カテゴリー「本の感想2009」の59件の記事

『物語 バルト三国の歴史』志摩園子

物語 バルト三国の歴史―エストニア・ラトヴィア・リトアニア
志摩園子
中公新書
2004.7
861円

★★★☆☆

 バルト三国の歴史についてまとめた一般向けの本です。類書はずっと専門的な内容のものが多いようでこれが数少ない入門書になりそうです。タイトルに「物語」とついてはいますがエストニア・ラトヴィア・リトアニアの歴史を淡々と綴った感じで物語として読むのはちょっとつらかったかも。
 これらの三国がそれぞれ国家としての意識を持ったのがロシア革命から大戦間にかけての時期で、十字軍の侵入を受けてヒンドゥ的な土着信仰からキリスト教化され、ドイツとロシア、ポーランド、対岸の大国スウェーデンに振り回された混沌とした歴史はすっきりと整理しがたい感じです。バルト三国という括りで見ようとするとたぶんこのあたりはどうにもならないのでしょう。「すごくややこしい地域」というのがわかっただけで収穫だったかも。
 この中公新書の「物語」シリーズは他にもいくつか出ているようで読んでみたくなりました。

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『二人のひとりあそび』森奈津子

二人のひとりあそび
森奈津子
徳間文庫
2009.12.4
600円

★★★☆☆

 2005年刊の『倉庫の中の美しき虜囚』に「姉の花、妹の指」と「二人のひとりあそび」を加えて文庫化したもの。

 お目当ての百合物、というよりはレズビアン物は全九篇の中の「彼女への供物」「少女と少女」「姉の花、妹の指」「二人のひとりあそび」の四編。異性愛物でもSM的な要素や男性同性愛的な要素が登場するので一般的な官能小説と思って読むと「あれ?」となってしまうのでご注意を。

 気に入ったのは「少女と少女」と「二人のひとりあそび」。森奈津子のひとりあそびネタの話はどれも面白くて『姫百合たちの放課後』に収録されている「花と指」や『先輩と私』もぐっときたのでした。『SFマガジン』の少し前の号に載っていた短編もやはり同じテーマながらSFしてて面白かったです。

 部分的に苦手なネタもあったのでは少なめとなりましたが森奈津子ファンには楽しい一冊のはず。

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『プシスファイラ』天野邉

プシスファイラ
天野邊
徳間書店
2100円
2009.10.31

★★★★☆

 Amazonの商品写真は巨大帯部分がなくて印象が別物ですね。

 イントロダクションを一ページ読んで「読みづらっ」と思ってしまいました。指示代名詞(こそあど言葉)多めです。言葉が硬めです。三十ページほど読み進めて「注釈多すぎ」となりました。でも会話が並ぶ辺りまで読むと慣れてくることもあって読みやすくなります。
 これはいける!

 鯨による海中音声ネットワークで構成されるwebのお話。現実のwebを「実は鯨が先に生体的に構築しちゃってたよ、というアイデアで、鯨たちのネットワーク技術を中心に話が進みます。一言にすると……『攻殻クジラ隊』? 警察モノではないですが。

 表紙(帯)からして鯨度が高そうですが

例えばクジラの親子関係にしても現実のクジラの生態系とは大きく乖離しているわけですよ。

『SF Japan 2009 Spring』日本SF新人賞最終選考会
図子慧

と、図子慧による座談会評のようにあまり鯨っぽくないです。

 ではどういう話なのか、というとかなり擬人化された――というよりも水中で暮らす技術文明のない人類にデジタルネットワークを持たせてみたらどうなるかな、と現実のweb技術を丸ごと当てはめてみた感じです。web技術の解説書的な一面がありました。
 一方でこの話は人類と鯨文明とのファーストコンタクトの話でもあるのですが、このコンタクトの部分があっさり気味。コンタクトが描かれるのがお話が2/3ほど進んでからで展開も加速するためにシナリオ的になります。描写の中心はあくまでもネット――タイトルの「プシスファイラ」。現実の技術の先に描かれる個と全のイメージはネットワーク論・文明論的なアプローチとして意欲的ではあるのですが、1980年代のサイバーパンクが描いたネットワーク世界のようなイメージで「妥当だけどもう一声欲しい」と感じたのでした。
 説明描写が欲しかったのが鯨たちの基本通信機能。完全にデジタルな、コピーしても劣化しない信号をやりとりする能力があるようなのですが、言語の獲得とデジタル通信の獲得とのギャップがうまく埋まらない感じでした。また生体ハードウェアとソフトウェアの分離点が不明で互いに垣根を越える「柔軟なハードウェア」が設定されている気がするのですがその部分ももちょっと説明が読みたかった。

