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『火星の人』アンディ・ウィアー

火星の人
アンディ・ウィアー
小野田和子訳
2014.8.22

 面白かった。派手なお話じゃないのに、ぐっと引っ張り込まれて最後まで一気に楽しく読んでしまいました。

 文庫ですが1000円超えてます。分厚いです。ハードSFです。でも難しげなことはないです。火星有人探査のお話です。
 近未来ものの火星ネタで真っ先に思い出すのは『ミッション・トゥ・マーズ』『レッドプラネット』といった愛すべき駄作臭のする映画たち。どちらも火星探査中のトラブルでサバイバルを強いられるのですが異星文明や異星生物が登場したりします。小説の『火星縦断 』もやはり火星探査&サバイバルでこちらは化石や陰謀がお話を盛り上げます。
 『火星の人』は異星文明も異星生命も陰謀もナシです。ただ、有人火星探査が行われ、主人公はひょんなトラブルでたった一人火星に取り残されます。探査用の資材はあるのですぐに死んだりはしないのですが、どう計算しても救援が来るまで生き延びられそうにない! しかも地球との連絡手段を失っていて主人公ほんとうに一人きり。なんとか独力で次の探査チームがやってくるまで生き延びねばならないようなのです。
 どうやって生き延びるかを懸命に探り、工夫に工夫を重ねて残された資材で頑張る主人公。そのやりくりと工夫だけでこんなに引き込まれるドラマが作れてしまうなんて。ハードSFとしてインチキなしで見事にサバイバルの細い綱渡りを見せてくれます。こんなの面白くないわけないじゃないか!という痛快作。
 ハードSFだけど難しげなところがないのは説明の妙もありますが、アメリカ人気質で妙に明るくちょっとおばかっぽくさえある主人公キャラに負うところが大きいようです。非常に高い技能を持つエリートであるのは宇宙飛行士としては当然、なのですがヒッピー的というかヤンキー的というかとにかく明るくノリノリな性格で困難に立ち向かい「その手があったか!」という手で問題を解決して行きます。
 「あれ?」と思うような点はほぼない非常によくできたハードSFなのですが、わずかに一点だけ気になったところがあります。冒頭で主人公が火星に取り残されるきっかけとなった暴風が175km/h≒50m/s。とてつもない突風、と思えるものの火星の大気は地球の1/100の密度しかありません。この風の持つ運動エネルギーは地球上の風に換算すると7m/s≒25km/h相当。これでトラブルが生じてしまうとしたらちょっと頼りない機材ですし、火星探査機の計測した風速では200m/s≒720km/hなんてのもあったはず。予測と対処がしづらいのはたぶん雷のような現象ではないかと思うので風をアクシデントに設定したのはちょっと失敗だったかも……と思ったのでした。「あれ?」と思うのはこの点だけ。とにかく、トラブルによって探査チームは引き上げ主人公が取り残された、というサインだと思えば良いのでしょう。面白さを損なう要素にはなっていないはず。

 量子論や相対論で読者を煙に撒いたりしないがちんこハードSFサバイバル。超オススメ。

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