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『宇宙エレベーターの本』宇宙エレベーター協会編

宇宙エレベーターの本 実現したら未来はこうなる
宇宙エレベーター協会
2014.7.8

 タイトル通りの宇宙エレベーター(軌道エレベータ)に関する本です。
 内容をストレートに表しているので目次を内容紹介代わりに引用してみます。

  • 第1章 宇宙エレベーターって何?
  • 第2章 宇宙エレベーターについて著名人に聞く
    • 田原総一郎氏に聞く 「宇宙エレベーターの次元には何が必要ですか?」
    • 堀江貴文氏に聞く 「堀江さんはロケット派で、宇宙エレベーターはお嫌いですか?」
    • 富野由悠季監督・大野修一会長対談 「あと100年ぐらいなら、宇宙エレベーターができるという嘘をついてもいいですよ」
    • 山崎直子氏(宇宙飛行士)・大野修一会長対談 「低コストの次世代宇宙輸送系として、宇宙エレベーターに期待しています」
  • 第3章 宇宙エレベーター実現後の世界をシミュレーションする
    • シミュレーション小説 「2050年、宇宙エレベーター2ヶ月ツアー」石川洋二
    • 宇宙エレベーターが実現したら、どんな娯楽が生まれるか パトリック・コリンズ
    • 宇宙エレベーターは文化的アイデンティティから人類を解放する レナト・リベラ・ルスカ
    • 宇宙エレベーターを通して見る、最新宇宙開発事情
    • 宇宙エレベーターが実現したら、宇宙人探査はどう変わるか?
  • 第4章 宇宙エレベーター実現のために頑張ってます!
    • 「宇宙エレベーター技術競技会」から「宇宙エレベーターチャレンジ」へ〜5年間の歩み 秋山文野
    • 私はどんな思いで「宇宙エレベーターチャレンジ」に参加しているか 奥澤翔
  • 第5章 もっと詳しく知りたい! 宇宙エレベーターQ&A集
宇宙エレベーター協会編『宇宙エレベーターの本』

 バブル時代末、大手ゼネコンが宇宙建設に関するビジョンを発表していたことがあります。月の砂を建材にしたコンクリートの製造方法や軌道上の巨大建設の可能性を研究したものです。バブルの崩壊とともにゼネコンが宇宙の夢を語ることもなくなりましたが、カーボンナノチューブという材料の登場とともに宇宙エレベーター実現の可能性が見えてきました。カーボンナノチューブはまだ今は宇宙エレベータの“テザー”として必要な性能を満たしてはいませんが、それでも必要強度の桁には乗り始めました。実現のためにもっとも重要な技術の目処が見えて来たのです。米国では宇宙エレベーターをターゲットにしたカーボン素材開発のベンチャーも立ち上がっています。日本でも「宇宙エレベーター協会」が発足しマスコミに取り上げられました。
 その宇宙エレベーター協会が編纂したのがこの本です。

 どんな本であったかの感想はというと

  • 宇宙エレベーターの概要や“今”が知りたい → オススメ
  • 宇宙エレベーターはどう思われているか知りたい → オススメ
  • SF創作の資料にしたい → 保留

 章でいうなら第1、2と4、5章はオススメなのですが、3章は微妙な感じのも混ざっていました。軌道エレベータの大雑把な構造、全長96,000kmと各高度での状況などの技術的な要素は大林組の協力でしっかり検討されているようです。アイデア自体は昔からあるものなので目新しい要素はあまりないのですが第4章で紹介されているクライマー(エレベータのケージのミニチュアモデル)でテザー(ベルト)を攀じ上らせるメカの競技会は宇宙エレベーターの“今”の感じられる貴重な記事です。登攀高度は1000mを超えているとか。また、第5章のQ&A中にある宇宙エレベーターの登場する小説やコミックのリストも必見。ごく最近のものまで紹介されていました。
 また、宇宙エレベーターの技術よりヒトに関心のある方には第2章のインタビュー&対談がとてもオススメ。ガンダムシリーズの富野由悠季やホリエモンが宇宙エレベーターに否定的な見解を示します。
 オススメでないのは第3章のパトリック・コリンズ氏の記事。登場する視直径の話や水遊びのイラストに明確におかしい部分があり、宇宙エレベータという技術への理解を欠いているらしいのと、高校二年レベルの幾何計算さえ危ういことが読み取れ、経済学者の話として説得力を欠いてしまいます。同第3章のレナト・リベラ・ルスカ氏のお話もアポロ計画当時から言われている話で専門家でなくても言えそうです。一方、同第3章の最新技術紹介と宇宙人探査の話は具体性もあり非常に興味深く読めました。

 読み終えて一番心に残ったのは富野由悠季のインタビューでした。ガンダムシリーズを作った彼が原発や宇宙エレベーターに否定的なのです。持続可能社会の実現を訴えていたように思います。想像が混ざりますが、原発や宇宙エレベーターのような維持するだけでも高度な技術を必要とする巨大プラントは技術文明の衰退を迎えたときに人類にトドメを刺すのではないか、そんな巨大技術は避けた方が良いのではないか、ということに思えたのでした。現在製作中の「Gのレコンキスタ」でそのあたりが示される……のかな。うーん。ロボットアニメだとカッチリした話にはしづらいかな。

 ゼネコンと宇宙開発はかつてアニリール・セルカンという詐欺師を呼び込みました。宇宙工学にはまったく不案内な東大の建築系研究室に潜り込み、ポエムのような宇宙エレベーターの本を書いたセルカン。
 この本でもセルカンほど酷くないにしても、肩書き相応の専門性を持ち合わせていない人物が寄稿してはいそうな嫌な予感がします。この本は宇宙エレベーターに真剣に取り組んでいる人々を取り上げた良い本であると思いますが、一部マズい人物を招き入れてしまっているような気がしてなりません。

 経済、社会、文化面に関する考察・予測でもっとカッチリした研究をしている人はいないのでしょうか。10兆円の予算を捻り出すための方法。田原総一郎が語っていた“政治家を動かすためのシナリオ”を直感ではなく、きちんと学問の手法を使って構築して見せた宇宙開発本を読んでみたいと思ったのでした。
 それがきちんとできる人なら本に書くよりベンチャーを起こす……かもしれませんね。

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