 でも、これは面白い。誰にでもお勧めできるタイプの小説ではありませんが、電子工学を学んだらしい著者ならではの知識が生かされた技術・文明・コミュニケーション小説です。SFの新人賞にはふさわしい触感を持った話であると思います。

 次回作はもうちょっと読みやすいといいな。

 著者のwebサイト「SphereCommune」もあるようです。

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『非線形言語モデルによる自然言語処理』池原悟

非線形言語モデルによる洋なしのミルクプリンパルフェ非線形言語モデルによる自然言語処理―基礎と応用
池原悟
岩波書店
2009.6.25
6090円

★★★★☆

 難しかった。

 非線形言語モデル。なんかもうこの単語だけで難しそうな、格好良い雰囲気が漂います。

 例えば「李下に冠を正さず」という文があります。これは「紛らわしいことはしない方がいい」という意味ですが「李/下に/冠を/正さず」の各々の語の意味からは文意は理解できません。成語としての意味を知らなければ通じないような、そんな言葉の使い方というのは意外に多い。それが非線形――全体は要素を組み合わせた延長にあるものとは限らない、ということになります。
 もちろん言語の中には線形な面もあって「このバラは綺麗です」といったように辞書で引いた単語の意味を文法で解釈すればきちんと意味が生じ、通じる文もあります。そんな線形の要素は機械翻訳でもそこそこ扱えるようになっているそうです。
 じゃあその非線形の部分をきちんと意識して何とかしよう、というのがこの本の内容なのですが……。う~ん。この本は理系メソッドのない人にはウケが悪そうです。andやorといった記号論理学の基礎が必須。かといって理系の訓練を受けていても「言葉で言葉を説明する」言語学のスタイルに慣れていないと混乱してしまうはず。ソシュールやチョムスキー、認知言語学についてのアウトラインくらいは知っておかないと「ナニイッテンダ」と取り残されてしまいそうです。(取り残されました)

 とっつきにくさは言語学の本の共通点かもしれません。第Ⅰ部第3章あたりまで読んでようやくこの本のスタイルに慣れてきます。同時に具体例が増えてきて内容が実感できるようにもなりました。書かれていることも突飛な部分はなく、自然な考え方で構成されているので説得力も高いです。著者は翻訳システムを通じて意味解析・意味理解に迫ろうというアプローチであるようで、本の中で想定されている「自然言語処理」も翻訳を主眼に置いているようです。

 脱線ですが。
 たぶん翻訳というのは入力と出力でともに「正解の文章」が存在するために言語処理の素材として評価しやすいのだと思います。一方で最近では初音ミクから発した、文章→発音、という過程が脚光を浴びています。現時点のミクは「頑張ればそこそこ歌う楽器」ですが、意味を扱う言語処理を通すことで初めて真に歌う機械=ボーカロイドになり得るのではないでしょうか。現時点での「非線形言語モデル」でも意味解析には取り組んでも意味理解には手が届かないようですが、可能性を感じました。文字と音声とで形が違うので評価は翻訳より難しくなりそうなものの、内観のみで評価せざるを得ない人工知能よりはずっとマシなはず。

 好感が持てるのがGoogle翻訳的な統計処理による言語処理ではなく、意味にきちんと取り組もうとしている姿勢。統計は実用的ですが世界の真理を明らかにする科学の目的からは離れてもしまうわけで、真っ向からロジックを追求しようという姿勢に「これが科学なんだ」と感心したのでした。

 文章のとっつきにくさに途中で「ナニコレ」とポイされてしまいそうなこの本ですが、挫折しそうになったらせめてP.248-250の「パターン翻訳への適用例」だけでも眺めてみてください。多くの言語学の本が理屈だけでデータ処理の実践を伴わないこととは違い、この本は実践された結果があります。結果を見れば頑張って読もうという気になるのではないでしょうか。

