった人工授精のヒトへの応用を融合させた物語です。
ヒトの人工授精は今となっては医療として普通のことですが、当時はまだ人工授精に「未知の技術に対する恐怖」が存在したのでしょう。現代でもちょっと前までは臓器移植でドナーの人格がレシピエントに宿る、みたいな話がホラーとして通用していました。単なる人工授精に伝説を重ね、マンドラゴラの属性を持たせたヒトをこの世に送り出そうとするお話なのです。
な〜んだ、と思いませんでしたか。私も最初の方でネタが割れたときに「ただの人工授精じゃん……」となりました。でも、この物語はそれでもなお魅力的なのです。退廃的な人々。論理的とは言いづらい恐怖の設定。生まれ出たアルラウネにまつわる奇妙な出来事の数々。それらが非常に魅力的な文章でぐっと来るイメージを喚起して来るのです。訳文だってぎこちない部分もあるし、原書の文章も(たぶん)特別格調高いわけではないでしょう。にも関わらず「うわ、痺れる」というシーンがあちこちにあるのです。
後半に入り、美しい娘へと成長したアルラウネは色々ヒドイところもあるキャラなのですが魅力的で、最終章に向かってぐいぐいと読み手を魅了していきます。前半、読むのがツライ部分もあるかもしれませんが後半まで辿り着けば文句なしに「面白い!」と言えるはず。最後の最後、オチの付け方は唐突かもしれませんが、その唐突なところも含めてゴシック・ロマンスであったなあと読み終えて大変満足したのでした。
『観用少女』との繋がりということでは濃くありつつも希薄、という矛盾した印象となりました。設定に関しては『アルラウネ』はマンドラゴラ伝説によって人工授精児を禍々しく彩っただけで、「職人の手で丹精された」「枯れてしまう」植物としての性質を持つ観用少女とは共通点がありません。一方『観用少女』においても不幸や死を招く観用少女が登場し、ゴシックな要素をたっぷりと持たされ、エーヴェルスの『アルラウネ』と共通する魅力を備えます。直接の関連はなくとも『観用少女』が好きな人が読むとゾクゾク来るはず。
『アルラウネ』が収められている世界幻想文学大系はどのタイトルも面白そうです。
『アルラウネ』
H.H.エーヴェルス
国書刊行会
世界幻想文学大系(全集) 第27巻A・B(二分冊)
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