 面白い、と素直に言えるほどきちんと内容を理解できた気はしないのですが、大いに刺激を受けました。ちょうどGoogle日本語入力が話題になった時期でもあり、一太郎/ATOK2010が発表になった時期でもあります。苦しみながらも楽しく読めました。

 著者らの主催する研究会のサイト「鳥バンク」ではデモプログラムに触れることができます。

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『死闘ケーニヒスベルク』マクシム・コロミーエツ

死闘ケーニヒスベルク―東プロイセンの古都を壊滅させた欧州戦最後の凄惨な包囲戦
マクシム・コロミーエツ著 小松徳仁、高橋慶史訳
大日本絵画(独ソ戦車戦シリーズ)
2005.12
2625円

★★★★☆

 淡々とした戦闘記録でした。

攻勢作戦開始時点の第3ベロルシア方面軍は総勢479,331名の将兵と16,479挺の機関銃、5,078門の迫撃砲、2,080門の対戦車砲、4,496門の野砲、1,578両の戦車および自走砲を保有していた。それに対するドイツ軍部隊は、将兵135,480名、機関銃8,174挺……

『死闘ケーニヒスベルク』p.25より

 戦場のロマンとか武勇譚は一切なし。1945年からはじまったヨーロッパ東部戦線でのソ連軍の大反攻を主軸に情勢を上記引用部のように淡々と描いていきます。まさに資料本。全160ページ程度のB5版ソフトカバーであまり厚い本ではありませんが2625円。紙質が薄コート紙で多用されるモノクロ写真の印刷も良く、8ページのカラーには独ソ両陣営の戦車やトラックの側面図イラスト、舞台となった東プロイセンの地図などが収録されています。なるほどこれは高めの本になってしまうはず。長期保存を前提とした資料という印象です。「独ソ戦車戦シリーズ」というのはソ連(ロシア)のグラスノスチ以降の情報公開で得られた資料によるものだそうです。この本も掲載写真はソ連側の撮影した物。撃破された戦車類中心で、本文の記述もソ連側からの東プロイセン攻略を追っています。
 タイトルになっているケーニヒスベルク包囲戦も淡々と戦況が描かれますが、そこに記された万単位の死者や××部隊殲滅の言葉が重いです。陥落直後のケーニヒスベルクの写真も多く収められていて中世から築かれてきた強固な堡塁がぼろぼろになっている光景に戦闘の激しさを感じました。

 巻末に収められた訳者あとがきにはドイツとソ連双方がなぜケーニヒスベルクという古都に拘るのかが短くまとめられており「なるほど」と思ったのでした。

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『北欧空戦史』中山雅洋

北欧空戦史
中山雅洋
学研M文庫
2007.11
788円

★★★★☆

 面白かった。良かった。とても良かった。

 タイトルの通り北欧三国、フィンランド、スウェーデン、ノルウェーの航空黎明期から第二次大戦終結までの空軍の活躍を描いた航空戦記。小説ではなく実際の戦争の記録です。1982年に朝日ソノラマから刊行されていた本の再刊。

 ソ連とドイツの二大国に挟まれて戦乱の時代を生き抜いてきた北欧の小国の空の戦記。
 大国の身勝手な論理に振り回されながらも強大なソ連を相手に善戦し、時代遅れの少数の飛行機で10:1の撃墜被撃墜率で独立を守り抜いたフィンランド。第一次大戦、第二次大戦ともに直接戦争には参加しなかったものの中立を守り戦後も独自の強力な空軍を擁することとなったスウェーデン。ドイツによる占領の憂き目を見たノルウェー。
 フィンランドの奮闘ぶりは本当に感動的で、戦記物にありがちな陶酔感とは無縁の冷静な語り口ながら読んでいてフィンランド空軍を応援したくなりました。映画『ダーク・ブルー』もチェコ人飛行隊を描いた印象に残る話でしたが、このフィンランド空軍の冬戦争も映画にできそうなそんな話です。

 戦記物らしい勇ましいお話ではなく列強に翻弄されてきた小国飛行機隊のドキュメンタリ。お勧めです。

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『yomyom vol.12』

yom yom (ヨムヨム) vol.12 2009年 10月号
新潮社
750円

★★★★☆

 『yom yom 2008年 03月号』の「丕緒の鳥」に続いて小野不由美の十二国記シリーズの新作短篇「落照の獄」が掲載されているということで買ってみました。

 お目当ての十二国記がとても良かった。面白かったです。
 講談社X文庫WhiteHeartという少女小説レーベルからスタートした十二国記。実はさらにその前の新潮の『魔性の子』から始まっていたとはいえ十二国記が十二国記として成立したのは少女小説としてでした。その十二国記シリーズも今は少女小説の面影はほとんど残らないハードな中華ファンタジーに。登極間もない女王・陽子の姿を描いた前作「丕緒の鳥」。今作は「傾いている」と凶兆が示されながらも政情不明なままであった柳国の状況を連続殺人鬼・狩獺(しゅだつ)の裁判に絡めて描いたもので、十二国記ファン待望の最新話。

 テーマは犯罪と更正と法律。狩獺は連続殺人犯であるようなのですが、十二国は天帝が理を支配する神の実在する世界。柳国の傾国と殺人鬼の出現、犯罪者と更正、国と法制度、理と情と多くの要素が複雑に絡められ鮮やかな文様を織りだしていきます。理を感じさせる整然とした構成、引き込まずにはいられない文章。やっぱり小野不由美は小野不由美でした。すごい。

 雑誌全体を見渡せば読み切り小説が九本とエッセイ的な読み物が多数で連載はないので気紛れに手に取れる小説誌というスタンスのようです。エッセイでは瀬戸内寂聴や嶽本野ばら、インタビューの三浦しをんといった私的には馴染みのある作家たちが書いていたのも嬉しい。ちなみに三浦しをんはインタビュアーの側です。

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『琥珀の都 カリーニングラード』蓮見雄

琥珀の都・カリーニングラード―ロシア・EU協力の試金石
蓮見雄
東洋書店 (ユーラシア・ブックレット)
2007.6.20
630円

★★★☆☆

 カリーニングラードの歴史と現状に触れた本。全65ページと小冊子くらいのボリューム。
 タイトルからすると「琥珀に関する本なのかな」という感じで、カリーニングラードについて資料集めをしていたことと、琥珀の資料も欲しかったということで「両得」と思ってAmazonでポチしてみました。
 実際の内容は21世紀のカリーニングラード経済の話でした。琥珀に関しては経済の一部という感じ。とはいえ、ぴんと来なかった琥珀採掘の規模もこの本で掴めたのは大きな収穫でした。
 ネット上にもカリーニングラードの資料は少ないので興味深く読めました。読後の印象としては「現代のロシアなんだ」です。ソ連時代を引きずるロシアの混乱した経済状況が窺える内容でした。EUとの対比と言うこともあってロシアの強引な政治姿勢や癒着や袖の下を育てるような特区制度に感心してみたりもして、日本の官僚体質を連想しました。

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『沖縄染織王国へ』與那嶺一子

沖縄染織王国へ
與那嶺一子
とんぼの本
2009.5.25
1470円

★★★★☆

 沖縄の代表的な染織と染織家を紹介した本。

 著者は沖縄県立博物館に勤務する人。沖縄の染織に対する広い視野と豊富な知識で、ちょっと硬い文章ながら現在の沖縄の染織文化状況を解説。フルカラー128ページで写真も豊富、取り上げている織物もバラティ豊かでバランスの良い本に思えました。
 この本で初めて知ったのが「あけずば織り」。あけずばとは蜻蛉(とんぼ)の羽という意味だそうですが、写真を見ると「トンボというよりカゲロウだ」と思いました。蚕の繭から引き出した一本糸で織ったレースのようなガーゼのような向こうの透ける織物で……これは実物を見てみたい。手織りでこんな布が織れるのかと驚きました。

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『『少女の友』とその時代』遠藤寛子

『少女の友』とその時代―編集者の勇気 内山基
遠藤寛子
本の泉社
2004.1.15
1890円

★★★★☆

 この本は『少女の友』創刊100周年記念号を読む前に読んでおくべき本でした。復刊のためのアプローチとでもいうべき内容であったからです。

 内容は戦前に人気を博した少女雑誌『少女の友』を作った人々を個々に取り上げて紹介していく、というもの。全三十篇の紹介を通じて『少女の友』復刊へのラブコールがなされます。結果、見事に記念号という形での抜粋版の復刊。『少女の友』中原淳一 昭和の付録 お宝セットなるものもあって『少女の友』の付録の復元も行われたようです。

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